95 / 116
第三章
第十四話 形勢逆転
北部。
「一体何……!」
ベルフェゴールは舌打ちをした後、砂煙を翼で吹き飛ばす。しかしその背後には嶄が構えており、咄嗟に翼で防御する彼を金棒で殴り飛ばした。
「なんて馬鹿力なんだ、ほんとにもう…っ面倒くさいなァ!」
翼を広げ、当たり一面炎の羽根で無差別に攻撃する。深く突き刺さった岩が炎上し、瞬く間に灰へ姿を変えた。
「………貴様の羽根は肉を燃やさない。ならば敢えて貫通させ、傷を最小限にし、即座に閉じれば良い」
灰の中に立っていたのは武静だった。所々着物が燃え落ち、顔に纏っていた覆面が炎で燻りながら宙に舞う。その顔には火傷のような痣があった。
「そんな芸当、いつまでできるのかな。僕の翼はまだまだこんなにもあるというのに…」
そういって再び羽根を展開させるベルフェゴール。
「ってやったら君くるでしょ」
嶄が岩の壁を蹴り、飛んでいたベルフェゴールに向かって金棒を振り下ろした。ベルフェゴールは間一髪で身を翻して躱す。
「バカの一つ覚え、つまんないね君。そろそろその気配の無さに慣れたから」
「そうかよ」
嶄は特に気にもせず、着地するなり走り出した。ベルフェゴールは眉をひそめる。
先ほど辿李の足元が光ったと同時に彼の姿が消えた。それと同時に上空から嶄が金棒を叩きつけに来たのだった。すぐに気がついたので難なく躱したが、嶄を見た時、その異常さにベルフェゴールは胸騒ぎを起こした。
やがてその違和感は確証を得ることになる。
「このゴミ共が……」
ベルフェゴールは、刀を顕現して飛び上がってきた武静に羽根を飛ばす。武静はその羽根を宙で全て切り捨てると、壁に足を付いて飛んだ。
その身軽さにベルフェゴールは一瞬の隙を与えてしまう。武静の刃は彼の腕を肩から切り落とした。落とされた腕は即座に石化し、砕け散る。ベルフェゴールは青筋を立てて武静を蹴り飛ばした。
「!」
嶄は飛んできた彼を片手で支えた後、金棒の代わりに武静の刀を掴み取り、ベルフェゴールの懐へと突っ込む。そして落とされて防御困難な腕側を狙い、袈裟斬りと横一文字に胸を斬る。
嶄は鬼。鬼は妖力があやかしの中で最上位に君臨する。懴禍も鬼なのでどんなものかはベルフェゴールも知っているのだが、嶄は不気味なほどに妖力を感じなかった。
静かに、そして確実にこちらの隙をついて回る彼の戦い方は鬼らしくない。鬼は自身の妖力を腕力や脚力に変換できる。圧倒的且つ単純故に戦いやすく、また対策しにくい。それが鬼というあやかしである。
だが嶄は違った。たしかに妖力を腕力や脚力に変換させているようだが、妖力の漏れが只の少しもない。それ程洗練されていた。余分な力を抜き、必要な時に最大出力を出す。そんな戦い方だった。
ベルフェゴールが嶄の攻撃を避け続けるのはその最大出力の腕力を喰らわない為でもあったのと同時に、彼を調子に乗せない為でもあった。
懴禍が言うには鬼は元の妖力も軍を抜いているが、調子が良ければそこから更に上昇することもあるらしい。
「この程度で…この程度で僕が!死ぬとでも!?」
大量の血を流しながら石化し始める傷口を抑えるベルフェゴール。
「ああ、そうだ。お前は死ぬ」
嶄は血払いをして刀身から血液を振り落とした。
「貴様ら悪魔に、容赦も慈悲も要らぬ。冥界へと戻るが良い」
武静は酷く冷たい目でベルフェゴールを見下す。その目を見て奥歯を噛み締め、ベルフェゴールは悪魔らしい表情を浮かべた。
「……くそ、くそッ……クソッッッ!!!ゴミ風情の弱者がッッ僕を誰だと思ってる!僕は冥界の頂天に君臨する七つの大罪怠惰の悪魔、ベルフェゴール様だぞッ!貴様らなんかに負けるわけがないだろうがァ!!」
叫びながら再び羽根を仕向けてくるベルフェゴールを見て、武静は直ぐ様印を組んで地面に手を叩きつける。その瞬間大地がうねり、ベルフェゴールの体を捕縛した。そして騒ぎ続ける彼を飲み込み、やがてその質量を何かが潰れた音と共に収縮させる。
「………貴様に勝てるわけが無いだろう。私は四神、武静なのだから」
そういうと、ゆっくりと立ち上がった。だが神力を使いすぎたのか一瞬体を揺らす。
「大丈夫ですか」
嶄が訊ねると武静は頷いた。
「ああ、問題ない。それよりお前は」
「俺も大丈夫です。流石に転送陣で飛ばされた時は驚きましたがね」
肩をすくめてそういうと、刀を武静へと返却する。
「それより、咄嗟とはいえ刀奪ってしまって申し訳ない」
「いや、いい判断だった。あの間合いで金棒を使うのは難しかったからな」
武静は刀を受け取ると鞘に収めて霧散させる。
「…他はどうなったんでしょうか」
「わからない。式神が途絶えた事を見るに、各地で激しい戦闘が行われているんだろう。おそらく神族たちの武官も機能していない」
「……無事だと良いですがね」
「大丈夫だろう」
「いや、村や森が」
「………」
嶄は遠い目をする。武静も問題ないと返答したかったが、各地へ散っていった人員を考えると素直に頷けなかった。
「これからどういたしますか」
「予定通り二手に分かれて守護を。すでに陣形は取れていない、神族の武官が襲われている可能性もある。見つけ次第あやかしを叩け」
「了解」
