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遊月怜華
その34
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亜希子は眉をひそめる。初の仕草。それを崩さぬまま、床の小瓶にハンカチを落とす。
「……おいおい、燃えねぇのかよ、ソレ?」
言いながら古河は左手を、突っ張った右腕の掌の先に、添えた。そして力を込めて押し――ガコッ、という音と共に肩の骨を嵌める。
「消してるのよ。火の不始末が一番怖いから。にしても相変わらず野蛮ね、あなた」
視線をアレ――千夏に向けたまま、亜希子は言葉を紡ぐ。その表情に今までのような余裕は、ない。
「こんな非常時にそんなこと言ってられるかよ。だからよ……謙一も、自分のことは自分で、頼むぜ?」
古河の言葉と同時に――二人の後方の埃の中から、全身薄汚れた謙一が、現れた。
「――――ガバッ!」
咳き込み、膝をつく。目の前に、赤い液体。吐血。ヤバい。これは下手をすれば、内蔵がやられているかもしれない……
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
視覚が、錯誤に陥る。世界すべてが揺らいでるよう。耳鳴りが聞こえる。ザザザ……というノイズだったものは、だんだんと形を成していく。
助けて、という声と、嘲笑う音。
「…………」
それの意味が、謙一にはわからない。理解しようと前後の整合性を繋ぎ合わせようとすると、まるで砂のように溶けてバラバラになってしまうのだ。だから脳に、その言葉が響き続けていくだけだった。
意味が為せないから、出来るのは思考のうちの思うほうだけだった。
思う。苦しい。思う。悲しい。思う。辛い。なんでだ? わからない。体が痛い。血が流れる。胸が張り裂けそうだ。これは体じゃない。心が痛い。
やり場が欲しい。
左手が、嗤った。
古河が跳び、元いた床が陥没する。そこに手を伸ばすは一人の、制服を着た赤毛の少女。
「まずは……動きを止めるかっ!」
空中より、古河の狙撃。放たれるは今までのような擬似弾丸ではなく、戸波の時にも使われた、ネット弾。範囲は半径、五メートル。サブマシンガンと比べてすらなお、比ではない。
舌が、踊る。
槍のように伸ばされた舌が、降り立つネットのうち一箇所を食い破り、そこから横薙ぎにされ、出入り口が作られた。そこから一足飛びに、千夏は脱出する。
「っかぁ……厄介だな、その舌!」
そして空中に無防備に落下する古河に迫り――
「filet」
地面から伸びる無数の蔦に、絡み取られた。
「……っ」
足を捉えられ、千夏の伸ばされた手は古河に届かない。そのまま失速し、重力に引っ張られ古河ともども、床へ。
そこへ亜希子は、黒い粉を撒く。
「……っと、おいおいッ!」
いち早く着地した古河が、そのまま全力離脱する。撒いた亜希子も同様。だが古河が背を向け必死の体だったのに対し、亜希子はバック走で、笑みを浮かべていた。
千夏の足が、着地する。亜希子が、その赤い唇から、呪文を呟く。
「eclatant」
とたん、爆発が起こる。
「うぉ……っ!」
古河が顔の前を両腕で覆う。爆風が吹き付ける。無数の瓦礫が吹き飛んでくる。さっきの遊月の羽のたわめきに、匹敵する。
「いくらなんでも……やりすぎだろ?」
「そうでもないみたい」
古河とは対照的に両手を下ろし憮然とした飄々とした体でその強風を受け、亜希子は呟く。
そしてもうもうと煙が巻き起こる中――に千夏の姿は、ない。
「……ありえねぇ。今の一瞬で避ける間は……」
「避けたんじゃなく、壊したみたいね」
亜希子の呟きに古河が視線を下に向けると、その床に、大穴が空いていた。
「……すげぇな。あの一瞬で、その判断かよ」
「――来るわよ」
亜希子が呟いたと同時。二人は跳び――その床から、千夏がアッパーカットの体勢で、飛び上がってきた。
「やってらんねー。こんなもん、ホントに倒せんのかよ?」
「わかんないわね。だけど、足を見てみなさい」
空中で、古河は千夏の足に目を向ける。先ほどまでは履かれていた靴とルーズソックスは既になく、ふくらはぎまでが、赤黒く焼け焦げていた。
「……ダメージはある、と」
「じゃないとやってられないわ」
双方同時に千夏から一足の間合いをとり、着地。同時に左右反対側に、駆ける。
千夏が、動く。
狙いは――亜希子。まるで足を動かしていないような状態で、一秒でその真後ろまで追いつく。
「はやっ。あなた、速いのね」
目の前に迫り、そしてその破壊の右手が襲いくるなか亜希子は言い、
「ちぇっ……そっちの方が、危険って判断したってことかよー」
その無防備な背中へ向けて古河が方向転換し、膝をつきボルト式の一番威力が高いライフルを構え――
脳に、衝撃。
「かっ……!?」
仰け反る。目に火花。視界が働かない。なにを貰ったのがわからない。マズい。ここで自分が撃たなければ、亜希子がやられる――どん、という衝撃。なんとか引き金を引くことには成功したようだ。あとは弾が、どこに向かっているか――
