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愛と絶望の果てに
その20
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フェンスの傍から振り返る謙一の言葉に、古河は先ほどはなったボルトアクション式のライフルを下ろし、
「Eclipse。学名、月蝕症候群とも呼ばれている症状だ。日本ではあまり聞き覚えのない単語だろうが、ヨーロッパ、特にルーマニアやフランス辺りでは研究がとみに進んでたりしてな。なかなかに地域差というか国の間での温度差ってやつを感じるよな」
月蝕症候群? それに、ルーマニアや、フランス? その二つの国って、まさか――
「……お前、まさか吸血鬼だとか狼男だとか、そういう話をしようっていうんじゃないだろうな?」
謙一の言葉に、古河は苦笑じみたものを浮かべる。
「Eclipseの感染する経緯としては、まず肉体的、精神的に極度に衰弱している者が陥りやすいとされているということ。統計的に満月の夜に発祥しやすいとされていること。そして発症した者は、その感染を広げていくということだ」
目をパチパチと瞬きさせる。なんだ、それは? それじゃあまるで――
「……狼男になって、吸血鬼感染するとでも、いいたいのかよ」
「まぁ落ち着けよ、謙一」
いきり立つ謙一の言葉を、古河はやんわり制した。それに謙一も、気持ちを抑える。確かに少し、結論を急ぎすぎたのかもしれない。その様子を見て、古河は続きを語りだす。
「まず、Eclipseをそういった空想の御伽噺と結びつけるのはやめておけ。それとは別物だ。Eclipseとは、その日本名が示す通り――精神疾患の一種だ」
今度は、目が点になる。精神疾患……アレを、そんな単語一つで片付けろとでもいうのか? メチャクチャ文句つけたくなったが、先ほどのこともある。学習して、謙一は一通り話を聞いてから自分の意見を話そうと、次の言葉を待った。
「――といっても、もちろん通常のものとは違うわな。Eclipseの場合、それがなんと肉体にまで影響を及ぼす。その原因は今のところわかっていない。実例が圧倒的に少なく、研究もそれほど進んでいないというのが現状だそうだ。だからEclipseという名前も、便宜上つけられてるに過ぎないんだとか。ほら、学会とかで発表する時名前ないと不便だし」
やや話が逸れてきている気がする。古河の悪い癖だ。
「とまぁ、あとは想像の域を出ない仮設がいくつか並んでるみたいなんだけど、その中で有力なのが……それは、こことは違う世界に踏み込んでしまった者が、その世界と"混じってしまった"結果ではないのか、とかいうやつだ」
口を挟まずには、いられなかった。
「……こことは違う世界? それに……混じる、だって?」
謙一の言葉に、古河は人差し指を立てる。
「こんなことを考えたことはないか、謙一? 世界中に散在する、精霊や妖精、神や仏、妖怪や悪魔の伝説。古今東西、バリエーションも豊かだが、こんな世界中で、果たして偶然同じような存在を同じように妄想するものだろうか? と。実はそのどれも考え出されたものではなくそれぞれが同一のものを見てそれぞれ別々の名前をつけられただけなのではないか? と」
「…………いや、そんなこと」
考えたことはなくても、そういわれれば確かにそんな気がしてきた。
「とにかく、原因は不明だ。だが、原因は不明でも、対処法はわかっている。まず、奴らは食う。人を」
それは実体験として、理解していた。意識を、左腕に向ける。
「そこから、感染させる」
今は自分で保健室から持ってきた包帯で、隠している。
「だが、その感染も間違いなく100%というわけでもないらしい。その辺はかなり不確かな部分が多いという話だ。本当に全部感染されるんだったら、鼠算式に増えて今頃地球中ヤツらの巣窟になってるだろうからな。その辺のカラクリもわかってないし、なんで人を喰うのもかもわからない。ただ、以上の情報から、とりあえず最善とされる対処法だけは導き出されている。ヤツらと向き合ったら遠距離からの狙撃が、一番だ」
「普通そんなことできねーよ」
条件反射的にツッコむ。それに古河は照れ笑いを浮かべた。
「ハハ、そうだな。それがダメなら、ていうか一番は逃げるのが良いんだけどな。放置してたら、感染が不規則にしろ広がっていってしまうし。だけどこれは、学生のオレたちでどうこう出来る問題じゃないいし」
「……となると、結論は」
「警察に通報。オレたちは、戦略的撤退だな」