嶄はそういうなり壁を蹴って器用に谷底から飛び上がって後にする。武静はそれを見送るなり、別方向へと分かれて行動し始めた。
東部。
当たり一面氷漬けになった森に、シンシンと雪が降る。
「……天候が崩れてしまいましたね」
「六花殿の妖力で雪雲が発生したようですね…」
空を見上げる六花に飛竜は答えた。そして視線を滝へ向ける。
「………」
静かに睨みつけるリヴァイアサンが滝に貼り付けになっていた。
否、嘗て滝だったはずの巨大な氷に腕と尾ひれを絡め取られていた。
「私と出会ったのが運の尽きでしたね」
六花は淡々とそう言う。
「貴方だけではないのですよ。大気や地中の水が味方するのは」
飛竜は静かに水流で弓を作り出し、美しい行射で矢を構える。
「……何度も言ってるでしょ。私に水は効かないの。もう忘れたのかしら」
「ええ、なので」
飛竜は六花に目配せすると、何かを察したのかその弓に手を触れた。そこから凍結を始め、氷の弓が完成する。
「それは……!」
「貴方が操れるのは液体。他者が操るものであってもその手中に落ちる。そして屈強な戦士を生み出し自由自在…。でも個体や気化してしまったものは条件に含まれず、操れない。……そうでしょう」
そう呟いた飛竜の矢が手から離れ、リヴァイアサンの心臓を一瞬で射抜いた。
「……なぜ、それを…」
「簡単です。もし操れるなら、その氷だって砕いて出てくれば良い。いや、そもそもさっきだって子供を抱きかかえて逃げる嶄殿を、氷漬けにしてしまえばよかったのです。でもあなたはそうしなかった。何故ならできないから」
リヴァイアサンは何かを言おうとしたが、声を発する前にその瞳から光を失い、体が闇に溶けていった。
「……」
息を吐いた飛竜は少し疲労を見せる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、少し彼女の操る水に神力が持っていかれただけです。ご心配は無用です」
飛竜の答えに六花はこれ以上何も言わなかった。
「今から私は東の村や集落の結界を更に固めようと思います。飛竜様は如何なさいますか」
「俺は各地に式神を飛ばして状況確認しながら東龍の街の結界を再度貼り直します。それが終わり次第少し獅伯殿の様子を見てまいります」
先ほど入れ替わりの陣が発動し、嶄が消えた。その代わりに六花が現れたのである。おそらくこちら側の誰かの陣だろうと、そう判断した二人は慌てること無くそのまま共闘し、リヴァイアサンを撃破したのだった。ただもしこの入れ替わりの陣で極東にいる獅伯が姿を消していれば少々マズいことになる。なので一応の様子見をしに行こうという考えだった。
「わかりました。ご武運を」
六花は律儀にお辞儀をすると走っていく。飛竜は小さな龍の式神を顕現し、空へと飛ばした。
「皆、無事であればよいですが…」
飛竜はそう呟くと滝の上まで飛躍し、東龍の街へと走っていった。
あなたにおすすめの小説
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜
まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。
継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。
気づいていなかったのだ、あの人たちは。
私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。
ある夜、私は静かに荷物をまとめた。
怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。
三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。
「リーナを探せ」
今更、ですか。
私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
外れ伯爵家の三女、領地で無双する
森のカフェしっぽっぽ
ファンタジー
十三歳の少女アイリス・アルベールは、人生を決める「祝福の儀」で“ゴミスキル”と蔑まれる《アイテムボックス》を授かってしまう。戦えず、稼げず、価値もない――そう断じた家族は、彼女を役立たずとして家から追放する。さらに、優秀なスキルであれば貴族に売り渡すつもりだったという冷酷な真実まで明かされ、アイリスはすべてを失う。
だが絶望の中、彼女は気付く。この世界が、自分がかつてやり込んだVRMMORPG『メデア』そのものであることに。
そして思い出す――
《アイテムボックス》には、ある“致命的なバグ”が存在することを。
市場で偶然を装いながらアイテムを出し入れし、タイミングをずらすことで発生する“複製バグ”。それは、あらゆる物資を無限に増やす禁断の裏技だった。
食料も、装備も、資金も――すべてが無限。
最底辺から一転、誰にも真似できないチートを手にしたアイリスは、冒険者として歩み始める。だがその力はやがて、経済を歪め、権力者の目に留まり、そして世界の“仕様そのもの”に干渉していくことになる。
これは――
ゴミと呼ばれた少女が、“世界の裏側”を掌握する物語。