《完結》公爵令嬢は愛する男を骨の髄まで愛します。

ぜらちん黒糖

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①離れられない二人

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​リアーノ王国の都では、煌びやかな夜会が毎夜どこかしらで催されていた。

社交界でロッシ公爵家の令嬢ソフィアは、ひときわ目を引く存在だった。

薔薇色の髪に透き通るような白い肌、そして何よりも、その瞳に宿る知性と優雅さは、彼女が社交界の華であることを物語っていた。

​ソフィアが二十歳を迎えたある夜、他家で行われた仮面舞踏会で彼女は運命の相手と出会う。

ルッソ男爵家の嫡男、レオナルド。彼もまた、公爵令嬢に引けを取らぬ端正な顔立ちの青年だった。

互いに仮面を被り素顔が分からない二人は、たまたま同じテーブルのワイングラスに手を伸ばし、互いの指が触れた。

「失敬」
「いいえ、こちらこそ失礼致しました」

ワイングラスを倒さなかったのが奇跡だった。

レオナルドが声をかける。
「お嬢様、いかがですか?私と踊ってはいただけませんか?」

「喜んで」

レオナルドが微笑んで話しかける。
「でもその前にワインを少し飲んでからにしませんか?」
「ふふふ、そうですね」

二人は今度は別々のワイングラスを手に取り、カチン、とグラスを当てて「乾杯」と言って口にした。

ワインを飲み終えた二人は自然とダンスホールへと進んで行き滑らかに踊り始めた。

「君、ダンスが上手だね」
「あなたもね」

ダンスホールを一周して踊るのをやめた二人は再びワイングラスを手に取るとテラスへ向かう。

ベンチに座りワインを飲み干すとレオナルドが口を開く。

「私はレオナルド・ルッソだ。君の名前は?」
ソフィアが笑う。
「あら、名前を名乗り合っては仮面舞踏会の意味がありませんわ」

「それはそうだが……しかしこのまま別れるのは、なんだか淋しく感じてしまったのだ。嫌なら言わなくてもいいよ」

レオナルドは立ち上がると欄干まで歩いて振り向いた。そして、仮面を取り、もう一度名乗る。

「私はルッソ男爵家嫡男、レオナルドです。君の名前が知りたい」

やや強引なレオナルドに興味を持ったソフィア。立ち上がると仮面を取り名乗る。
「私はロッシ公爵家長女ソフィアです」

「え?公爵……家?」
レオナルドが気まずそうにした。そんなレオナルドを面白そうに顔を窺うソフィア。

「どうしたの?公爵家の娘は苦手なんですか?」

「いや、家格が違いすぎてどうにもならない相手を口説いてしまったかなって……」と頭を掻くレオナルド。

ソフィアがまた仮面をつけてレオナルドを誘う。
「いいじゃない。仮面舞踏会は仮面をつけていれば、互いの素性は関係ないのだから」

レオナルドも仮面をつける。
「まあ、そうだけど。でも、もう互いに素顔をさらしちゃったけどね」

レオナルドもソフィアも、視線を外さず抱きしめ合う。ソフィアの体から漂う薔薇の香りがレオナルドを包み込む。

そして自然と唇を重ねた。​二人は一度のキスで、互いの魂が共鳴するのを感じた。家格の差など、彼らの情熱の前では取るに足らないものだった。

仮面舞踏会が終わる頃には、二人はこの先も共に生きることを心の中で固く誓い合っていた。

それから数ヶ月、二人は逢瀬を重ね、​愛は燃え盛り、二人の意思は一つとなり、当然のように結婚を誓い合った。

「ソフィア、私と結婚をしてくれ」
「レオナルド」

​だが、運命は思いがけない方向から彼らを試した。ある日、王宮からロッシ公爵家に声がかかる。

​第一王子アウスと公式なお見合いをしてほしい、と。

​公爵家にとって、王家との縁談は最高の栄誉である。ロッシ公爵は小躍りして喜び、二つ返事で快諾した。

その知らせをソフィアに伝えるロッシ公爵。

​「ソフィア!これ以上にない光栄だ!お見合いは成功させるんだぞ!いいな!」

​ソフィアは青ざめた。愛するレオナルドがいるのに、他の男性など考えられない。だが、父の興奮を前に、言い出すことができなかった。彼女は、仕方なく第一王子とのお見合いに臨む。

​そして、その見合いの場で、最悪の事態が起こる。

​ソフィアの知性と可憐さに、第一王子アウスは、たちまち魅了されてしまったのだ。

「ソフィア嬢、私は君が気に入った。どうか私の妻になってほしい」

お見合いの席で、アウス第一王子に求婚されたソフィアは、返事ができなかった。

「アウス殿下……」

戸惑いを見せるソフィアに、アウスが言葉をかける。
「君ほどの美しい女性なら、交際中の殿方もいるやもしれないが、私は気にしない。それでも私を選んでほしい、ソフィア」