「――ぐぅ!」
「……おいおい、燃えねぇのかよ、ソレ?」
言いながら古河は左手を、突っ張った右腕の掌の先に、添えた。そして力を込めて押し――ガコッ、という音と共に肩の骨を嵌める。
「消してるのよ。火の不始末が一番怖いから。にしても相変わらず野蛮ね、あなた」
視線をアレ――千夏に向けたまま、亜希子は言葉を紡ぐ。その表情に今までのような余裕は、ない。
「こんな非常時にそんなこと言ってられるかよ。だからよ……謙一も、自分のことは自分で、頼むぜ?」
古河の言葉と同時に――二人の後方の埃の中から、全身薄汚れた謙一が、現れた。
「――――ガバッ!」
咳き込み、膝をつく。目の前に、赤い液体。吐血。ヤバい。これは下手をすれば、内蔵がやられているかもしれない……
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
視覚が、錯誤に陥る。世界すべてが揺らいでるよう。耳鳴りが聞こえる。ザザザ……というノイズだったものは、だんだんと形を成していく。
助けて、という声と、嘲笑う音。
「…………」
それの意味が、謙一にはわからない。理解しようと前後の整合性を繋ぎ合わせようとすると、まるで砂のように溶けてバラバラになってしまうのだ。だから脳に、その言葉が響き続けていくだけだった。
意味が為せないから、出来るのは思考のうちの思うほうだけだった。
思う。苦しい。思う。悲しい。思う。辛い。なんでだ? わからない。体が痛い。血が流れる。胸が張り裂けそうだ。これは体じゃない。心が痛い。
やり場が欲しい。
左手が、嗤った。
古河が跳び、元いた床が陥没する。そこに手を伸ばすは一人の、制服を着た赤毛の少女。
「まずは……動きを止めるかっ!」
空中より、古河の狙撃。放たれるは今までのような擬似弾丸ではなく、戸波の時にも使われた、ネット弾。範囲は半径、五メートル。サブマシンガンと比べてすらなお、比ではない。
舌が、踊る。
槍のように伸ばされた舌が、降り立つネットのうち一箇所を食い破り、そこから横薙ぎにされ、出入り口が作られた。そこから一足飛びに、千夏は脱出する。
「っかぁ……厄介だな、その舌!」
そして空中に無防備に落下する古河に迫り――
「filet」
地面から伸びる無数の蔦に、絡み取られた。
「……っ」
足を捉えられ、千夏の伸ばされた手は古河に届かない。そのまま失速し、重力に引っ張られ古河ともども、床へ。
そこへ亜希子は、黒い粉を撒く。
「……っと、おいおいッ!」
いち早く着地した古河が、そのまま全力離脱する。撒いた亜希子も同様。だが古河が背を向け必死の体だったのに対し、亜希子はバック走で、笑みを浮かべていた。
千夏の足が、着地する。亜希子が、その赤い唇から、呪文を呟く。
「eclatant」
とたん、爆発が起こる。
「うぉ……っ!」
古河が顔の前を両腕で覆う。爆風が吹き付ける。無数の瓦礫が吹き飛んでくる。さっきの遊月の羽のたわめきに、匹敵する。
「いくらなんでも……やりすぎだろ?」
「そうでもないみたい」
古河とは対照的に両手を下ろし憮然とした飄々とした体でその強風を受け、亜希子は呟く。
そしてもうもうと煙が巻き起こる中――に千夏の姿は、ない。
「……ありえねぇ。今の一瞬で避ける間は……」
「避けたんじゃなく、壊したみたいね」
亜希子の呟きに古河が視線を下に向けると、その床に、大穴が空いていた。
「……すげぇな。あの一瞬で、その判断かよ」
「――来るわよ」
亜希子が呟いたと同時。二人は跳び――その床から、千夏がアッパーカットの体勢で、飛び上がってきた。
「やってらんねー。こんなもん、ホントに倒せんのかよ?」
「わかんないわね。だけど、足を見てみなさい」
空中で、古河は千夏の足に目を向ける。先ほどまでは履かれていた靴とルーズソックスは既になく、ふくらはぎまでが、赤黒く焼け焦げていた。
「……ダメージはある、と」
「じゃないとやってられないわ」
双方同時に千夏から一足の間合いをとり、着地。同時に左右反対側に、駆ける。
千夏が、動く。
狙いは――亜希子。まるで足を動かしていないような状態で、一秒でその真後ろまで追いつく。
「はやっ。あなた、速いのね」
目の前に迫り、そしてその破壊の右手が襲いくるなか亜希子は言い、
「ちぇっ……そっちの方が、危険って判断したってことかよー」
その無防備な背中へ向けて古河が方向転換し、膝をつきボルト式の一番威力が高いライフルを構え――
脳に、衝撃。
「かっ……!?」
仰け反る。目に火花。視界が働かない。なにを貰ったのがわからない。マズい。ここで自分が撃たなければ、亜希子がやられる――どん、という衝撃。なんとか引き金を引くことには成功したようだ。あとは弾が、どこに向かっているか――
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