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第三章
第五話 北部
同刻、北部。
広大な山岳地帯に空から降り立った武静は即座にその場から飛んで離れる。それを追うように地面に鋭い羽根が何本も突き刺さった。羽根は地面を抉り、深い亀裂を生むほど地中へとめり込む。
「……」
岩の上に手を着いて宙返りすると、武静は自身の手のひらに拳を叩きつける。先程触れた岩が崩れ、瓦礫となって浮かび上がった。そして勢いよく空に向かって飛んでいく。
「岩如きじゃ僕の翼には勝てないよ」
空には赤い翼を背にした少年が居た。眠そうに指を動かすと、自身の羽根が勢いよく飛び出していく。岩を全て砕き、武静に矛先を向けた。
武静はとっさに地面に手を着いて岩の壁を作り上げる。その腕には羽根が一本貫通していた。
「無駄だよ」
少年は指先をツイッと動かす。
「!」
真っ直ぐに飛んでいたはずの羽根は急に動きを変え、岩壁を避けて武静に飛びかかった。
グンッ。
その時、武静の腰が不自然に後方へ引かれた。飛ばされた先に居たのは蜘蛛の糸を操る辿李である。辿李はクイッと糸を引いて自身へ引き寄せた。
「怪我は」
「心配無用だ、問題ない」
辿李の隣に着地をすると、武静は改めて敵を見た。
赤い髪と赤い翼が特徴的な少年は、眠たそうにこちらを見ている。彼の肩には一羽の火の鳥が羽根の手入れをしていた。
「虫が一匹増えたな。お前が土蜘蛛とかいうあやかしか」
少年はそう呟く。辿李は目を細めた。
「あいつの目的は俺等を消す事か?」
「恐らく」
武静は腕に刺さった彼の羽根を引き抜く。羽根は燃え崩れ、灰となって消えた。
「あいつは何だ」
辿李が訊ねると、武静は灰を握りしめる。
「あやかしでも神でもない。話にしか聞いたことはないが、もしかすると…」
そこまで言うと、少年が口を開く。
「なんだ知ってるの、君」
意外そうな声音の少年は首を傾げた。肩にいた鳥はもう片方の翼も手入れし始める。
「僕の名前はベルフェゴール。怠惰の悪魔」
そう名乗ると翼を広げた。ずらりと並ぶ燃える羽根。不気味なほど赤いそれは、まるで血液のようだった。
「つまらない戦いはしたくない主義なんだ。精々頑張ってよね」
気力の無い口調でそういうと背中の翼を大きく羽ばたかせた。勢いよく飛んでいく羽根を、武静と辿李は二手に分かれて避ける。
辿李は走りながら羽根が突き刺さった岩を見た。岩は炎に焼かれ、灰になって燻っている。燃える燃えないという概念はなく、刺さったものを全て灰にさせるらしい。
「くそ…っ」
追撃してくる羽根を避けると武静を見る。彼もまたベルフェゴールの能力を大方把握したらしく、無闇矢鱈に岩壁を出してはいない。
「逃げるだけ?勘弁してよ、面倒くさいな」
心底嫌そうにするベルフェゴール。武静と辿李はなんとか羽根を全て避けきり再び集った。
「おい、俺の能力はあいつに不利すぎるぞ」
辿李は眉間にシワを寄せる。それは武静も思っていたようで「そのようだな」と答えた。
「俺の糸は伸縮性と硬度に長けて入るが、火には滅法弱い。こう開けた場所では罠も張れないし、成す術がねぇわ」
周りを見渡してもあるのは巨大な崖と山のみである。極北に近いここは北玄からも離れ、人の手が一切加わること無く自然のままで残っていた。
待ち伏せや奇襲を得意としている辿李にとって、この地形は戦いづらい事この上ない。それは武静もわかっているのか悩ましげに目を細めた。
「……状況は変わらず良くないが、ひとつ判ったことならある」
武静はそういうと、ベルフェゴールから目を逸らさずに腕の傷を辿李に見せる。羽根が貫通していたのでまだ少し傷跡はあるが、自身の神力で治癒しているらしく傷跡は存外浅かった。
「やつの羽根は物質関係なく灰にさせるようだが、肉体を燃やすことはできぬ」
「……」
辿李は先程灰になった岩を思い出す。確かに武静の言っていることは間違いではない。
武静の仮説がベルフェゴールにも聞こえたのか、尖った耳をぴくりと動かした。
「へえ、意外と頭いいんだね。見直した」
翼を羽ばたかせて眉を上げるベルフェゴール。
「でもだから何?僕の羽根は鋭いんだよ。それは君がよく知ってるよね」