アウス第一王子はお見合いが終わると、即座にロッシ公爵に縁談を進める意向を伝えた。

その夜、ソフィアは意を決して父に告げた。

​「お父様、私には、愛する人がいます。ルッソ男爵家のレオナルド様と結婚させてください」
​公爵の顔から一瞬で血の気が引いた。

​「馬鹿なことを言うな!相手は王家の第一王子だぞ!男爵家の息子などとの話はあきらめるんだ。今すぐ忘れなさい!」

​その頃、レオナルドもまた、父ルッソ男爵にソフィアとの結婚を申し出ていた。

「父上、ロッシ公爵家のソフィア様との縁談を進めていただきたいのです」

突然のレオナルドの言葉に戸惑うルッソ男爵。

「お前がどこかの令嬢と交際をしておるのは知っていたが、まさかロッシ公爵家とは……だがもう遅い」

「父上!」

「お前も知っているだろう?ロッシ公爵令嬢は第一王子とのお見合いを受けたんだ。それはもう縁組が進んでいることを意味する」

「しかし決定したわけではないでしょう?」

ルッソ男爵はレオナルドの気持ちを受け止め「まぁ頼むだけ頼んでみよう」そう言ってため息をついた。

翌日、ルッソ男爵は息子を連れてロッシ公爵を訪ねた。

​しかし、そこで聞かされたのは「第一王子との縁談がまとまりそうなのだ」という冷たい断りだった。

「ルッソ男爵、すまないが第一王子のアウス殿下も娘の事をお気に入りでな。もう手遅れだ。諦めてくれ」

​ルッソ男爵は、そう聞かされてうなだれた。そして隣に座るレオナルドに声をかける。
「レオナルド。やるだけはやった。これで気が済んだか?」

レオナルドは頷くしかなかった。
「はい、父上……」

​ソフィアとレオナルドは、抗いようのない運命の壁の前に、ただ立ち尽くし、この残酷な現実を受け入れるしかなかった。

​レオナルドは苦渋の決断を下した。
​愛するソフィアを失い、貴族としての未来も意味をなさなくなった。彼は嫡子の座を弟のトムザに譲り、貴族の身分を捨てることを選んだ。

​「男爵位も、爵位に伴う義務も、もう必要ない。貴族社会なんてもう懲り懲りだ」

​レオナルドは城下の外れにある一軒家を借り、しばらくは、男爵家を離脱したときに父からいただいたお金で暮らしていたが、いつまでもそれではまずいと考えていた。

そんな時、年に数回ある警備隊の隊員募集の知らせを耳にする。身分問わずとなっていた。すぐに申し込む。

筆記試験と剣術、そして体力テストがあった。

一番心配していた体力テストは城下を三周するテストで、ほぼ最下位だったのだが合格することができた。しかし筆記試験と剣術試験はうまくいったので、それが良かったのだろうと思っていた。

実は裏で父のルッソ男爵が手を回して、もしもの場合に備えて合格するように賄賂を贈っていたのだ。

しかしレオナルドは、とにかく採用されることとなる。

中途採用のレオナルドは、外回りの仕事ばかり回ってきたが、太陽の下で汗を流す生活は、彼に新たな生きる目的を与えた。

​そんな生活にも慣れ、心が平穏を取り戻し始めた頃だった。

​ソフィアが、原因不明の病のため、亡くなったという知らせが、国中の噂になりレオナルドの耳にも入ってきた。

婚約の発表もなく、結婚までの進展が遅いような気はしていたが、まさか体の具合が悪かったとは思ってもみなかった。

​王子の妃になることもなく、ソフィアは静かに、そして、突然にこの世を去ってしまった。

愛する人を亡くしたレオナルドは、ショックで数日寝込んでしまった。

そして​、ようやく気力を取り戻し「明日からまた仕事を頑張ろう」と決意したその日の夜……

ベッドの上でウトウトと眠りにつきかけた時、何やら鼻をくすぐる、いい匂いがした。

目をゆっくりと開けるレオナルド。
「……薔薇の……香り?」

その匂いはだんだんと強くなって来る。

「なんだかソフィアを思い出すな」

そう呟いた時、家の戸を叩く音がした。

コンコン コンコン

入口を見つめながらベッドから起き上がるレオナルド。用心のためベッドの脇に置いてあった木刀に手を置いた。

(誰だろう、こんな夜更けに)

そっと木刀を手に持ち、ベッドから起き出して戸板の前に立つ。

耳を研ぎ澄まし、戸板の向こうに誰が立っているのかわからない、そんな状況で声をかけてみる。

「誰だ!」

すると、聞き間違えるはずのない、愛しい声が家の外から響いた。

​「レオナルド様」

​レオナルドは息をのんだ。死んだはずのソフィアの声だ。彼はそっと戸を開けた。

​月の光を背に、愛しいソフィアが立っていた。紫色の夜会服を纏い、まるで以前と変わらぬ姿で。

​「君は……死んだはずでは?」

木刀がレオナルドの手から滑り落ちる。

震える声で尋ねるレオナルドに、ソフィアは静かに微笑んだ。

「それは単なる噂話ですわ。ほら、私は生きているでしょう?手を触って見てください」

言われるままに手を触ってみるレオナルド。少し冷たく感じたが確かに生身の人間の柔らかさだった。

堪らず、引き寄せ、抱きしめるレオナルド。

「ソフィア!会いたかった!」

家に引き入れたのはレオナルドの方だった。

二人の目から自然に涙がこぼれ落ちた。

​この瞬間、二人の新しい関係が始まった。


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