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ミステイクな僕ら
第36話
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その子と陸堂の関係が、どうしても気になる。
一体そういう儚い女の子と、陸堂がどういう関係なのか、どうしても気になっていた。根拠はわからない。ただ、その想いは私の理性とは裏腹に、どんどん大きくなってきていた。
雨だれの音が、聞こえる。ざあ、と、まるで世界を洗い流すように。
ぎゅ、と手を強く握った。気持が、膨らんでいく。気が焦れる。沈黙が、嫌だ。
雨だれの音が聞こえる。
私は意を決して、視線を上げた。
軽く、養護教諭用の机に座っているお姉さんの方に、視線を送る。お姉さんは頷き、静かに席を立って、教員用の奥のスペースに引っ込んでいった。普通の先生なら、そもそもチャイムが鳴った時点でクラスに追い返されてるだろう。こういう融通が利くところが、保健室の"お姉さん"と慕われている要因だと思う。それを見て、私は陸堂のほうを向き、
「え……と……」
言葉が、うまく出ない。もどかしい。喉が、声の出し方を忘れたみたいだ。それでも私は無理やりに喉を動かして、言った。
「――――その子って、何?」
言って、マズったと思った。
何?
そんな言い方は、自分で言っておいても、ないと思う。
誰? どこの子? どういう関係?
そういう言い方が普通だ。
それなのに、何。
それじゃ物扱いか、まるで私自身が陸堂の――
「関係――あるのかなぁ?」
ぞく、と背筋を指で這わせられたような、そんな不確かな声が聞こえた。
見ると、女の子は薄く、でも心底愉しそうに、笑っていた。それはまるで映画とかで出てくる、幽霊のよう。頭に白い三角巾を巻いた、あれ。不気味さに、室温が二、三度下がった心地がした。
「え、あ、いや、その」
慌てる。失礼なことを言ったこともそうなら、言った相手がとんでもない子に思えて、二重に混乱する。体の前でばたばたと手を交差させ、必死に言い訳しようとするが、うまく言葉にならない。
「あ、え、い、そ、あ、て、あ」
「羽井」
陸堂が、落ち着いた口調で私を諭す。
それを聞き、私は少し我に返り、頭の中を整理しようと必死にフル稼働させる。バタバタしてた手を胸に当て、すー、すーと深呼吸数する。どうやら呼吸すらまともに出来てなかったらしい。そうしてしばらくの間深呼吸に集中して、少しは落ち着いたのを見計らい彼女の方に向き直り、
「え――と、その。ご、ごめんなさい。その、し、失礼ですよね、なに、とか」
彼女はそんな私を見て、心底おかしそうにクスクスと忍び笑いをたてている。目を線になるほど細め、手を口元にやる。私は、まるで座敷童のようだとぼんやり思った。
「そ、それで、か、関係あるかと言われましたら、その……一応、陸堂君とは友達でして……でも、その、確かに友人関係に口出しする権利はもちろんな」
「関係は、あるよな」
陸堂が、私の言葉を遮った。
それは、私にとって落雷が人に当たる確率なぐらい、意外な言葉だった。陸堂が誰かのことについて言うなんて、初めて聞いた。いつも受身で、みんなでやることは真剣にやるが、自分から誰かのことを言うなんて、思ってもみなかったからだ。
しかも、関係的には、弁護された。
それが、なぜか今の私には、堪らなく嬉しく思えた。胸の中が、暖かいもので満たされるのを感じる。
「ふーん……寡衣がそんなこというなんて、珍しいね」
彼女の言葉が飛んできた。なぜか彼女は、言葉だけが情報として飛んできた後、彼女の姿が続く、というイメージがある。今回も同じで、言葉が耳に響いたあと、彼女の様子が浮かんでくる。その目は薄く細められ、どこかこの状況を愉しんでいるようだった。
「羽井は、な。
俺の大事な、友達だ」
「…………」
友達。
その言葉が、ぼんやりと実感なく胸の中にわだかまっているのがわかった。
ともだち。
嬉しい。
うん、それは嬉しい。こんな無愛想男にもそういう感情があって、私がそういう存在になれたのは素直に嬉しい。
――――――――かなしい
悲しい?
