桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第二話 明日を生きるのは



 「次行くわよ」
亜我津水は駒を数個取り、中央から少し西に逸れた場所に置いた。そこにはあらかじめ円が書いてある。
「この地点に先日話した地獄の門が開閉かいへいした痕跡があるの」
「それもおとりっていう可能性は?」
寿鹿の質問に風牙は首を振った。
「僅かだが、懺禍と爪雷そうらいの気配を感知した。今までの邪気がこもる場所には、懺禍の気配こそあれど、爪雷の気配は感じられなかった。おそらくそこが当たりだ」
結界を張りに行った際に上空から徹底的に探し回ったと聞いていたが、発見した時彼はどんな気持ちだったのだろう。その瞳にはまだ少しだけ、動揺と悲しみの色を映していた。
(そうそう割り切れるものじゃないよな)
下手したら血を分けた兄弟も仲間も、自身の命すらも失うかもしれない。そんな場面を前にここまで落ち着いていられるのは、風神、風牙だからだといえる。
(普通取り乱して冷静でなんていられない)
それが仲の良い兄弟なら尚更。
 「そういうわけで、ここはこちらの戦力を固めるわ。あくまで懺禍と爪雷の身柄の確保が優先。雑魚を一掃しようとしなくていい」
亜我津水はそう言うとグルリと全員を見渡した。
「まず懺禍には茜鶴覇と圓月で基本的に相手して貰うことになるわ」
「は?戦力固めるって今言ったじゃねえか」
獅伯は眉間にシワを寄せる。
「逆に聞くけど、アンタ茜鶴覇の炎に巻き込まれないように立ち回りながら戦える?そんなやつそう居ないわよ」
茜鶴覇の炎は全てを焼き尽くす。今回は鳳凰刀も最初から手にしているはずだ。茜鶴覇も周りを気にして勝てる相手だとは思っては居ないらしく、亜我津水の作戦に異議を唱えなかった。
「ただ完全にふたりを孤立させるわけじゃない。その為に私と岳詠穿がくようがが補助に入る。といっても恐らく向こうも雑魚ばかりを引き連れてくるとは思えない。手強いあやかしだって居るはず」
亜我津水がそう言うと、今まで黙っていた岳詠穿も口を開いた。
「敵方も考え無しに向かってくるような馬鹿ではない。それは四千年前に思い知っている筈。そしてそれは懺悔も同じ事。前回よりも更に使える手駒を増やして来るはずだ」
その言葉を聞いて、圓月は眉間にシワを寄せて思い詰めたような顔をする。
「とにかくじゃ。各々気をしっかり保って応戦せよ。気を緩めたが最後、その先にあるのはこの世の終わりじゃよ」
十六夜はグルリと錚々そうそうたる面々を見渡した。そして懐から桜の花弁を取り出す。それを握りしめると、フウと吐息で吹き飛ばした。
(花弁が金色に…)
不思議なことに十六夜の吐息に乗って飛んだ花弁は金色に変わり、各々の胸の中に溶け込んだ。
 薫子は少しだけ着物をはだけさせて肌を見る。心臓の位置に桜の模様が入っていた。
「今全員の身体に刻まれたのは、我らの力を互いに感じる為のものじゃよ」
「は?感じる為のもの…?」
「なんだよそれ」
辿李は首を傾げ、それに続けて獅伯が自身の胸を見ながら呟いた。
「簡単に言えば、安否確認の為のものといえば良いかの。無いに越したことは無いが、この中の誰かが酷く衰弱すいじゃくし、戦闘不能になった場合、感覚でそれを察知することができるんじゃ」
自身の着物をずらして紋様を見せながら話す十六夜の淡々とした物言いに、全員神妙な面持ちになる。
「そうなった時、状況次第ではそちらに応援に行くかもしれないし、事によっては戦線離脱しなければならないことだってあるじゃろう。まあ、その時々で各自の判断に任せる」
着物を着直しながら話し終えると、十六夜は茜鶴覇を見た。茜鶴覇は承知の意味を込めて軽く頷き口を開く。
「これにて話しは御仕舞おしまい。支度を済ませ、各々の配置へと散開さんかいせよ」
茜鶴覇の言葉に皆頷き立ち上がった。薫子は心配そうな面持ちで部屋から皆が出ていくのを見つめる。
「おい」
「あ…」
ハッとして見上げると、そこには獅伯が立っていた。獅伯は青白い顔色の薫子を見ると、ピクリと眉毛をしかめてため息をつく。そして眼の前でしゃがんだ。
「手ぇ出せ」
「手…?」
「良いから出せって」
言われるがままに右手を差し出すと、獅伯は「こうだよ馬鹿」と言って手のひらを合わせるようにしてくっ付けた。するとその瞬間ボウッという音と共に手が炎を宿す。驚いた薫子は手を離そうとしたが、獅伯はすぐに手を握って離さなかった。
 炎はやがて集束し、薫子の手首に巻き付いた。数珠のような形になったそれは仄暗い赤を反射させている。
「それは俺の式神だ。本当はお前の護衛は俺が受け持つ筈だったけど、こうなったら仕方ねぇ。それを預けてやるから絶対に死ぬんじゃねぇぞ薫子」
「式神……」
(それは大事なものなのでは…?)
