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第三章
第十八話 玉座より見下ろして
しおりを挟む闇が存在せぬ光り輝く宮殿。その玉座に鎮座する美しき女神が居た。太陽のような黄金の瞳に、温かく明るい橙色のふわふわとした髪が優雅に揺れている。
玉座に深く座って足を組んだ女神は、肘をついて興味深そうに目を細め、口元に弧を描いた。
「随分と忙しない。あの茜鶴覇の国で戦争とは……」
女神がそう呆れ混じりに呟くと隣の玉座に座していた男神は淡々と口を開いた。
「少し前にも戦をしたばかりだというのに。災難な事だ」
男神は乱れのない漆黒の髪を結い上げ、銀色の瞳は厳かに現世を俯瞰している。月光を彷彿とさせる光沢の簪が、憂いを帯びたため息と共にシャランと揺れた。
「嗚呼、四千年前の事か?此度のコレは前回の比ではない。神央国だけなら兎も角、現世全体に懴禍の手が及びかねん」
困った口調とは裏腹に女神の顔色は明るかった。男神は彼女の横顔を横目に見る。何か言いたげなその面持ちに気づいたのか、女神は鼻で笑った。
「そのような顔をするな、月読尊。永い時の中でこのように世界が動く事などそうそうあるまい。我らが産み落とした世界が、どの道を辿り、どの空を崇め、どの大地を恨み、どの炎に生かされるのか…。それを見るには良い機会だろう」
「その気になれば全てを創り変えてしまえるというのに、情が移ったか天照大御神」
「情か。いいや、そのような物ではない。だがまあそうだな……茜鶴覇たちには情を抱いているのかもしれぬ」
顎に手を置き、改めて考える素振りをする天照大御神。
「あやつらは我らの子と言っても過言ではない。たわけどもの行く末が気になるのは親心というものだろう」
「親心…。随分と人間みたいなことを言う」
「おや。守護神達にひっそりと月の加護を授けている男神が私に何か言ったか?」
にこやかに切り替えした天照大御神に、月読尊は袖の中で手を組んで聞こえなかったかのように話を続けた。
「この一件で天界も一騒動ありそうだ」
「特に浄楼閣は面白くはないだろう。それどころか怒りで頭の血管でも弾けていそうだな。……実に滑稽な事だ」
天照大御神は嘲笑を浮かべる。月読尊の顔色は雲が陰るように複雑そうだった。
「私はそちらの方が気がかりだ。昨今の裁判は見るに堪えぬ」
「あの老骨を裁判長に選んだのはそなただろう」
「ああ、だからこそというべきか。……私は責任を感じている。特に天大蛇尊については」
天大蛇尊の名を聞いて、天照大御神の口元から笑みが消える。
「誤った判決。偏った視線。それらはいとも容易く真実を闇へと葬った。四千年前のあの裁判は記憶に新しき事よ。上級神ともあろう男がまともな判決すらできぬとは、情けのうて涙がでるな」
太陽の女神は肩にかかった髪を後ろへ払った。その目は先程の愉快そうな瞳ではなく、酷く冷たく嘲笑していた。
「だが悔いる資格がそなたにあるとは思えんな。あの一件は茜鶴覇の力不足で招いた事とはいえ、その始末を浄楼閣に任せ、裁判という権能を手放したのはそなただろう。元最高審判官、月読尊よ」
「………返す言葉もない」
月読尊は視線を落とし、悔みが滲む声色で呟いた。
「だが同じ過ちを繰り返すというならば、この私が再びあの座に就こう」
地の底を這うような声音は、失敗を許しはしないと浄楼閣に訴えているようだった。
「ああ、そうするがいい。そなたは他者を見る能力が塵以下かもしれぬからな。自身でやった方がよいだろう」
天照大御神は肘をついたまま淡々と罵る。月読尊は眉間にシワを寄せたが言い争ったところでこの件に関して勝ち目が見えない。
「……それにしてもあの娘」
ふと美しき女神の興味が押し黙った月読尊から、とある人間の女へと移る。その娘は暗い森の中で震えながらも、事の行き先を見逃すまいと立っていた。側で水神と老婆が護衛しているように見える。
「あの人間、面白いな。色々な加護が付いているようだ。鳳凰、麒麟、霊亀、応竜……。それと伍将殿下か」
月読尊もそれを聞いて娘に気がついたようだった。冷静だった瞳が少し見開く。
「……驚いた、それだけではないな。妖からも護衛の念が付いている。普通正と負の力が合わされば相殺し合うものだが…不思議だな。あの娘何者だ?」
興味津々な天照大御神に対し、月読尊は首を少し傾げて続ける。
「神力は扱えぬようだな。他に変わった所もない」
天照大御神は月読尊の言葉を聞いて目を細めた。まるでイタズラをしかける前の子供のように。
「ただ一つ、鳳凰の想い人という点を除いてか。分かりやすい男だ。誰に似たのやら」
「………」
月読尊は目を細めて愉しそうな天照大御神を見る。
「なんだその目は」
「ようやくあの鳳凰が契り人を決めたのだ。余計な事をするな、天照大御神。いよいよ茜鶴覇に嫌われるぞ」
「なんともまあ信用の無い事よ。お前のそういう所に茜鶴覇と岳詠穿はそっくりだな。面白みのない男に育ててしまった」
「面白みなど要らぬ。十六夜のヤジを入れたがる好奇心旺盛な所はそなたに似たようだ」
「それこそ余計な世話というものよ」
天照大御神は喉を鳴らして笑う。懐かしむような目で現世をみているその横顔は、少しだけ母の顔をしていた。
「亜我津水尊のやつ、さては我らを反面教師に育ちよったな。顔こそそなたに似ておるが、中身はどちらにも似ておらぬ」
無礼なやつだと付け加えた天照大御神。自身の好奇心旺盛な部分を否定しない辺り、反面教師にされる自覚はあるようだ。
だが月読尊は、時折垣間見える亜我津水の冷酷な顔を天照大御神と重ね、「それはどうだろうな」と返した。
「似ていると?」
「そなたとな。少なくとも私から見たらだが」
「そうか」
血は抗えんなと笑う女神は少し嬉しそうに再び現世を見る。
「……さあ、我らの愚息たちがたどり着くのは地獄か天国か。見届けてやるとしようか」
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