桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第十話 極東

 同時刻極東、海岸。

「わあ、皆さん張り切ってますね」
大鎌を背負い、遠方を見るようにしてニコニコとする男。その見た目は女性にも近く、声を聞くまで性別はわからなかっただろう。灰色がかった黄緑の瞳と紺桔梗こんききょうの髪色が特徴的な男で、その首と手足には金属の飾りをまとっている。
 尖った耳を機嫌良さげに動かし、長い髪を背中へと払った男は獅伯しばを振り返った。
「僕らも楽しみましょうよ」
「………」
「あれ?」
獅伯しばは男がまるで見えていないかの様に結界を維持し続ける。
「何故向かってこないんですか?君は戦いが好きだと思ったのですが…?」
顎に手を当てて訊ねる男。
「別に好きじゃねぇ。どっからの情報なんだよそれ」
振り返ることなく応える獅伯。男は唸る。
「おかしいなぁ。茜鶴覇や寿鹿ひさろくによく戦いを挑んでるみたいだから、絶対そうだと思ったんです」
悔しそうに呟く男に、獅伯はやっと振り返った。
「……こっちの事は大体お見通しって事かよ」
「はい。その通りです。貴方の力が今半減して居る事も知っていますよ。大方、あの社の娘にでも預けたんでしょうね」
そう言って男は西側を見る。獅伯は何も言わなかった。
「別に僕は正々堂々なんて掲げてないし、このままで戦う気満々なんですが…」
困ったような声音で言うと、傍にあった石を浮かして邪気を籠め、獅伯に向かって勢いよく弾き飛ばす。音速を超えるであろうその石は、獅伯の間合いに入った途端燃え落ちた。
「その残った半分の力を全て防御に転換させていますよね」
バラバラと砕けて灰になっていく石を見ながらため息を吐く。獅伯は腕を組んだ。
「俺はてめぇを倒すためにここに居るんじゃねぇ。最優先は結界こっちだからな」
じゃあ、と言って再び維持に戻る獅伯を見て、男は頬を膨らませる。
「僕は強欲の悪魔、マモンです!ではありません」
「あっそ」
鼻をほじりながら興味なしを前面に押し出す獅伯。マモンは額に青筋を浮かべた。
「そんなにソレが大事ですか?」
「たりめぇだろ。俺が茜鶴覇に力を認めさせたいのは、仲間や弱え奴らを護りてぇからだ。今ここを離れたら本末転倒もいいとこだ」
「へえ、大層ご立派なことで…」
なら、と前置きしてマモンは指を鳴らす。
「あの娘を殺して、貴方に力を返しましょう。それなら貴方は…」
その刹那せつな。マモンの顔面のすぐ隣を、炎の一閃いっせんが走った。パラリと髪が焼ききれ、数本が地面に舞い落ちる。
「おい」
獅伯は肩越しに振り返った。その瞳には殺気がほとばしっている。
「誰を殺すって?」
「茜鶴覇のつがいの小娘ですよ。嗚呼、まだ番では無いのでしたっけ」
両手を上げて首を傾げたマモン。
「……薫子に指一本でも触れてみろ。その頭噛み千切って灰にしてやる」
「やる気を出していただけたようで良かったです」
微笑むマモンに、獅伯は眉間にシワを寄せた。その隠す事ない嫌悪感と敵視がマモンにも伝わったのだろう。酷く楽しそうに口を開く。
「さあ、火の神よ。その力を私に魅せてください」
「クソ野郎が」
獅伯は首元に手を当てると、まるで獅子のたてがみのように炎を纏った。手足にも炎を出し、燃え盛る刀を生成する。
「炎から刃を産むとは…。まるで朱雀のようですね」
冷静に状況を解釈しているマモンは、けして油断をしている様子ではない。それは獅伯もわかっている。
「しかし炎の剣とはいえ、やはり茜鶴覇のあの鳳凰刀に勝る炎刀えんとうにはならないようですね」
安心しました、そう言ってマモンは胸をなでおろした。
