Eclipse/月蝕症候群

ひろい

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愛と絶望の果てに

その19

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 追っ手を振り切ったあと、謙一は窓から屋上に出た。
 その案を最初古河から聞いた時はムチャだと感じたが、古河がザイル式の投げ縄を持っていたために可能だった。こいつには昔から、敵わない。そう苦笑し、目の前で救急箱を広げる男の顔を見上げる。
「さて、まず傷の手当をしていこうか」
 古河優梧(こが ゆうご)。
 眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能。こいつを表現するにはこの三つを用いてですら、言葉が足りない。特に最初の一つは特筆すべきもので、その子犬のような愛らしい顔は女子からの人気を一心に受けてなお、揺らぐことない。まぁ要は告られまくってもみんな袖にしているということだが。なぜだかはよくわからん。そっちの趣味があるとかいう話ではないらしいが。
 そしてなにより注目すべきはその機転と、そして行動力だろう。
「悪いな……イテテ。にしても、よくもまぁこんなもの見つけたもんだな」
 左足のズボンの裾をまくり、そこを古河にガーゼで消毒されながら、謙一は視線を脇にやる。
 そこには、先ほども目にしたサブマシンガン、ボルトアクション式のライフル――を始めとした、大量の武器があった。先ほど使用したザイルに加え、リボルバー、自動拳銃に、果ては手榴弾ぽいものまで。ちなみに今使っている消毒薬とガーゼ含める救急箱も、古河が背負っていたバックパックから出てきたものだが――
「武器っていったら、男ならこれぐらいは用意しないとな。ちょうど親戚のおじさんがこういうの趣味にしてて、なんとか借りることが出来たんだけどな」
 これ全部改造ガスガンだっていうんだから、詐欺みたいな話だった。しかし"改造"っていうのがポイント。破壊力は人間が喰らえば骨なら二、三本へし折れるっていうんだから、逆の意味で詐欺じみてる。完璧法律に触れる類のものだろう。まったく、そのおじさんとやらは一体どんな人種なんだか。
「よし。これで右足はオーケーだな。他に怪我してるとこはないか?」
 消毒を終え、包帯を巻き、古河が尋ねる。謙一の負傷は全身に及んでいた。右の耳たぶの噛み傷、後頭部の打撲、左足大腿部の肉離れ、右足脹脛の擦り傷、右手首の捻挫――
「……いや、大丈夫だ。さんきゅ」
 左腕のことだけは、伏せておいた。今は話すべき、時じゃない。
「よし、じゃあここからは近況報告だ。まず、謙一はどういう経緯でああいう危機的状況に追い込まれたんだ?」
 聞けば謙一は、西校舎一階奥の階段もない袋小路で、総勢五、六十名の化け物たちに囲まれていたらしい。壊滅的状況だ。古河が不思議がるのも、当然のことだろう。
「あぁ、実はな――」
 そこで謙一は、今朝方見た不吉な月、誰もいない通学路、学校、そして惨状だった保健室に、変貌した金田および遊月との接触、職員室での惨劇までを語った。厨房での康との件だけは、伏せておいた。
 古河は話を聞くと満足そうに片方の頬を吊り上げ、
「……なるほど。でも、そんな危機的状況でこうして生き残ってるっていうのは、さすがは謙一だな」
 そんな皮肉げな言葉に苦笑してから、
「お前は……今日学校がこうなるってことを、知ってたのか? だからお前は俺に、武器を持ってこいだなんて言ったのか?」
 核心に近い質問。今までの全ての事柄の理由が、原因が、解決する術が――
「お前、まだ気づいてないんだな」
「え――」
 ガン、という間髪入れぬ発砲音。一瞬身構え、そしてその銃口――古河の右腕が、自分から見て左斜め下方に向けられていることに、気づく。
 とさ、と一瞬遅れて何かが落下する音が聞こえた。銃口が向いた先には、中庭の樹の梢。そしてそこから落ちたのは――自分たちと同じ制服を着た、男子生徒。慌ててフェンスに張り付き、下を見る。男子生徒は仰向けに中庭の一角に倒れていた。
 そしてその目は、不気味な白い部分を覗かせていた。
「な…………」
「ずっと、監視されてたのをな」
 その事実に、胃が重くなる心地を味わう。監視されていた。あの、化け物に。いつから? 誰に? そして、なんのために?
「Eclipse(エクリプス)、ってヤツだ」
 古河が呟いた単語は、謙一のまるで聞き覚えない言葉だった。
「……えくりぷす? なんだ、それは?」
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