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アグレッシブ歓迎遠足
第27話
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公園に、私の声が響き渡った。それはかなり遠くまで突き抜けていったみたいで、視界の端の方にいるここから100メートル近くは離れているだろう生徒たちが何人も自分たちの作業を止めて振り返るのが見えた。何事か、という感じでこちらを指さしたり、駆け寄ってくる生徒の姿も見える。
でも――
「なによ! あいつのこと何にもしらないくせに、言いたい放題言ってさっ! そりゃあ、あいつは口下手……ていうか、ほとんど会話障害者みたいなもんだし、すぐに手だって出るわよ。……あれ? それじゃ確かにあなたたちの言うとおりだけど……でも! それはフリョーとかじゃないんだから! なんていうか……ただ不器用なのよ! 全然人との接し方とか知らないだけで、悪意があるわけじゃないんだから。それを言って、わかればちゃんと謝る素直な心も持ってるし、あれはあれで結構いいところもあるんだから!」
早口でまくしたて、その間吸ってなかった息を取り返すようにはー、はー、と荒く息を吸った。
ふと我に返って前の三人を見ると、斧を落としたら女神が出てきた時のお伽話の主人公のように、目を皿にして固まってた。
「…………」
私も固まってしまう。……あー、まずい。まくし立てすぎたか? そりゃあ確かに彼女らの言い分は一方的で、何か凄い釈然とないところがあって喚いてしまったが、別に彼女らもそんなに悪意があって言ったわけでもないかもしれないし……
それでも三人の沈黙と、場の空気は変わらなかった。まるでビデオ再生の一時停止ボタンを押したあとのような、静止した空気。
――いたたまれない。
何とか緩和しようと、言葉を紡ぐ。
「…………あ、いや……その、ね」
「ひょっとして」
言葉にならない私の言葉を、久河さんが遮った。そして次の言葉で、今度は私の時間が一時停止した。
「好きなんですか?」
「……………………え?」
久河さんが今何と言ったのか、一瞬わからなかった。
――いや、数秒たっても、理解できなかった。そもそも、そういう発想をすることが、できない。無い。だって――え?
私が陸堂を――――好き?
そんな……そんなこと、考えたことも、考えようとしたことすら、ない。
え。でも、え、あ、え……
自分でも考えがまとまらずに動揺していると、久河さんは笑顔を作って、
「……ごめんなさい、気がつかなくて。……そっか、そうなんですか。あの彼を……わかりました。すいません、お邪魔してしまって。じゃあ私たちこの辺で失礼しますねー」
「え、あ、ちょ」
そんな私の制止も聞かず、久河さんは隣の二人にも声をかけてパタパタと荷物をまとめて、去っていってしまった。あとには片手を前に出して無様に固まる私だけが残された。周りの喧騒が、聞こえる。先ほどの大声のせいで、すっかり周りに人が集まってしまっていた。顔を突き出すように生徒たちが私を見ている視線を感じる。でも、今の私にとってそんなことは瑣末事にすぎなかった。
…………そんな……そんな――
頭の中が、まるで洗濯機にかけられたようにぐるぐると掻き混ぜられていた。思考がまったくまとまらない。
そんなわけないじゃない。
言えばよかったのだ。言えば、久河さんも勘違いせずに納得してくれたはずなのだ。そんなわけないじゃない。何であんな暴力すぐ振るって、頭が悪くて、ガキな、そんな男が好きなわけない。そう言えばよかったのだ。
――――そう、そう言えばよかったのだ。
なんで?
なんで、言えなかったのか?
好きなんですか?
そう言われた時、咄嗟に頭の中に巡ったものは、なんだったのか?
嫌悪?
……ではないと思う。
怒り?
……でもないと思う。
……………………。
――――戸惑い?
「どうした?」
どくん、と心臓がうねった。
いきなり声をかけられた。それも男の声。それも、いかにもやる気なさげな、もっと言えばその髪は鬱陶しく顔にかかっているだろう男の声。
私が今色々考えてる、その張本人の声。
な、なにもこのタイミングで声を掛けなくてもいいだろう、と思わず思ってしまう相手の声――――!
「ど、ど、ど、ど、どうもしないわよこの馬鹿っ!」
いつの間にか、周りの野次馬に混じってグラウンドの反対側からこちらにやってきていた陸堂が発した何気ない一言に、どうしようもなく動揺して震える声で罵倒した。こ、この馬鹿っ! な、なんてタイミングで声かけてくるのよ!
