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アンコールはみんなで

第52話

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 誰も口を利こうとはせず、グループの時は口裏を合わせて独りにする。誰かが仲間に入ろうとすると、あとで言い聞かせて独りにする。そういう陰湿で、胸糞悪いことがクラス全体で行われていたらしい。
 ――何をやっていたのか、私は。
 そしてその理由を聞いた瞬間、私の心臓は止まるかと思った。
「久河さん、という子が中心になって進めていたらしいです」
「!」
 く、久河さん…………!
 その名前に、思い当たる節があった。それは、歓迎遠足。彼女らのグループに誘われた時。そう、あの時彼女らは、一体――なんと、言っていたのか……
「久河さんは、春日先輩のことが、好きだったみたいです」
「――――」
 その時の泪さんの顔は、今でも忘れられない。宇宙人が目の前に降りてきたのを見た瞬間のような、そんな表情。
「――だから、いつも春日先輩と一緒にいた美樹さんが、面白くなかったみたいです」
 同時に一同が、私の方を見た。なんで私だけ――羽井かおりだけ無事なのか? という、そういう顔。
 ――でも、じゃあ、それは、あの時の言葉で、それを――
「それが女子生徒の大きな理由で、」
 峰岸くんが続ける。でも、そのあとに続いた言葉は、前回を上回る衝撃を持っていた。
「男子生徒の理由は、彼女が男子生徒からの告白を多く断ってきたかららしいです」
『――――』
 今度は全員が、絶句した。いや、確かに可愛い可愛いとは思ってはいたが、まさかそこまでとは――
 しかし、全員断ってる――?
 そしてその話には、当然続きがあった。
「僕が聞いたところでは、5人の告白を断っているらしいです。それで――フラれた腹いせに、その5人の男子生徒が久河さんに計画を持ちかけたらしいです」
『…………』
 再び場が、静まる。だが、それは誰もが言葉を失ったという沈黙ではない。
 みんな、怒りを堪えている静寂。
 ――なんて勝手。
 一方的に好きになって、一方的に告白して、それが受け入れられなかったから今度はハブる、独りにする、いじめる。そんな……そんなことが、許されていいのか……!?
「性根が、腐ったようなやつらです……!」
 ギリ、という何かを締め付けるような音。静かだが、怒りをなんとか押さえ込んでいるような口調で、峰岸くんは言った。見ると、彼の手は堅く、堅く、握り締められていた。唇も、強く噛み締められていた。
 ――彼が一番、悔しいのかもしれない。
 私は思った。だって、彼は彼女のことが、好きなんだから。美樹のことが、好きなんだから。だからそんな勝手は、なにより許せないのかもしれない。クラスメイトよりも、私たちよりも、誰よりも――そんなことを、思った。
「彼女は、みんなが好きだったんです」
 唐突に、彼は言った。そんな、人としてどうしようもないような奴らなんかのせいで、悪くなってしまった雰囲気を、払拭しようとするように。
「他のクラスの人たちも結局逆らわず、いじめに加担してしまったのには、一つに美樹さんが、いつも他のクラス――僕らのクラスである7組に行って、大きな騒ぎを起こして目立っている、というのもあったらしいんです。加担してない人たちも、してないなりにそれをあんまりよく思ってなかったみたいで、女子はその人気と春日さんに、男子はせっかく可愛くてうちのクラスの子なのに他のやつらとつるんでるのが悔しかったみたいで、その二重のわだかまりのせいで、クラス中を敵にしてたみたいです。
 ――でも。そんな風にいつも騒ぎを起こして調子に乗ってるとクラスのみんなに見放されて、いじめられても、それでも僕らの仲を彼女は、守りたかったみたいなんです」
 辛そうな……でも、どこか嬉しそうな感を持ったそういう目で、峰岸くんはそう繋げた。その気持ちを、場の全員が汲み取った。
「……それを、寡衣君が壊してしまった」
 びく、と陸堂が身震いした。……そんな風になってるなんて知らない陸堂は、その行動の結果が意味することを知り、責任を感じたのだろう。
 なんだかんだ言って……優しい人だから。
「最初は僕も含め、羽井さんが憔悴していく理由がわからなかったんです。一体何があって、そんなに弱っていっているのか……でも、春日さんの」
 ぴく、と春日さんの眉が上がった。
「糾弾によって、僕にも知ることができた。そして、それは悪いことに彼女の耳にも入ってしまう結果になってしまった……」
 そこで峰岸くんは一拍おき、
「――羽井さんが憔悴していく様子が、春日さんの豹変が……そして何より、みんながバラバラになっていく様子が、彼女には、堪らなかったみたいなんです。……でも、それは僕にもわかります。僕もいつも巻き込まれて最初は何がなんだかわからなかったんですが、いつの間にこの時間が、好きになっていたんです。みんなが、好きになっていたんです。
 美樹さんが先輩を焚き付けて、先輩が羽井さんにぶつかっていって、羽井さんが僕に頼って、寡衣君がついてきて……そんな毎日がずっと続けばいいって、そんな風に思ってたんです。――でも、それを思ってたのは僕と美樹さんだけだったみたいで、みんなにはみんなの想いが、あったんですね。それをここで僕がどうのこうの言うつもりはありません。……でも、僕は彼女の気持ちをわかってあげたいです。クラスの――4組の人たちのことを、このまま許すことは、できないです」
 そう言って、悔しそうに唇を噛み締め、拳を硬く握り、峰岸くんは今までの想いの丈を吐き出すように、言葉を終えた。
 いつの間にか教員用の机に頬杖をついてこちらを眺めていた保健室のお姉さんは、皮肉げに微笑んでいた。
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