上 下
28 / 81
破邪の閃光

Ⅴ:犠牲を強いる戦い

しおりを挟む
「覚えておくわ」
 明らかに年上で賢者という立場にあるオルビナは笑みを絶やさず最上敬語で話しているというのに、一回りは年下のルーマは視線すら合わせず最低限の返事だけで済ませていた。そのままぐるん、とエリューの方を再び向き、
「それでこれから、よろしくお願いいたしまして……その」
「ああ、エリュー=オブザードだ」
「素敵な名前ですわ……ルーマ=デ=アペラ=エタノーラ=ジ=スパンブルグですわ」
「おわ、なっげー名前」
「ですわね。ですから、ワタクシのことはルーマ=エタノーラでお憶えくださいませ」
「オッケ。よろしくな、ルーマ」
「はいっ」
 手と手を取り合い、微笑み合う二人。それを周りの騎士、従士たちは呆然と――
「…………」
 クッタは複雑怪奇な表情で見つめていた。
 それをさらに少し離れた所から見守る、二つの影。
「……この状況は、どうなんでしょうかオルビナさま?」
「そうだね。私としては最優先事項は魔王軍の掃討だから、あとのことは若い人たちに任せることにするよ」
「なるほど……さすがはオルビナさま、深い懐で」
「マダスカも、あちら側に入った方がいいんじゃないかね?」
「いえいえ、わたしのような性悪女があのような色恋沙汰に――」
「おーい、マダスカ。ルーマが仲間になったから、ヨロシクなー!」
 そこで空気を読めないエリューが、マダスカに声をかけた。
「……宜しくしてさしあげないこともなくてよ?」
 それにマダスカも正直複雑そうに、
「はぁ……わたしの立場としても、無理にとは言いませんが?」
『…………』
 二人の間に、微妙な険悪な空気が流れる。隣で繰り広げられるそれに、オルビナは生温かい視線を送った。エリューとクッタの時といい、良い青春よな……
「……ずいぶんと、オブザードさまに気に入られているようですわね?」
「オブザードさま、ですか……なにそれ。にしても、大いなる勘違いですね。わたしとエリューの間柄などは、例えるなら水と油、犬と猿――」
「俺はマダスカ、好きだぞっ」
 空気が読めない田舎者からの、不意打ちの一発。マダスカは振り返り、顔を複雑怪奇に歪め、
「は、はァ? お前はいったい何を言って――」
「ハハハハ」
「ハハハハじゃない! そういう発言は、場と空気を弁えろ!」
「いいじゃん」
「いいじゃんじゃない! まったくお前はいつもいつもわたしの頭を悩ませてその陰でどれだけ苦労しているか当然考えたことなどないのだろうが察して欲しいという無理だと理解しながらも湧いてくる気持ちも所詮お前には遠い宇宙の出来事なのだろうが……」
「宇宙ってかっけーな」
「そこか!?」
 丸っきり夫婦漫才の掛け合いだった。それにルーマは唇を尖らせ、
「……仲、よろしいのですね」
「ヨロシクない!」
 そんな三人にオルビナはますます部外者観劇者的な遠い目線で微笑み、
「……気にいらね―」
 クッタは酷い疎外感を抱いていた。

 血と悲鳴が、辺りを蹂躙していた。
「ぎぃやァア!」
 魔物たちの高速攻撃に、歩兵たちの構える盾が、剣が、鎧が砕かれ、その耳が、手が、足が千切り飛ばされる。絶叫と鮮血が吹き出し、激痛に狂い惑うその様は、まるでこの世で繰り広げられる地獄そのものだった。
 魔物相手に人間は、同等の条件では手も足も出なかった。
「――るゥおおらァアアア!!」
 そこに後方から――騎馬の鞍に大槍(ランス)を構えた騎士の突撃が、従士に喰らいついた魔物を刺し、穿つ。
「ぎ、ぎぃぃいいい!」
『おおお、おォ!!』
 さらに別の場所では、横一列に並んだ騎馬隊が同時に突進し、先で従士たちと大混戦になっている場に、敵味方さらには施設もろとも、串刺しにしていた。
「びゃば!」「ぐるるが!」「ぎゃああああああ!」
 それは、犠牲を強いる戦いだった。
 通常の勝ち負けを決めるのではなく、どちらがより多く敵の数を減らすか。殺すか。殲滅するか。それを競う戦いのようだった。
「ぎゃあ!」
 どこかで、人の断末魔を聞いた気がした。
「ぎいぃ!」
 どこかで、魔物の断末魔を聞いた気がした。
「…………」
 恐怖とも、驚愕とも、嫌悪ともつかない感情が、エリューの足下から這い上がってきていた。 
 魔王軍と戦うという真の意味を、知った気がした。
 この屍を、越えていかねばならないということなのか? 人の死の上でしか、立ち向かえない。誰もかれも救うことはできないということなのか?
「い、いこう」
「……エリュー?」
 フラフラと進むエリューの姿に、マダスカは眉をひそめた。様子がおかしい。声が淀み、顔色も青い。駆け寄り、
「待て。お前、様子がおかしいぞ? 大丈夫なのか?」
「……なにが、だ?」
 目の焦点が合っていない。周りの喧騒が見えて、聞こえているのか? 一歩道を外れれば、流れ弾にやられるというこの状況で。
「おい、しっかりしろ! ここはもう戦場なんだぞ? ぼんやりしている場合じゃ……」
「ぼんやりなんか、してない……」
しおりを挟む

処理中です...