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破邪の閃光

Ⅵ:発端のスペル

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 マダスカを振り切り、エリューは前に進んでいく。左右では未だ、魔物と騎士の激しい戦闘が行われていた。
「…………くっ!」
 猶予もない。マダスカは仕方なく、先をゆくオルビナ、クッタ、ルーマに続くため、エリューのあとへと駆けだした。

 オルビナは、一言も話さず黙々と先へ進んでいた。
 それに同じく無言のクッタが続く。その後ろを不満顔のルーマがてくてくと歩いていた。同行は許したが身の安全を考え、一番危険の少ない隊の真中に配置した結果だった。
「なんだか、意外と余裕じゃなくて?」
 ルーマのお気楽な言葉に、クッタは見咎められないよう微かに眉をひそめた。騎士たちの多くは、自分と顔見知りだ。作戦のためには命を賭すとはいえ、そんな言葉聞き逃せるものではなかった。
「――――」
 しかし、考えを改める。彼女は戦闘は、初参加のはずだ。なのに現場の雰囲気に圧されるでもなく冷静に判断が出来ているのは、一流の証明だともいえた。
 つまりは、クッタも――
「一区画の魔物の数、4匹。対する投入兵数、80。状況、極めて順調ですね」
 その語りかけに、オルビナも初めて口を開いた。
「そういう相手を、今回は選んでいるからね。魔物も人と同じく、気性により行動はまったく異なる。このL地区の本部は、一応形だけは体裁を整えてはいるが、それでどうこうしようという気はまったくない。だからこそ数も少なく、統率も取れておらず、物量と勢いだけでどうにかなる。だが、逆に言うとその態度も当然なのだ。なぜなら――」
 そしてオルビナは、司令部のドアを開いた。
「初の来客だな。歓迎させてもらう」
 人とは違う感触のする声が、クッタの耳に届いた。
 それは、広い部屋だった。おそらく人であれば100人は整列できる間取り。しかしそこには、何もなかった。ただ真っ白な床と壁と天井が広がるばかり。
 その最奥に、それはいた。
「といっても、当然不慣れなものでな。多少の不手際は、許せ」
 玉座に腰かけている。全身が、青い。そして今までの魔物、魔族と違い――完全な人型を、形成していた。
「玉座、王気取りか……滑稽だな」
 クッタが呟いた。それにβは笑みを作り、
「王とは少し、解釈が異なるな。王はただ一人、魔王ヘルフィア様のみ。あえて言えば私は、傍でお仕えする貴族といったところだろうかね」
 そこまで聞いて、あとから合流したマダスカは今までの魔族との違いを感じ取っていた。
 言葉に、余裕がある。今までのそれらは必要最低限のことしか話さなかったのが、これはそれ以外の遊びのような言葉を交えている。
「てめぇが……この状況を作り出した、一角」
 そして最後にエリューが追いつき、パーティーはその場に勢ぞろいした。そのあとに多くの足音が続き、
「青隊隊長、マクシミリです。第三グループ、第六グループ、第七グループ担当区域の制圧完了致しましたので、オルビナ殿たちと合流を――」
「いえ、結構。そこで、見ていてください」
 総勢100名近くにも及ぶ加勢を、オルビナは断る。
「もう、そういう次元ではないので……」
 そして、オルビナは前に出た。
『――――』
 場に、緊張感が走る。すぐさま続いたクッタ、マダスカ、そしてエリューの三名も、冷や汗を流し、息を殺す。
「たとえば、花はなぜ咲くのだろう」
 そこに、まるで謡うように軽やかな声が響いた。誰だか、もはや考える必要もない。引き絞られた弓は、対象を射抜くまでは緩むことは決してない。
 緩むことがあるとすれば、その標的だった。
「月はなぜ上るのだろう。魚はなぜ泳ぐのだろう。そして人は、なぜ生きるのだろう? そうしたことを考えているうちに、存在意義という言葉に行き当たったよ」
 髪も眉もまつ毛も、全身にありとあらゆる体毛はなく、そして乳首や性器といった突起物も見当たらない。しかしそこに鼻があり、耳がついており、そして瞳の存在が確認できる。曲げた腕のそこには力こぶがあり、脹脛が膨らんでいた。それはまるで精巧な青い人形のようだった。
 それが足を組み、肘をひじ掛けに置き曲げた手の甲の上にアゴを乗せていた。
「存在意義、引いては生物にとっては、生きる意味だ。意味、という考え方は実に感慨深い。ただ誕生し、増えて、そして死んでいく。そういった宿命にあるものに、なんらかの価値を与える手段。とく、興味深い」
 流暢かつ、堂に入った言い回し。それにオルビナが、
「……ほう。さすがに発端のスペルともなると、人語をここまで解するものかね?」
「人語を解して"やってる"、というのが一番正しい言い回しだがね。元来私たちには、言葉は必要ない。魔力を用いた思念法で事足りる。だが、この人語というやつもしてみればいやなかなか。興味深いともいえる種よな」
 そしてβは、頬杖をついていた左手を――オルビナに、向けた。
「遊ぶか?」
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