桜咲く社で

鳳仙花。

文字の大きさ
91 / 116
第三章

第十話 極東

しおりを挟む
 同時刻極東、海岸。

「わあ、皆さん張り切ってますね」
大鎌を背負い、遠方を見るようにしてニコニコとする男。その見た目は女性にも近く、声を聞くまで性別はわからなかっただろう。灰色がかった黄緑の瞳と紺桔梗こんききょうの髪色が特徴的な男で、その首と手足には金属の飾りをまとっている。
 尖った耳を機嫌良さげに動かし、長い髪を背中へと払った男は獅伯しばを振り返った。
「僕らも楽しみましょうよ」
「………」
「あれ?」
獅伯しばは男がまるで見えていないかの様に結界を維持し続ける。
「何故向かってこないんですか?君は戦いが好きだと思ったのですが…?」
顎に手を当てて訊ねる男。
「別に好きじゃねぇ。どっからの情報なんだよそれ」
振り返ることなく応える獅伯。男は唸る。
「おかしいなぁ。茜鶴覇や寿鹿ひさろくによく戦いを挑んでるみたいだから、絶対そうだと思ったんです」
悔しそうに呟く男に、獅伯はやっと振り返った。
「……こっちの事は大体お見通しって事かよ」
「はい。その通りです。貴方の力が今半減して居る事も知っていますよ。大方、あの社の娘にでも預けたんでしょうね」
そう言って男は西側を見る。獅伯は何も言わなかった。
「別に僕は正々堂々なんて掲げてないし、このままで戦う気満々なんですが…」
困ったような声音で言うと、傍にあった石を浮かして邪気を籠め、獅伯に向かって勢いよく弾き飛ばす。音速を超えるであろうその石は、獅伯の間合いに入った途端燃え落ちた。
「その残った半分の力を全て防御に転換させていますよね」
バラバラと砕けて灰になっていく石を見ながらため息を吐く。獅伯は腕を組んだ。
「俺はてめぇを倒すためにここに居るんじゃねぇ。最優先は結界こっちだからな」
じゃあ、と言って再び維持に戻る獅伯を見て、男は頬を膨らませる。
「僕は強欲の悪魔、マモンです!ではありません」
「あっそ」
鼻をほじりながら興味なしを前面に押し出す獅伯。マモンは額に青筋を浮かべた。
「そんなにソレが大事ですか?」
「たりめぇだろ。俺が茜鶴覇に力を認めさせたいのは、仲間や弱え奴らを護りてぇからだ。今ここを離れたら本末転倒もいいとこだ」
「へえ、大層ご立派なことで…」
なら、と前置きしてマモンは指を鳴らす。
「あの娘を殺して、貴方に力を返しましょう。それなら貴方は…」
その刹那せつな。マモンの顔面のすぐ隣を、炎の一閃いっせんが走った。パラリと髪が焼ききれ、数本が地面に舞い落ちる。
「おい」
獅伯は肩越しに振り返った。その瞳には殺気がほとばしっている。
「誰を殺すって?」
「茜鶴覇のつがいの小娘ですよ。嗚呼、まだ番では無いのでしたっけ」
両手を上げて首を傾げたマモン。
「……薫子に指一本でも触れてみろ。その頭噛み千切って灰にしてやる」
「やる気を出していただけたようで良かったです」
微笑むマモンに、獅伯は眉間にシワを寄せた。その隠す事ない嫌悪感と敵視がマモンにも伝わったのだろう。酷く楽しそうに口を開く。
「さあ、火の神よ。その力を私に魅せてください」
「クソ野郎が」
獅伯は首元に手を当てると、まるで獅子のたてがみのように炎を纏った。手足にも炎を出し、燃え盛る刀を生成する。
「炎から刃を産むとは…。まるで朱雀のようですね」
冷静に状況を解釈しているマモンは、けして油断をしている様子ではない。それは獅伯もわかっている。
「しかし炎の剣とはいえ、やはり茜鶴覇のあの鳳凰刀に勝る炎刀えんとうにはならないようですね」
安心しました、そう言ってマモンは胸をなでおろした。
「舐めてかかるには早ぇんじゃねぇの」
獅伯は刀を構えると地面を擦りながら切り上げる。その瞬間、炎の斬撃が大地を抉りながら駆け抜けた。
 マモンは簡単に避けてみせる。しかし。
「これは…」
避けた先にあった岩に当たった炎は爆発し、岩肌の地面をドロドロに溶かしていた。
「確かに茜鶴覇には負ける。でも」
鞘に納刀すると、腰に挿して構える。
