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ドラマティック合コン

第7話

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 喧騒の中を、私は走り回っていた。
「注文お願ーい」というお客さんの催促にオーダーマシンを片手に走っていって、「飲み物持っていって!」という厨房の催促にお盆を持って駆け寄って、「網換えてー」というお客さんの催促に火箸も一緒に持っていって、「肉持っていって!」という厨房の催促に前回場所を間違えた教訓をいかし、念入りにお客さんの場所を確認する。
 ちゃりん、とドアのベルが鳴る。
 私はその合図に、慌てて入り口まで駆け寄る。そこには両親と男の子一人女の子一人の四人組の家族が、楽しそうに話していた。
「いらっしゃいませぇ! 何名様でしょうか?」
 親指を除く指を立てたお父さんに、私はいつものようにこの二週間で身につけた営業スマイルを振りまいた。
 家族連れを席に案内してから、少しだけ店の様子が落ち着く。私は額に浮いていた汗を拭って、壁の時計に目をやった。
 時刻は夕方6時半。ここで少し時間をおいて、いよいよ本格的に混んでくる時間帯だ。次のお客さんか厨房からの呼び出しがくるか、もしくは来客があるまで、少しのんびりしておこう。そう考えて私はいつの間にか入っていた肩の力を抜き、店のロゴつきの黒いTシャツと腰から下につけている赤のエプロンをピン、と張り直した。
 私がこうして焼肉店『花盛り』でアルバイトを始めてから、二週間が経つ。
 何故私が、こうして……美樹曰く、"花の"(実際は『華の』、が正解だと思うが、あえてツッコまないでおいた)高校生活の時間を削ってまでアルバイトに精を出しているのか――そこには当然、わけがある。うちの家族には家訓として、自力自生というものが掲げられている。聞いたことない言葉だと思うが、当然うちの造語だ。まぁ自力と自給自足を足して二で割ったものと思ってくれればいいのだが、要はてめぇの食い扶持ぐらいてめぇで稼ぎやがれという、何ともメルヘン溢れる素敵なものである。……ゴメン、むちゃくちゃ嘘言いました。こんな家だから、私もがさつに現実的に育ってしまったのだろうと思う。
 まぁ、それはさておき。
 それが、私が高校生になったために適用されて、お小遣いカット。晴れてバイトデビューと相成ったわけだ。……にしても、何も焼肉店じゃなくもよかった気もするが、でもこうしてテキパキと働くのは嫌いじゃなかったりするから、自分の性格が男勝りなのだと再認識。最初は不慣れだったが今では随分と慣れてきたし、まかないも食べれるし、言うことなし。……ただ、脂肪分の取りすぎによって太ることと、お疲れの一杯をうまくかわす術をキチンと身につけることだけが問題だと思われる。さすがにバイトはオッケーの高校でも、飲酒はマズイ。うん。
 入学してから二週間の高校生活は、あっという間だった。一週目は美樹に付き合ってさんざん部活見学をして、結局彼女はサッカー部に入ることになった。元々美樹はサッカーが好きだったという話なのだが、キチンとした女子サッカー部がある学校などなかなか無い。でも偶然というか幸運なの事にというか朝露高校にはあって、おかげで大手を振るって仲間といっしょにサッカーが出来ると美樹はすっごく喜んでいた。友達が嬉しいと、私も嬉しくなる。特に彼女の元気で無邪気で可愛らしいその姿は、私をとても元気で楽しい気持ちにしてくれる。
 そこまで考えたところで、再びちゃりん、とドアが開く音がした。新しいお客さんが来たのだ。条件反射的にこの二週間で培った最高の営業スマイルで振り返り、
「いらっ」
「あ――――――――っ!」
 私の声は、やってきた女の子――美樹の叫び声に、掻き消された。
 驚いた。この二週間ここでバイトしてきて、知り合いが訪ねてきたことは一度も無かったからだ。美樹はいつものふんわりウェーブの茶髪が少し乱れていて、その頬にはバンソーコーが貼ってあった。まるで入学式の日とは反対だった。服は、学校指定のジャージを着ている。
「かおりじゃん! 何やってんの、こんなとこで? てかその黒Tとエプロンの組み合わせ、決まってるね!」
 美樹は私を指差してまくしたてながら、もう一方の手をぱたぱたと振り回している。それを右手が営業用の手のひら上向きの状態のまま、左手で頬をぽりぽりと掻きながら答えた。
「いや、見ての通りバイトなんだけど……」
「え――――っ! いいの、いいの!? 高校生なのにアルバイトなんかやってー」
「う、うん。いちおー、ちゃんと学校から許可はもらってるよ」
 うちの学校は進学校とは違って、そういうところはかなり寛容な方だった。私がバイトの申請をした時も、特に問題なく判子を押してくれた。ま、おかげで私は自分で自由に出来るお金が0という、笑うに笑えない状況を回避できているのだが。
「ところで、そっちはどういうグループなの?」
 今度は私が美樹の後ろを指差した。彼女の後ろには、美樹と同じように朝露高校のジャージを着た男女入り混じった大人数の団体さんが、わらわらと談笑しながらたむろっていた。店の玄関口には収まりきれず、外まで溢れている。2、30人くらいはいるだろうか?
「うんっ。実は今日、サッカー部の遠征試合があったんだ!」美樹は嬉しそうに笑みを作ってから周りを見回し、「女子サッカー部と、それに男子サッカー部も! そして、なんと……両方とも、勝てたのでーす!」
 ぴーす、と指を突き出す。
 そういうところは、私は本当に可愛いと思う。その感情を惜しみなく出すところは私にはない女の子らしさだ。正直、少し羨ましい。
「そっかー勝てたの。それはよかったね。じゃあ、今日は打ち上げ?」
「うん、そうなの。……あー、でもだいじょうぶだよ? ここ焼肉店だけど、飲んだりはしないから。わたしたちまだ未成年だもんね!」
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