…………それはおかしい。何で友達といわれて、私が悲しまなければばならないのか。普通大事な友達とか言われれば、嬉しいものではないのか? ああ、確かに例外はある。でも、それはなんというかその…………男と、おん――
「だから」
私の思考を、陸堂の言葉が止めた。そして彼はゆっくりと息をためるように吸って、
「羽井が知りたいというなら、話しても、いい」
女の子は、愉しそうにクスクスと笑っていた。
雨だれの音が、聞こえていた。
*
「これはな、罰なんだ」
陸堂は開口一番、そう言った。
私たちは3人以外誰もいない保健室で、机を挟んで向き合っていた。入り口から見て、右手に陸堂、左手に女の子、そして奥に私。今は授業中。他に誰も、いない。出てこない。
あるのは時計の秒針の動く音と、外に響く雨だれ。
静かで、どこか気持ちが悪い感じがする空間だった。保健室のお姉さんは奥に引っ込んだっきり、出てこない。
個室。密室。
一体そういう儚い女の子と、陸堂がどういう関係なのか、どうしても気になっていた。根拠はわからない。ただ、その想いは私の理性とは裏腹に、どんどん大きくなってきていた。
雨だれの音が、聞こえる。ざあ、と、まるで世界を洗い流すように。
ぎゅ、と手を強く握った。気持が、膨らんでいく。気が焦れる。沈黙が、嫌だ。
雨だれの音が聞こえる。
私は意を決して、視線を上げた。
軽く、養護教諭用の机に座っているお姉さんの方に、視線を送る。お姉さんは頷き、静かに席を立って、教員用の奥のスペースに引っ込んでいった。普通の先生なら、そもそもチャイムが鳴った時点でクラスに追い返されてるだろう。こういう融通が利くところが、保健室の"お姉さん"と慕われている要因だと思う。それを見て、私は陸堂のほうを向き、
「え……と……」
言葉が、うまく出ない。もどかしい。喉が、声の出し方を忘れたみたいだ。それでも私は無理やりに喉を動かして、言った。
「――――その子って、何?」
言って、マズったと思った。
何?
そんな言い方は、自分で言っておいても、ないと思う。
誰? どこの子? どういう関係?
そういう言い方が普通だ。
それなのに、何。
それじゃ物扱いか、まるで私自身が陸堂の――
「関係――あるのかなぁ?」
ぞく、と背筋を指で這わせられたような、そんな不確かな声が聞こえた。
見ると、女の子は薄く、でも心底愉しそうに、笑っていた。それはまるで映画とかで出てくる、幽霊のよう。頭に白い三角巾を巻いた、あれ。不気味さに、室温が二、三度下がった心地がした。
「え、あ、いや、その」
慌てる。失礼なことを言ったこともそうなら、言った相手がとんでもない子に思えて、二重に混乱する。体の前でばたばたと手を交差させ、必死に言い訳しようとするが、うまく言葉にならない。
「あ、え、い、そ、あ、て、あ」
「羽井」
陸堂が、落ち着いた口調で私を諭す。
それを聞き、私は少し我に返り、頭の中を整理しようと必死にフル稼働させる。バタバタしてた手を胸に当て、すー、すーと深呼吸数する。どうやら呼吸すらまともに出来てなかったらしい。そうしてしばらくの間深呼吸に集中して、少しは落ち着いたのを見計らい彼女の方に向き直り、
「え――と、その。ご、ごめんなさい。その、し、失礼ですよね、なに、とか」
彼女はそんな私を見て、心底おかしそうにクスクスと忍び笑いをたてている。目を線になるほど細め、手を口元にやる。私は、まるで座敷童のようだとぼんやり思った。
「そ、それで、か、関係あるかと言われましたら、その……一応、陸堂君とは友達でして……でも、その、確かに友人関係に口出しする権利はもちろんな」
「関係は、あるよな」
陸堂が、私の言葉を遮った。
それは、私にとって落雷が人に当たる確率なぐらい、意外な言葉だった。陸堂が誰かのことについて言うなんて、初めて聞いた。いつも受身で、みんなでやることは真剣にやるが、自分から誰かのことを言うなんて、思ってもみなかったからだ。
しかも、関係的には、弁護された。
それが、なぜか今の私には、堪らなく嬉しく思えた。胸の中が、暖かいもので満たされるのを感じる。
「ふーん……寡衣がそんなこというなんて、珍しいね」
彼女の言葉が飛んできた。なぜか彼女は、言葉だけが情報として飛んできた後、彼女の姿が続く、というイメージがある。今回も同じで、言葉が耳に響いたあと、彼女の様子が浮かんでくる。その目は薄く細められ、どこかこの状況を愉しんでいるようだった。
「羽井は、な。
俺の大事な、友達だ」
「…………」
友達。
その言葉が、ぼんやりと実感なく胸の中にわだかまっているのがわかった。
ともだち。
嬉しい。
うん、それは嬉しい。こんな無愛想男にもそういう感情があって、私がそういう存在になれたのは素直に嬉しい。
――――――――かなしい
悲しい?
…………それはおかしい。何で友達といわれて、私が悲しまなければばならないのか。普通大事な友達とか言われれば、嬉しいものではないのか? ああ、確かに例外はある。でも、それはなんというかその…………男と、おん――
「だから」
私の思考を、陸堂の言葉が止めた。そして彼はゆっくりと息をためるように吸って、
「羽井が知りたいというなら、話しても、いい」
女の子は、愉しそうにクスクスと笑っていた。
雨だれの音が、聞こえていた。
*
「これはな、罰なんだ」
陸堂は開口一番、そう言った。
私たちは3人以外誰もいない保健室で、机を挟んで向き合っていた。入り口から見て、右手に陸堂、左手に女の子、そして奥に私。今は授業中。他に誰も、いない。出てこない。
あるのは時計の秒針の動く音と、外に響く雨だれ。
静かで、どこか気持ちが悪い感じがする空間だった。保健室のお姉さんは奥に引っ込んだっきり、出てこない。
個室。密室。
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