「舐めてかかるには早ぇんじゃねぇの」
獅伯は刀を構えると地面を擦りながら切り上げる。その瞬間、炎の斬撃が大地を抉りながら駆け抜けた。
 マモンは簡単に避けてみせる。しかし。
「これは…」
避けた先にあった岩に当たった炎は爆発し、岩肌の地面をドロドロに溶かしていた。
「確かに茜鶴覇には負ける。でも」
鞘に納刀すると、腰に挿して構える。
「俺は火神、獅伯だぞ。その辺のぬるい炎な訳ねぇだろ」
獅伯はそういうとマモンの懐に一気に入り込んだ。そして抜刀の速度に乗せて炎の一閃を飛ばす。
「ハハッ」
マモンは宙返りをして身を捻ると吐息を振りまいた。その息に触れた炎が真紅の鉱石となって地面に転がり落ちる。
 更に反撃で手を伸ばしたマモン。その腕を獅伯は容赦なく切り捨てた。鮮血が獅伯に掛かる。それを狙ってマモンはまた吐息を吹きかけた。
「……!」
血の鉱石が動きを封じられ、獅伯はその場に留まる。
「いい眺めですね、このまま獅子の石像にでもしてあげましょうか」
「舐めんな」
獅伯は地面を踏みつけて地割れを起こした。亀裂はまっすぐとマモンに向かう。ヒョイッと背後に飛んで躱した強欲の悪魔は、腕を再生し、掌に邪気を圧縮させるとそれを獅伯に投げつけた。
 獅伯は血の鉱石を力尽くで割ると、口から炎を噴射させて邪気を燃やし尽くす。
「あれ、そんな事できるんですか?もはや獣ですね」
流石に炎を吐くとは思っていなかったのか、マモンは目を輝かせる。そして目を細めて笑った。
「気が変わりました。その強く美しい力…欲しいです。石像になって私の手元に入る気はありませんか?」
「あるわけねーだろ」
口元を拭った獅伯は汚物でも見るような目でマモンを見る。
「半分の力でこれなら、本来の貴方は如何ほどなのでしょう。嗚呼、やはりここに来る前に彼女を殺して来るべきだったのかも」
「……さっきから言ってんだろ。あいつに触れたら灰にしてやる。いや、触れる前に消し炭にしてやる」
身を低くして刀を再び鞘に戻した獅伯。
「意外ですね。君はもっと五月蝿い印象があったのですが…怒っていても静かなのですね」
へえ、と分析するマモンを無視し、少し離れた場所から獅伯は抜刀する。先程と同じ炎の一閃が飛んだ。それと同時に走り始めた獅伯は、刃に青い炎を流していく。
 何かを悟ったマモンは背負っていた大鎌に手をかけ、先に炎の一閃を躱し、獅伯を迎え撃った。
「青い炎とは…!これが君の本来の色ですか?」
「うるせぇ、燃えろ」
火力を上げて大鎌を弾くと、瞬時に納刀し抜刀する。青い炎は辺りの大気を揺らしながら走った。マモンは邪気を圧縮させてぶつける。爆発音とともに炎上し、獅伯はその場から離れた。
 「これで終わりなんて言わねぇだろ。出てこいクソ野郎」
獅伯は刀の切っ先を火柱に向ける。すると、火柱は薙ぎ払われ、大量の蒼い鉱石が散らばった。
「ふむ、不思議ですね。普通の炎よりも火力が跳ね上がっています」
無傷のマモンは蒼い鉱石を摘んで不思議そうに眺めている。そしてそれを捨てると獅伯を見た。
「これが、今貴方に出せる最高火力といったとこですね」
「………」
獅伯は目を細めて舌打ちをする。
「無言は肯定と受け取りますよ。やはり力が半減している貴方では私に傷すら負わせられないようですね」
マモンはそう言うと大釜を構えた。紺桔梗の髪が爆煙の漂う風に舞う。
「とはいえ力が戻り、全力を出されては骨が折れる。そうなる前に貴方の命、頂戴しますね」
「やってみろよ」
淡々と、それでいて冷静な強欲の悪魔。獅伯は刀を鞘に収めると、再び青い炎を刃に走らせた。
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