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遊月怜華
その35
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まさか。
揺らぐ頭を堪え、目を開ける。霞む視界。その中に――こちらに体の前面を向け、後ろ手に千夏に拘束される亜希子の姿が見えた。
その左太腿からの、夥しい出血と共に。
「あー……わりぃ。そうか、お前に当たっちまったか」
「……わりい、じゃないわよ。まったく、どうしてくれんのよ。これ、お気に入りのストッキングだったんだからね」
顔をしかめ油汗を流し痛みに堪えながらも、古河と亜希子の口調はどこか気楽なものだ。二人はどこかで悟り、そして覚悟していたのだ。この結末が、来ることを。あまりに基本スペックが違う。いくら気があった上等の力持つコンビとはいえ、二人では裏をかくのにも限界がある。どこかでこうなることは、予測が出来ていた。
「…………」
千夏は何も語らない。ただ後ろ手に亜希子を、無表情に拘束しているだけだ。最後に古河は、先ほどの衝撃の原因を探した。目の前に瓦礫と、引いていく赤い、舌。最後までこの便利すぎる舌にやられたか。
「げーむおーばー?」
そんな三人の後ろから、いけしゃーしゃーと闖入者がやってくる。黒い、馬鹿みたいに長い髪と、発育不良気味の体躯と、それを包む濃緑色のミリタリーコート。事件の発端者は、相も変わらず飽きることもなく愉しげに、笑みを浮かべていた。
「ざんねーん。あなたたち、なかなか強かったのにネー。だけどナッチンには敵わなかったみたいだネー。ナッチン、強いでショー? ワタシの、とっておきなんだヨー? すっごく綺麗で、すっごく強くテー。みんなからも好かれてたナー。謙一くんも、なんかトキメイテタみたいだシー。ちょっと妬けるよねー」
「知らねーよ」「知らないわよ」
古河、亜希子、同時に否定。そして薄ら笑いを浮かべる。この状況においてもこの二人は、不敵だった。
遊月の表情が、消える。
「なんだヨ。つまんないなー。命乞いしなよ。泣きなよ。喚きなよ。裏切りなよ。相手より自分を大事にしなよ。なに笑ってんだヨ。自分の立場、わかってんノ?」
ぱきっ、という小さい音。リアルな骨折は、意外と地味な音がした。
遊月が後ろでに拘束されている亜希子の手首を、握りつぶした音だった。
「っ……ぅ!」
それでも亜希子はうめき声を出さない。古河もうろたえることはしない。
「ンだよ? それは。オレたちをどうこうしようって考えてるんなら、無駄だぜ? お前に出来んのは、ただ殺すことだけだ」
「……フゥ、そう、ね。痛み、を、与えても……あなたが望むように、は、ならないわ……残念、だけどね……」
場を支配しているのは、遊月。だが空気を支配しているのは、傷を負って追い詰められた古河と、亜希子だった。
それに遊月は眉をひそめて、
「――じゃあ、イイヤ。もう二人とも、死んじゃえ」
遊月の手はゆっくりと古河へと近づき、その手を無防備な首へ向けて――
その手首を、何かが切り落とした。
「――キャアアアアアアアアアアアアア!」
一瞬遅れて訪れた痛みに、遊月は甲高い悲鳴をあげる。反対の手で先が無くなった右手を庇い、翼をたわめかせ、後方に退く。
そこには――
「――ったく。おせぇーよ、謙一」
古河の呟きに応えるように、左手に刀を携えた謙一が、立っていた。
「…………」
喜色を見せる古河とは対照的に、亜希子は冷静に謙一の様子を観察していた。謙一は俯き、生気は見受けられない。先ほどやられたのか、その頭からは制服の肩を赤く染め上げるほどの出血が見られた。右足を少し引きずっている。腱かなにかを痛めているのか。呼吸が少し、おかしい。肋骨をやっている可能性がある。左肩がズレている。先ほどの古河同様、外れているかもしれない。さらには尺骨部分に、変形が見られる。
なぜそんな状態の左手で、得物を握っているのか?