自分の腕をトントンと指さして薄く笑った。武静は眉間にシワを寄せる。確かにあの羽根のもう一つ恐ろしいのは岩すらも砕く硬さと速さだ。ある程度の硬度なら貫通してしまうだろう。そもそもただの鋭い羽根なのであれば、神力で防げる筈である。それすらも突き破り、彼の腕を貫通しているということは、防御はほぼ不可能ということだ。
「ほら、穴だらけにしてあげる」
再び羽根をズラリと並べたベルフェゴール。その数は数百はくだらない。
「考えがある」
「なんだよ」
「地形が変われば良いのだな」
「え?まあ、少しは戦いやすい」
「判った」
武静は短く返事をすると、辿李の襟を掴んで放り投げた。
「へ?」
その先は真っ暗な谷底である。叫びながら谷底へ落ちていく辿李を追うように、武静も谷底に飛び込んだ。
「逃げるつもり?」
ベルフェゴールは羽根を全て飛ばす。数百という数の燃え盛る羽根が谷底へと向かった。
「てめっ……武静‼」
落下しながら追ってくる武静に青筋を立てる辿李。武静は「すまない」と一言謝る。
「しかし、ここなら少しは戦いやすいだろう」
「イキな計らいに感謝してぇが色々言葉足りなすぎだろうが」
すると、武静の背後から羽根が大量に追いかけてくるのが見えた。武静は肩越しに振り返り、指をスイッと動かす。壁がうねり、天蓋を作るように羽根の邪魔をした。しかしその岩すらも燃やされ、灰を霧散させるように羽根が追撃してくる。
「くそ、単純な能力の割にめんどくせぇな」
体勢を立て直した辿李は谷底に着地をした。武静も少し離れた場所に降りる。
「要はあれだろ、茜鶴覇様の炎の下位互換だ」
「しかし厄介な事には変わりない」
空を覆うほどの赤い羽根が真っ直ぐに谷底へと飛んできた。武静は覆面を靡かせて口を開く。
「ひとまずこれを凌ぐ」
「どうやって」
「触れられぬのなら、撃ち落とすまで」
地面に両手を着けると、ガラガラと石や岩が武静の周囲に現れた。その数は羽根と同じ数百はくだらない。
「なるほど、ついでにベルフェゴールにも一発いれたれ」
「そのつもりだ」
武静は辿李に返事をすると羽根に向けて放った。羽根と石がぶつかり合い、大量の火の粉と灰が谷底に積もる。武静は自分たちの頭上に壁を作って灰を避けた。
「あの数を相殺できるの、あっそう」
少し不機嫌な少年がバサリと翼を羽ばたかせて見下ろしている。武静はそれを見上げた。
「なら僕が行く」
そういうと肩に乗っていた鳥が剣の形に姿を変える。ベルフェゴールは谷底の二人に向かって急降下し始めた。
武静はそれを確認すると次は片手を地面に添える。
「なに?」
地面がうねり、地中から何本もの巨大な岩の柱が大木のように生え始めた。ベルフェゴールは器用に柱を避けながら飛び回る。
「そんなの当たらないよ」
鬱陶しそうに呟き再び向かってくる少年だったが、辿李の姿が見えないことに気がついた。
「あの虫、どこに…」
その瞬間。視界の端で一本の透明な糸が反射するのが見えた。
「!」
ベルフェゴールは即座に止まって回避する。よく見るとそこには巨大な蜘蛛の巣が貼ってあった。
「………」
辺りを見渡すと、完全には見えないが何かが貼られているのは分かる。
「だからなに」
剣を振ると蜘蛛の巣は燃え上がった。
「燃やせば良いだけじゃん」
「燃やしたければ燃やせば良い」
武静はそういうと手のひらに拳を着けて印を組む。
「暗い中、どこにあるかもわからぬ巣を切り、私の手を凌げればの話だが」
そういうと周囲の柱から細く枝のような鋭い柱が一斉にベルフェゴールを狙った。ベルフェゴールもわかっていたのか柱ごと切り捨てる。
ピン。
少し動いただけなのだが、直ぐ側にも巣があったようでベルフェゴールの腕が釣られた。一瞬止まった隙を逃すわけもなく武静は追撃をする。
しかし。
「ねえ、ガキの遊びに付き合わなきゃだめなの?」
黙っていた少年は心底嫌そうに首を傾げた。羽根を召喚し、柱や蜘蛛の巣を全て燃やし尽くす。
「何度やっても無駄。あまりイライラさせないでよ」
燃え落ちる柱を背に、ベルフェゴールは冷たい表情を浮かべる。辿李は武静とやや離れた場所に降りると、不気味なほどの威圧感を漂わせる悪魔に表情を硬くさせた。
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