「む? また何か悪いことを俺はしたか……」
しかし陸堂本人は必要以上にその言葉を重く受け止めたようで、その場で俯き、うなだれてしまう。
「あ……」
でも――
「なによ! あいつのこと何にもしらないくせに、言いたい放題言ってさっ! そりゃあ、あいつは口下手……ていうか、ほとんど会話障害者みたいなもんだし、すぐに手だって出るわよ。……あれ? それじゃ確かにあなたたちの言うとおりだけど……でも! それはフリョーとかじゃないんだから! なんていうか……ただ不器用なのよ! 全然人との接し方とか知らないだけで、悪意があるわけじゃないんだから。それを言って、わかればちゃんと謝る素直な心も持ってるし、あれはあれで結構いいところもあるんだから!」
早口でまくしたて、その間吸ってなかった息を取り返すようにはー、はー、と荒く息を吸った。
ふと我に返って前の三人を見ると、斧を落としたら女神が出てきた時のお伽話の主人公のように、目を皿にして固まってた。
「…………」
私も固まってしまう。……あー、まずい。まくし立てすぎたか? そりゃあ確かに彼女らの言い分は一方的で、何か凄い釈然とないところがあって喚いてしまったが、別に彼女らもそんなに悪意があって言ったわけでもないかもしれないし……
それでも三人の沈黙と、場の空気は変わらなかった。まるでビデオ再生の一時停止ボタンを押したあとのような、静止した空気。
――いたたまれない。
何とか緩和しようと、言葉を紡ぐ。
「…………あ、いや……その、ね」
「ひょっとして」
言葉にならない私の言葉を、久河さんが遮った。そして次の言葉で、今度は私の時間が一時停止した。
「好きなんですか?」
「……………………え?」
久河さんが今何と言ったのか、一瞬わからなかった。
――いや、数秒たっても、理解できなかった。そもそも、そういう発想をすることが、できない。無い。だって――え?
私が陸堂を――――好き?
そんな……そんなこと、考えたことも、考えようとしたことすら、ない。
え。でも、え、あ、え……
自分でも考えがまとまらずに動揺していると、久河さんは笑顔を作って、
「……ごめんなさい、気がつかなくて。……そっか、そうなんですか。あの彼を……わかりました。すいません、お邪魔してしまって。じゃあ私たちこの辺で失礼しますねー」
「え、あ、ちょ」
そんな私の制止も聞かず、久河さんは隣の二人にも声をかけてパタパタと荷物をまとめて、去っていってしまった。あとには片手を前に出して無様に固まる私だけが残された。周りの喧騒が、聞こえる。先ほどの大声のせいで、すっかり周りに人が集まってしまっていた。顔を突き出すように生徒たちが私を見ている視線を感じる。でも、今の私にとってそんなことは瑣末事にすぎなかった。
…………そんな……そんな――
頭の中が、まるで洗濯機にかけられたようにぐるぐると掻き混ぜられていた。思考がまったくまとまらない。
そんなわけないじゃない。
言えばよかったのだ。言えば、久河さんも勘違いせずに納得してくれたはずなのだ。そんなわけないじゃない。何であんな暴力すぐ振るって、頭が悪くて、ガキな、そんな男が好きなわけない。そう言えばよかったのだ。
――――そう、そう言えばよかったのだ。
なんで?
なんで、言えなかったのか?
好きなんですか?
そう言われた時、咄嗟に頭の中に巡ったものは、なんだったのか?
嫌悪?
……ではないと思う。
怒り?
……でもないと思う。
……………………。
――――戸惑い?
「どうした?」
どくん、と心臓がうねった。
いきなり声をかけられた。それも男の声。それも、いかにもやる気なさげな、もっと言えばその髪は鬱陶しく顔にかかっているだろう男の声。
私が今色々考えてる、その張本人の声。
な、なにもこのタイミングで声を掛けなくてもいいだろう、と思わず思ってしまう相手の声――――!
「ど、ど、ど、ど、どうもしないわよこの馬鹿っ!」
いつの間にか、周りの野次馬に混じってグラウンドの反対側からこちらにやってきていた陸堂が発した何気ない一言に、どうしようもなく動揺して震える声で罵倒した。こ、この馬鹿っ! な、なんてタイミングで声かけてくるのよ!
「む? また何か悪いことを俺はしたか……」
しかし陸堂本人は必要以上にその言葉を重く受け止めたようで、その場で俯き、うなだれてしまう。
「あ……」
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