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
遊月は千夏と亜希子の位置まで後退して、右手を庇って、息を荒げていた。顔中から油汗を流している。
「安坂、くん……なんで、こんなこと……するの? ワタシの、こと……嫌いに、なっちゃった、の……?」
目は血走り、声は緊張感に震え――より常軌を、逸していた。
「だったら、だったら、もう……殺しちゃえっ、ナッチンッ!」
声と同時に千夏は亜希子を解放し、謙一目がけて――疾走する。
謙一はそれに対してただ、携えている刀を――振り上げた。
激突。硬い音と衝撃が、部屋に響き渡る。
「謙一……!」
揺らぐ頭を堪え、目を開ける。霞む視界。その中に――こちらに体の前面を向け、後ろ手に千夏に拘束される亜希子の姿が見えた。
その左太腿からの、夥しい出血と共に。
「あー……わりぃ。そうか、お前に当たっちまったか」
「……わりい、じゃないわよ。まったく、どうしてくれんのよ。これ、お気に入りのストッキングだったんだからね」
顔をしかめ油汗を流し痛みに堪えながらも、古河と亜希子の口調はどこか気楽なものだ。二人はどこかで悟り、そして覚悟していたのだ。この結末が、来ることを。あまりに基本スペックが違う。いくら気があった上等の力持つコンビとはいえ、二人では裏をかくのにも限界がある。どこかでこうなることは、予測が出来ていた。
「…………」
千夏は何も語らない。ただ後ろ手に亜希子を、無表情に拘束しているだけだ。最後に古河は、先ほどの衝撃の原因を探した。目の前に瓦礫と、引いていく赤い、舌。最後までこの便利すぎる舌にやられたか。
「げーむおーばー?」
そんな三人の後ろから、いけしゃーしゃーと闖入者がやってくる。黒い、馬鹿みたいに長い髪と、発育不良気味の体躯と、それを包む濃緑色のミリタリーコート。事件の発端者は、相も変わらず飽きることもなく愉しげに、笑みを浮かべていた。
「ざんねーん。あなたたち、なかなか強かったのにネー。だけどナッチンには敵わなかったみたいだネー。ナッチン、強いでショー? ワタシの、とっておきなんだヨー? すっごく綺麗で、すっごく強くテー。みんなからも好かれてたナー。謙一くんも、なんかトキメイテタみたいだシー。ちょっと妬けるよねー」
「知らねーよ」「知らないわよ」
古河、亜希子、同時に否定。そして薄ら笑いを浮かべる。この状況においてもこの二人は、不敵だった。
遊月の表情が、消える。
「なんだヨ。つまんないなー。命乞いしなよ。泣きなよ。喚きなよ。裏切りなよ。相手より自分を大事にしなよ。なに笑ってんだヨ。自分の立場、わかってんノ?」
ぱきっ、という小さい音。リアルな骨折は、意外と地味な音がした。
遊月が後ろでに拘束されている亜希子の手首を、握りつぶした音だった。
「っ……ぅ!」
それでも亜希子はうめき声を出さない。古河もうろたえることはしない。
「ンだよ? それは。オレたちをどうこうしようって考えてるんなら、無駄だぜ? お前に出来んのは、ただ殺すことだけだ」
「……フゥ、そう、ね。痛み、を、与えても……あなたが望むように、は、ならないわ……残念、だけどね……」
場を支配しているのは、遊月。だが空気を支配しているのは、傷を負って追い詰められた古河と、亜希子だった。
それに遊月は眉をひそめて、
「――じゃあ、イイヤ。もう二人とも、死んじゃえ」
遊月の手はゆっくりと古河へと近づき、その手を無防備な首へ向けて――
その手首を、何かが切り落とした。
「――キャアアアアアアアアアアアアア!」
一瞬遅れて訪れた痛みに、遊月は甲高い悲鳴をあげる。反対の手で先が無くなった右手を庇い、翼をたわめかせ、後方に退く。
そこには――
「――ったく。おせぇーよ、謙一」
古河の呟きに応えるように、左手に刀を携えた謙一が、立っていた。
「…………」
喜色を見せる古河とは対照的に、亜希子は冷静に謙一の様子を観察していた。謙一は俯き、生気は見受けられない。先ほどやられたのか、その頭からは制服の肩を赤く染め上げるほどの出血が見られた。右足を少し引きずっている。腱かなにかを痛めているのか。呼吸が少し、おかしい。肋骨をやっている可能性がある。左肩がズレている。先ほどの古河同様、外れているかもしれない。さらには尺骨部分に、変形が見られる。
なぜそんな状態の左手で、得物を握っているのか?
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
遊月は千夏と亜希子の位置まで後退して、右手を庇って、息を荒げていた。顔中から油汗を流している。
「安坂、くん……なんで、こんなこと……するの? ワタシの、こと……嫌いに、なっちゃった、の……?」
目は血走り、声は緊張感に震え――より常軌を、逸していた。
「だったら、だったら、もう……殺しちゃえっ、ナッチンッ!」
声と同時に千夏は亜希子を解放し、謙一目がけて――疾走する。
謙一はそれに対してただ、携えている刀を――振り上げた。
激突。硬い音と衝撃が、部屋に響き渡る。
「謙一……!」
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