92 / 116
第三章
第十一話 極西
しおりを挟む同時刻、極西海面にて。
「あの馬鹿戦い始めたな…」
溜息をついてヤレヤレと首を降る寿鹿。海面に神力を張っているからか、沈むことなく優雅に立っていた。
「まあ、戦わなきゃいけない事態にでもなったんだろうね。アイツは何かを護る事については信じられないくらい強情で頑固で一途だから」
呆れた物言いでそう言うと、上空を見上げる。
「君は、頑固な男と僕みたいに優雅で美しくて余裕のある男、どちらが好みかな」
「あら、気づいてたの」
空には女の姿があった。黒い羽と尾、そして露出の多い服装が特徴的なその女は、意外とでも言うように首を傾げる。
「隠してたつもりなんだけどなぁ…」
顎に人差し指を当ててあざとくそう言う女に、寿鹿は自慢げに胸を張った。
「僕は人一番気配を正確に把握できてね。ここから真逆にいるクソガキ獅子の存在も、ブレまくった神力の風牙も、不安そうな薫子ちゃんも……国外にすっ飛ばされた夢幻八華の事も、手に取るように分かるよ」
「あら、国外のことまでわかるの?素敵ね」
「こんな程度で褒められるなんて悪い気はしないね。尤も、流石に国外に行かれると気配は追えないけど。わかるのは、予め彼を嵌める為に組まれた何かしらの高度な転送陣で、結界外に放り出されたという事くらいかな」
鼻高々に話す寿鹿。女は口角を上げる。
「アナタ、随分楽しめそうな男ね。私は色欲の悪魔、アスモデウス」
「僕は寿鹿、岩神だよ。よろしくね」
寿鹿は「……まあ」と呟き、薄く笑ってみせた。
「君達悪魔は宜しくする気なんてないと思うけど」
ピリッと走った寿鹿の神力。アスモデウスは上空からそれを感じていた。
飄々とした態度を崩さない岩神だが、けして隙があるわけではない。寧ろ辺り一面に神力を展開している。その証拠に、彼は海面に立っているというのに、その周囲には波が一寸たりとも立っていない。凪いだ海面はまるで大きな水溜りのように静かだった。
「時間が掛かりそうね、アナタ…」
舌舐めずりしてそう言ったアスモデウスは、腕を大きく振り上げる。海面が不自然に揺らぎ、邪気を孕んだ黒い海水へ変化した。やがてそれらは収縮し、渦潮となる。
アスモデウスは渦潮が完成すると、そのまま腕を振り下ろした。渦潮は真っ直ぐと寿鹿へ突進していく。
寿鹿は槍を出し、石突で海面をトンと突いた。すると海中から岩石の壁が迫り上がり、渦潮は分厚い岩石に阻まれ粉砕した。飛び散る邪気に侵された水は神にとって毒となる。それを予め知っていたのか、寿鹿は突風で全て弾き飛ばした。その手隙にアスモデウスへ風刃を飛ばす。
アスモデウスは目を細めた。その悪魔の力に対する冷静すぎる態度に、違和感を覚えたのである。
「アナタ……ただの神サマじゃないわよねぇ?」
寿鹿に弾かれた邪気を収縮させると、アスモデウスは短刀状に変えた。
「いやいや、元々ただの神サマじゃないよ。なんたって僕は五大元素の神だからね。上級神といってもピンキリだけど、僕らはその中でも上位だ」
自分の髪を愛おしそうにクルクルとイジる寿鹿だったが、その視線をアスモデウスへ戻す。
「……まあ、君の知る神サマと違うっていうのは、良い線いってると思うよ」
「あら、それはどうして?」
「美人に聞かれたら全部答えちゃいたくなるね、実によくない」
でも紳士なら優しく教えるべきだよね、と片目をパチンと瞑ってみせた。
寿鹿は海面を二度突くと海底から巨大な岩石をいくつも宙に浮かせる。その岩石を渡って上空へ向かった。アスモデウスと同じ高さまで来ると、槍を構え直す。
「僕はね…この世に存在する神の中で、最も多く、悪魔を殺してきた。もう数なんて数えてないけど、万は越えてると思う。聡い君なら判るよね、ハッタリなんかじゃないって事くらい」
「……へぇ、どおりで…」
ここで初めてアスモデウスの目の色に動揺が映った。寿鹿は先程から神力で体表を覆っている。邪気に侵された水が、いかに危険なものか分かっているからだ。知識として知っていても土壇場で対策するのは難しい。幾度となく悪魔と戦ってきた経験からくるものだろう。
「じゃあ、舐めてかからないで本気で掛かった方が良さそうね」
「そういうことさ。僕も時間はかけてられないからね」
寿鹿がそういうと、アスモデウスは薄っすら微笑む。
「アナタが警戒すればする程、眼前は大きく揺らぐのよ」
意味がわからず寿鹿は片眉を上げた。
「一体どういう……」
その時。突如アスモデウスの体が霧散し、辺りは白い霧に覆われる。寿鹿は耳をピクッと動かしながら辺りを警戒した。
しかし、思いの外簡単にアスモデウスの姿は寿鹿に見つかる。
「何かの罠かな」