普通はそう繋がるだろう。だが、謙一にはそう出来ない理由があった。
「――といきたい所だが、まだ生き残っているだろう人間は助けたいな」
「Eclipse。学名、月蝕症候群とも呼ばれている症状だ。日本ではあまり聞き覚えのない単語だろうが、ヨーロッパ、特にルーマニアやフランス辺りでは研究がとみに進んでたりしてな。なかなかに地域差というか国の間での温度差ってやつを感じるよな」
月蝕症候群? それに、ルーマニアや、フランス? その二つの国って、まさか――
「……お前、まさか吸血鬼だとか狼男だとか、そういう話をしようっていうんじゃないだろうな?」
謙一の言葉に、古河は苦笑じみたものを浮かべる。
「Eclipseの感染する経緯としては、まず肉体的、精神的に極度に衰弱している者が陥りやすいとされているということ。統計的に満月の夜に発祥しやすいとされていること。そして発症した者は、その感染を広げていくということだ」
目をパチパチと瞬きさせる。なんだ、それは? それじゃあまるで――
「……狼男になって、吸血鬼感染するとでも、いいたいのかよ」
「まぁ落ち着けよ、謙一」
いきり立つ謙一の言葉を、古河はやんわり制した。それに謙一も、気持ちを抑える。確かに少し、結論を急ぎすぎたのかもしれない。その様子を見て、古河は続きを語りだす。
「まず、Eclipseをそういった空想の御伽噺と結びつけるのはやめておけ。それとは別物だ。Eclipseとは、その日本名が示す通り――精神疾患の一種だ」
今度は、目が点になる。精神疾患……アレを、そんな単語一つで片付けろとでもいうのか? メチャクチャ文句つけたくなったが、先ほどのこともある。学習して、謙一は一通り話を聞いてから自分の意見を話そうと、次の言葉を待った。
「――といっても、もちろん通常のものとは違うわな。Eclipseの場合、それがなんと肉体にまで影響を及ぼす。その原因は今のところわかっていない。実例が圧倒的に少なく、研究もそれほど進んでいないというのが現状だそうだ。だからEclipseという名前も、便宜上つけられてるに過ぎないんだとか。ほら、学会とかで発表する時名前ないと不便だし」
やや話が逸れてきている気がする。古河の悪い癖だ。
「とまぁ、あとは想像の域を出ない仮設がいくつか並んでるみたいなんだけど、その中で有力なのが……それは、こことは違う世界に踏み込んでしまった者が、その世界と"混じってしまった"結果ではないのか、とかいうやつだ」
口を挟まずには、いられなかった。
「……こことは違う世界? それに……混じる、だって?」
謙一の言葉に、古河は人差し指を立てる。
「こんなことを考えたことはないか、謙一? 世界中に散在する、精霊や妖精、神や仏、妖怪や悪魔の伝説。古今東西、バリエーションも豊かだが、こんな世界中で、果たして偶然同じような存在を同じように妄想するものだろうか? と。実はそのどれも考え出されたものではなくそれぞれが同一のものを見てそれぞれ別々の名前をつけられただけなのではないか? と」
「…………いや、そんなこと」
考えたことはなくても、そういわれれば確かにそんな気がしてきた。
「とにかく、原因は不明だ。だが、原因は不明でも、対処法はわかっている。まず、奴らは食う。人を」
それは実体験として、理解していた。意識を、左腕に向ける。
「そこから、感染させる」
今は自分で保健室から持ってきた包帯で、隠している。
「だが、その感染も間違いなく100%というわけでもないらしい。その辺はかなり不確かな部分が多いという話だ。本当に全部感染されるんだったら、鼠算式に増えて今頃地球中ヤツらの巣窟になってるだろうからな。その辺のカラクリもわかってないし、なんで人を喰うのもかもわからない。ただ、以上の情報から、とりあえず最善とされる対処法だけは導き出されている。ヤツらと向き合ったら遠距離からの狙撃が、一番だ」
「普通そんなことできねーよ」
条件反射的にツッコむ。それに古河は照れ笑いを浮かべた。
「ハハ、そうだな。それがダメなら、ていうか一番は逃げるのが良いんだけどな。放置してたら、感染が不規則にしろ広がっていってしまうし。だけどこれは、学生のオレたちでどうこう出来る問題じゃないいし」
「……となると、結論は」
「警察に通報。オレたちは、戦略的撤退だな」
普通はそう繋がるだろう。だが、謙一にはそう出来ない理由があった。
「――といきたい所だが、まだ生き残っているだろう人間は助けたいな」
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