「俺は火神、獅伯だぞ。その辺のぬるい炎な訳ねぇだろ」
獅伯はそういうとマモンの懐に一気に入り込んだ。そして抜刀の速度に乗せて炎の一閃を飛ばす。
「ハハッ」
マモンは宙返りをして身を捻ると吐息を振りまいた。その息に触れた炎が真紅の鉱石となって地面に転がり落ちる。
 更に反撃で手を伸ばしたマモン。その腕を獅伯は容赦なく切り捨てた。鮮血が獅伯に掛かる。それを狙ってマモンはまた吐息を吹きかけた。
「……!」
血の鉱石が動きを封じられ、獅伯はその場に留まる。
「いい眺めですね、このまま獅子の石像にでもしてあげましょうか」
「舐めんな」
獅伯は地面を踏みつけて地割れを起こした。亀裂はまっすぐとマモンに向かう。ヒョイッと背後に飛んで躱した強欲の悪魔は、腕を再生し、掌に邪気を圧縮させるとそれを獅伯に投げつけた。
 獅伯は血の鉱石を力尽くで割ると、口から炎を噴射させて邪気を燃やし尽くす。
「あれ、そんな事できるんですか?もはや獣ですね」
流石に炎を吐くとは思っていなかったのか、マモンは目を輝かせる。そして目を細めて笑った。
「気が変わりました。その強く美しい力…欲しいです。石像になって私の手元に入る気はありませんか?」
「あるわけねーだろ」
口元を拭った獅伯は汚物でも見るような目でマモンを見る。
「半分の力でこれなら、本来の貴方は如何ほどなのでしょう。嗚呼、やはりここに来る前に彼女を殺して来るべきだったのかも」
「……さっきから言ってんだろ。あいつに触れたら灰にしてやる。いや、触れる前に消し炭にしてやる」
身を低くして刀を再び鞘に戻した獅伯。
「意外ですね。君はもっと五月蝿い印象があったのですが…怒っていても静かなのですね」
へえ、と分析するマモンを無視し、少し離れた場所から獅伯は抜刀する。先程と同じ炎の一閃が飛んだ。それと同時に走り始めた獅伯は、刃に青い炎を流していく。
 何かを悟ったマモンは背負っていた大鎌に手をかけ、先に炎の一閃を躱し、獅伯を迎え撃った。
「青い炎とは…!これが君の本来の色ですか?」
「うるせぇ、燃えろ」
火力を上げて大鎌を弾くと、瞬時に納刀し抜刀する。青い炎は辺りの大気を揺らしながら走った。マモンは邪気を圧縮させてぶつける。爆発音とともに炎上し、獅伯はその場から離れた。
 「これで終わりなんて言わねぇだろ。出てこいクソ野郎」
獅伯は刀の切っ先を火柱に向ける。すると、火柱は薙ぎ払われ、大量の蒼い鉱石が散らばった。
「ふむ、不思議ですね。普通の炎よりも火力が跳ね上がっています」
無傷のマモンは蒼い鉱石を摘んで不思議そうに眺めている。そしてそれを捨てると獅伯を見た。
「これが、今貴方に出せる最高火力といったとこですね」
「………」
獅伯は目を細めて舌打ちをする。
「無言は肯定と受け取りますよ。やはり力が半減している貴方では私に傷すら負わせられないようですね」
マモンはそう言うと大釜を構えた。紺桔梗の髪が爆煙の漂う風に舞う。
「とはいえ力が戻り、全力を出されては骨が折れる。そうなる前に貴方の命、頂戴しますね」
「やってみろよ」
淡々と、それでいて冷静な強欲の悪魔。獅伯は刀を鞘に収めると、再び青い炎を刃に走らせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

置き去りにされた聖女様

青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾 孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう 公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする 最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで…… それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...