薫子が再び心配そうな顔をして獅伯を見ると乱暴に頭を撫でられた。
「てめぇは弱いんだから自分の身の心配してろ。これから先もしかしたら誰もお前を助けらんねぇかもしれねぇ。みんな死んでお前一人になるかもしれねぇ。そうなっても絶対生き延びろ。いいな」
(そんな事言われても…)
薫子が押し黙ると、獅伯は呆れたように腰に手を置いた。
「ま、俺が死ぬわけねぇけど。なんてったって火神、獅伯様だからな。だから安心して待ってろ薫子」
獅伯は「な?」と言って歯を見せて笑う。その笑顔に幾らか安心した薫子は、やっとホッと息を吐く。
 その様子を見ていた寿鹿は面白くなさそうに呟いた。
「ひとりで女の子にイイトコ見せようとするなんて、美しくない…ッ!」
「俺には良いとこしかねえよバーカ!」
「悲しいね、悪い所を良い所と勘違いしなければ生きてこれなかったんだな…君は」
「ハーア?寿鹿お前、一番最初にぶっ飛ばされてぇのかよ」
火花を散らす二人。それを見て亜我津水が青筋を浮かべる。
「てめぇらさっさと行け」
「ハイ」
とんでもなく低い声音にビビったのか、声を合わせて返事をした二人は青い顔をして部屋を出ていった。
「全く、あの子達はこんな時まで変わらないんだから」
プンプンと怒る亜我津水。薫子はそんな彼を見上げる。
「あの……亜我津水様」
「なあに?」
亜我津水は先程とは打って変わり優しい笑顔で首を傾げた。
「私は、社に居ればよろしいのでしょうか」
(戦力にはなら無いし)
そう言うと、亜我津水は真面目な顔つきになる。
「その事について話に来たのよ。史、貴女もよ」
「はい、なんでしょうか?」
隣りにいた史にも声をかけると、亜我津水は話し始めた。
「貴女たち二人は、私達と共に来てもらうわ」
「え?」
薫子は思わず声を漏らす。
「言いたいことはわかってる。でもどこに居ても危険なことには変わりない。社の結界も無敵でないというのは先日思い知ったはずよ」
(それはそうだけど)
薫子は視線を下げた。もしも四千年前と同じことが起きたら。また茜鶴覇が傷ついてしまう状況に陥ったら。そう思うだけで胸がざわついて仕方がなかった。
「大丈夫、四千年前のようには絶対にさせない。その為に今私達が皆でここに集ってるの。連れて行く以上必ず貴女達を守るし、傷つけないと約束するわ」
亜我津水は安心させるように薫子と史の手を取る。骨ばったゴツゴツとした手はきちんと手入れされていて、爪の先まで美しかった。
 薫子はギュッと握る手を見てから少しだけ不安そうに視線を上げる。そこへ。
「安心せよ、ふたりの傍にはアタシが着いてる予定さ」
亜我津水の背後からスルリと現れた蛇歌。青白い顔色の蛇のような女は、亜我津水の手から薫子達の手を取り上げる。
「亜我津水も、自分の戦いに集中せよ」
「あらあら、いつの間にこんなしっかり者になったのかしら」
「いつまでもガキ扱いするんじゃないよ」
「これはこれは、失礼しました」
亜我津水は片目を閉じて愛くるしく謝ると、「じゃあね」と一言添えて立ち去った。その一瞬。亜我津水の瞳から笑顔が消え、とても真剣な面持ちになっていたことに薫子は気づいた。やはり今回の争いは、現世の命運を掛けていると言ってもいいらしい。
 明日を生きるのが光なのか闇なのか。薫子はこれから起こる戦いを想像し、ギュッと拳を握りしめた。
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