《完結》運命の人と気づかずに通り過ぎる人もいれば、すぐに気づく人もいる。でも大概は後で気づく。

ぜらちん黒糖

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第三章 番外編

⑯事情聴取 後半

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「それで君はどう思った?」

「飛び降りるつもりでここに来たけど……この男に見せるために飛び降りるのは…違うかなって」

「だから、迷いました。飛び降りようか……やめようか……」

「あの時の彼の表情は……目が…普通じゃなかった、怖かったです」

刑事が調書に記入していく。

「八木の精神状態も可笑しくなっていた……か、そして君に恐怖を与えた…」

刑事が調書を書き終わるの待って博子が話し始める。

「彼が突然大きな声を出したんですよ」

訝しむ刑事。

『あ』

『そうだ、これどうかな』

「そう言って彼、また一人芝居を始めたんです」

博子の顔が真剣になってきた。

『はい、俺が屋上のドアを開けたとき、俺はすぐに彼女に気がついてそーっと後ろに回って彼女の体にしがみつきました』

『やめろ!やめるんだ!』

『離して!お願い!』

『その若さで人生を終わらせるなんて、何を考えているんだ!』

『もうほっといてよ!離して!』

博子は思い起こすような表情をして話し出す。

「私は……いつの間にか彼の一人芝居を見入るようになっていました。なんだか面白くなって……」

深呼吸をするとまた博子は話を始めた。

『もうほっといてよ!』

『理由を話せ!』

『言えないわ!』

『説明を聞くまで離さない』

『お願いよ!離して!』

『嫌だ、もうお前を話さない。離したくない!俺と駆け落ちしよう!』

刑事は、駆け落ち?というセリフがひっかかったがそのままスルーした。
 
『駄目なの、もうあなたとは一緒になれないわ』

『なぜだ!理由を教えてくれ!』

『私はもうあなたにふさわしくない女なの』

『何を言ってるんだ!教えてくれ!頼むよ。お前が好きなんだ』

『私、貴方と食事をして別れた後、あの人に会ったの』

『あの人って龍蔵のことか!』

『うん、待ち伏せされて』

『それから?』

『ハンカチを口にあてられて。そしたら意識がなくなって』

『それで?』

『気がついたら、ホテルのベッドの上にいたの』

博子がここで刑事を見て言った。

「その後……彼は泣き崩れました」

刑事が話をまとめる。

「つまり、自殺をしようとした君を引き止める芝居をしていたのに、途中から八木新一個人の話にすり替わっていった……ということか?」

博子は頷きながら、
「私もこの時はまだ半信半疑で……この話が実話なのか創作なのか分からなくて……」

「君はその時はもう頭の中に自殺のことはあったのかい?」

「いいえ、彼の演技が真に迫っていて、自殺の事、考えていなかったです」

刑事が呟く。

「八木の行動が今川さんの自殺しようとする気持ちから目を逸らさせた、と。じゃあ次お願いできますか?」

「はい、えー、彼が泣き崩れた後……こう言いました」

『あ、待て、待つんだ!』

『翔子は俺が目を離したすきに車の前に飛び出し、轢かれて死んだよ、血まみれだった』

『俺はそんな翔子をなんとかしたくて、助けたくて、必死で周りの人に救急車を呼んでください!救急車をお願いしますって必死で叫んでいた』

『翔子はもう息をしていなかったよ。それでも俺は翔子の名前を呼び続けた……。遠くでサイレンの音がした』

「そこで私、思わず彼に話しかけたんです」

刑事が注意深く博子を見た。

「それからどうなったの?って。そしたら彼が答えてくれて」

『翔子の葬式に……あいつが来たんだ』

「それでまた私が聞いたんです、あいつって?」
 
『龍蔵だよ。何食わぬ顔で線香に火をつけて拝んでやがった』

『その時あいつ翔子の遺影を見て少し笑ったんだ。許せなかった』

『だから龍蔵を刺した。腹に一突き、刺してやった』

「私が……え?葬儀場で刺したの?って聞くと」

『ああ、あいつが翔子の遺影を見て笑わなければ、また違ったかもな』

(計画的犯行ではなく偶発的犯行だったのか?殺意も突然沸き起こったものだった?いや、八木はナイフを持って葬儀場に来ていたんだし……うーん)

博子が話を続ける。

『翔子は俺の生きがいだった。翔子の笑顔を見ているのが好きだった。翔子の笑顔をずっと見ていたかった』  

「彼がそこまで言った時に屋上のドアが開いて警察官が突入してきたんです」

「彼……龍蔵が生きていると聞いて……ホッとしているような感じだった」

「それでね、彼…八木新一さんが私に言ったんです」

刑事は調書から顔を上げて、

「なんて言ったんですか?」



『お前、死ぬなよって』 



博子の目から涙がこぼれ落ちた。







八木新一は運が悪かったのかもしれない。

翔子の葬儀に山田龍蔵が出席していなければこの事件は起こっていなかったかもしれない。

龍蔵が遺影を見て笑ったところを八木が見ていなければ刺すこともなかったかもしれない。

そもそも山田龍蔵が八木の恋人に非道な真似をしなければこんなことにはなっていなかったんだが……まあ、これも事実かどうかは分からないんだが……

刑事は博子に優しく声をかける。
「ごめんね、今から清書するから少し待っていてくれますか?」

博子は頷いて刑事に気になっていることを確認した。

「あのう、刑事さん……本当に私の話を聞いてもらえるんでしょうか?」

刑事は上着のポケットから名刺を取り出すと、そっと博子の目の前に名刺を差し出した。


    
    
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