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ワンダー委員会とファンタジー学園祭

第30話

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 僕はその姿を見つめて、用件を聞いた。 
「どれくらい終わった?」 
 淡々とした声。視線を落として進み具合を確認する。 
「大体……8割方終わりました。残り2、30枚ってところです」 
「そう……」 
 言って先生は立ち上がり、僕から見て右側の、ベッドとは反対側の私用のスペースに入っていった。姿が見えなくなり、話が終わったことを悟り、再び作業を再開した。 
 それからしばらくたって、最後の一枚を折り曲げたところで、 
「どうぞ」 
 事務的な声が掛かった。 
 俯いている視界に、湯気を立てる小さめの白いカップ、それが置かれた白い受け皿と、銀色のスプーンが入ってくる。その液体の色は臙脂色。香りとあわせ見るに、紅茶のようだった。 
「なんていうか、キミは変わってるわね」 
 再び声が掛けられる。のんびりと視線を上げると、教師用の椅子ではなく、僕の向かいにあるソファーに座った先生の姿が目に入った。左手は背もたれに乗せ、右手で僕の目の前にあるのと同じようなカップを持ち、足を組んでいる。……その、そういう短いスカートで足を組まれると、純情な男子高校生としては色々と思うところがあるのですが…… 
「毎日、だよね」 
 そんな考えはどこ吹く風という感じで、先生は続ける。年齢は不詳とのことだが、僕の見立てではまだ30はいってないと思う。 
「キミが保健委員になってから二週間。その間、毎日キミはここに来てるよね。それも、私が頼んだ仕事をするために。朝のホームルームが始まるまでの間、10分間の休み時間、放課後、そして今日の昼休み。一切断らないよね。なんで? 面倒くさいなー、とか、他にやりたいこととか、ないの?」 
 先生の口調は、ぶっきらぼうだ。これはなんていうか冷たい、というのとは違うと思う。どう言ったらいいか、まだ16年しか生きてない僕が言うのもなんだけど、どこか達観してるというか、色々あって今は擦り切れた、という印象があった。 
「そう……ですね。なんで、と聞かれれば、断る理由がないから、でしょうか。僕自身、何かしたいことがあるわけじゃないんで。それに、」 
 ぐるりと保健室を見回して、 
「面白いですよ、ここにいるの。普通の学校で生活を送るだけじゃわからない部分を見れるというか。だから、頼まれるのも別に嫌じゃないです」 
 本音だった。特に毎日やることもなく、ただ日常を繰り返してきた僕にとってこの空間は―― 
 あ。 
 ……思い出した。今の僕は、そういう"ただの日常"とは違うところにいるんだった。 
 陸堂寡衣くん。羽井かおりさん。国枝美紀さん。春日泪先輩。 
 こういう賑やかな面々に囲まれて、非常に慌しい日常を僕は送っていたのだ。中学まで……いや、高校入学――いや、もっと言うなら、陸堂寡衣くん、羽井かおりさんに会うまで、僕は平和な毎日を望んでいたはずだった。何もない。だけどその代わり、問題も起こらない。静かで平凡で、穏やかな日々。――でも、彼らに会って、巻き込まれるように慌しい毎日を送るうちに、自分の考えが変わっていることに、僕は少なからず驚いた。 
 普通の学校で生活を送るだけじゃわからない部分を見れるのが、面白い。そういう考えを僕が出来るようになったのが、意外だった。 
「へ~…………達観してるんだね、キミは」 
 先生は左手を背もたれから外して、膝の上で肘を立てて、その手の平の上にアゴを置いて口元を吊り上げた。 
 ……面白がられてるのかな? 
 僕も愛想笑いなんか作って応える。そのまましばらく、時間が空いた。ふと、先生が何か言おうと口を開けた時―― 
 こん、こん、と控えめに扉が叩かれる音が聞こえた。 
 静寂が、和らいでいった。 
「はーい」 
 先生がぶっきらぼうに答えると、扉が開いた。 

「――――こんにちは~――――」 

 ぞく、と背筋を冷たい指先でなぞられるような、不確かな声。思わず僕は目をむき、入り口を凝視していた。 
 幽霊みたいな女の子が、そこにはいた。 
 背が低い。僕も男子の中ではかなり低い方なのに、その僕よりもその子は頭一つ分はゆうに低かった。 
 髪が長い。真っ黒な、普通の日本人の髪よりもはっきりと、まるで墨を垂らしたような漆黒のその髪は、まるで絹のようにまっすぐに腰辺りまで垂らされていた。 
 肌が白い。というか、その肌は、ほとんど透明感をすら持っているようだった。まるで透けて、その下の肉や血管まで浮いているような、そんな脆さ。 
 その子自身は今にも消えそうなくらい儚い要素で出来ていたのに、その存在感の――冷たさは、僕が今まで会った中で、一番だった。 
 その子が現れただけで、部屋の空気が二、三度下がったように、感じるくらい。 
「ふふふ……もうすっかり常連ね、雪さん。今日はどうしたの?」 
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