「さあ、どうかしらね。試しに切ってみたら良いんじゃないかしら」
「そうだね、こういう時は…」
寿鹿は槍を構えると、眼の前のアスモデウスを斬り伏せるフリをして後方から迫ってきていたもう一体のアスモデウスを薙ぎ払った。
「……!」
アスモデウスの血液が舞い、首が落ちる。
「……こういう時は大体、囮と本命が存在する。そういう決まりだよね。まさかこんな簡単な罠使うとは思わなかったけど…」
寿鹿は槍を振って血払いした。アスモデウスの体が闇となって霧散していくのを見ながら、寿鹿は不思議な違和感を持つ。
「あれ、君……さっきまで短刀持ってたよね」
その瞬間だった。
背中を大きく切り裂かれ、眼の前が大きくグラつく。
「……っ」
寿鹿はすぐに体勢を整え、背後を槍で薙ぎ払った。アスモデウスはひらりとそれを躱して羽ばたく。
「どうかしら、私の幻覚は。まるで肉と骨を斬ったような感覚だったでしょう?」
「……そうだね、不思議だ」
幻覚というものは、見破られれば後は子供騙しの場合が殆である。それに加え幻覚は幻覚、実体は無い。実体が無いものには触れようもないし、攻撃しようもない。だというのに、アスモデウスの言葉を信じるのであれば先程の幻覚による彼女の分身は、しっかりと肉と骨が存在した。実に気味の悪い能力である。
「私の幻覚は実体を持つ。でもそれだけじゃない。例えばこんなのも出せるのよ」
アスモデウスが指を鳴らすと、白い霧から岳詠穿が現れた。寿鹿は目を見開く。
「まさか、相手の記憶から人物を読み取れるのか」
「ええそうよ」
アスモデウスは岳詠穿に近づくと、その逞しい腕に指を這わせた。
「これが私の能力、素敵でしょ?」
「………どうかな。僕は美しいとは思えないけど」
背中の傷を塞ぎ切ると、寿鹿は再び槍を構える。
「なるほど、大方把握した。君はその力を使って人間を誘き寄せ、精力と魂を喰らって生きているんだな」
「ナイショ。女に秘密はつきものでしょう?」
アスモデウスは妖美に笑って唇を舐めた。
「嗚呼、それもそうかもね」
寿鹿もそれに応えるように薄っすら笑ってみせた。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
置き去りにされた聖女様
青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾
孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう
公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ
ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう
ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする
最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで……
それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
アロマおたくは銀鷹卿の羽根の中。~召喚されたらいきなり血みどろになったけど、知識を生かして楽しく暮らします!
古森真朝
ファンタジー
大学生の理咲(りさ)はある日、同期生・星蘭(せいら)の巻き添えで異世界に転移させられる。その際の着地にミスって頭を打ち、いきなり流血沙汰という散々な目に遭った……が、その場に居合わせた騎士・ノルベルトに助けられ、どうにか事なきを得る。
怪我をした理咲の行動にいたく感心したという彼は、若くして近衛騎士隊を任される通称『銀鷹卿』。長身でガタイが良い上に銀髪蒼眼、整った容姿ながらやたらと威圧感のある彼だが、実は仲間想いで少々不器用、ついでに万年肩凝り頭痛持ちという、微笑ましい一面も持っていた。
世話になったお礼に、理咲の持ち込んだ趣味グッズでアロマテラピーをしたところ、何故か立ちどころに不調が癒えてしまう。その後に試したノルベルトの部下たちも同様で、ここに来て『じゃない方』の召喚者と思われた理咲の特技が判明することに。
『この世界、アロマテラピーがめっっっっちゃ効くんだけど!?!』
趣味で極めた一芸は、異世界での活路を切り開けるのか。ついでに何かと手を貸してくれつつ、そこそこ付き合いの長い知人たちもびっくりの溺愛を見せるノルベルトの想いは伝わるのか。その背景で渦巻く、王宮を巻き込んだ陰謀の行方は?
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる