《完結》運命の人と気づかずに通り過ぎる人もいれば、すぐに気づく人もいる。でも大概は後で気づく。

ぜらちん黒糖

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第三章 番外編

⑰公判での証言

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 八木新一の5回目の公判で弁護人が質問した。

 湯沢弁護士が八木に質問を始める。

「あなたはなぜ、あの日、あの時間、あのビルの屋上に行ったのですか?」


 八木がはっきりした声で答える。

「……あのビルに入る前、近くのコンビニで弁当とペットボトルのお茶を買いました」

「どこで食べようかと場所を探して歩いていたんですが……だいぶ離れてはいたんですが、後ろの方に制服警官が一人いて、ついて来るような気がして急ぎ足で歩いて道を探しているふりをして後ろを見てみたんです」

「警官は距離はそのままで、ついて来ていました」

「俺は慌てて人混みを探して紛れ込み、素早くビルに飛び込みました」

 湯沢弁護士が尋ねる。

「ではあのビルには偶然入ったわけですね?」

「はい、そうです」

「それからあなたはどうしたんですか?」

「まずは階段で2階に上がりました。そして2階からエレベーターで最上階へ上がり、そこから階段で屋上に出ました」

「どうして、1階からエレベーターに乗らなかったんですか?」

「1階のエレベーターは通りから丸見えだったからです。警官に見つかるのが嫌で2階まで階段で行きました」

「あなたが屋上へ出た時、誰かいましたか?」

「はい、女性が1人いました」

「その女性は何をしていましたか?」

「屋上から飛び降りようとしていました」

「あなたにはそう見えた?」

「はい……その女性は両手で柵を掴んで、片足を柵の下の段になっているところにかけていたので……だから、柵を乗り越えようとしていると思いました」

「それであなたはどうしたんですか?」

「俺は思わず声をかけていました」

「なんと声をかけたのですか?」

「飛び降りるのかって……」

「それで女性の反応はどうでしたか?」

「俺の方を振り向いたんですが、すぐにまた柵を乗り越えようと、両足を柵の下の段になっているところに乗せてしまいました」

「それであなたはどうしたんですか?」

「自分の状況を棚に上げて何なんですけど……自殺を止めなくちゃと思いました」

「どうしてあなたは自殺を止めようと思ったんですか?」

「え?だって普通、止めるでしょ? 自殺をしようとした人が目の前にいれば誰だって」

「そうですね、普通はそうです。ですがあなたは逃亡中だったんですよ?それでも助けようと思ったんですか?」

「はい。とりあえず彼女の近くに行かなくちゃと思って、お弁当を食べることにして近づこうと思いました。だからその女性の4、5メートルくらい離れた場所の柵まで歩いて、そこに座って食べ始めました」

「……その時女性はどうしていましたか?」

「俺が弁当を近くで食べ始めたので、呆気に取られたみたいで、しばらく柵を握ったままの姿勢で固まっていました」

「それからどうなりましたか?」

「でも……彼女は柵を飛び越えるために勢いをつけて体を沈め始めました」

湯沢弁護士が裁判長を見やり八木に尋問する。

「女性は飛び降りを決行しようとしたのですね?」

「はい」

「それでどうしたんですか?あなたは」

「…俺はまずいと思って……思わず声を出していました」

「なんて言ったのですか?」

「練習しようかなって……」

「練習?なんのですか?」

八木は恥ずかしそうに答えた。

「女性が飛び降りした後のマスコミの取材に受け答えする練習です。とっさに思いついたのがそれでした」

「女性はどうしていましたか?」

「女性はポカンとした表情で俺を見ていました」

「それで?次はどうなりましたか?」

「俺は注意を引くチャンスだと思って、インタビューを受ける真似をしたんです。その時、女性の年齢を30代半ばと言ったんですが、その言葉に女性が反応して……私は28だって言ってきました」

「それでだんだんと女性が俺の一人芝居みたいなものを見始めて……それで俺は……」

「どうしました?続きを言ってください」

「俺はその……一人芝居が最初は恥ずかしかったんですけど……女性を引きつけるために必死だったので……注意を引くために、だから…その……本当の飛び降りを見ないことには、実感のこもった感想は言えないな……みたいな事を言って女性を黙ったまま見つめました」

「それで?」

「彼女は困惑の表情をしていましたが、まだ両手で手すりを握っていたので完全に捕まえることは無理かもしれないと思いました」

「それであなたは、どうしたんですか?」

「一人芝居を続けました」

「マスコミにインタビュウを受ける芝居ですか?」

「いいえ、違います」

「それではどんな話をしたんですか?」

「駆け落ちを持ちかける話です。一人芝居を続けているうちに、だんだん俺の体験が入ってきて……なんとなくそうなりました」

「それで……その……翔子に対する俺の気持ちを、だんだんとセリフに込めてしまって……勝手に一人で感情を込めて芝居をしていました」

「翔子とはあなたが山田龍蔵を襲った原因になった本田翔子さんのことですね?」

「……はい」

「その時、女性の顔を見ましたか?」

「はい……時々チラ見しました」

 その言葉に湯沢弁護士が一気に八木新一に尋問する。

「あなたは自分が逃亡中の身でありながら女性の自殺を止めようとしたんですね?必死に!だから、女性が自殺をしないように必死で一人芝居を続けた」

 静まり返る裁判所の中、湯沢弁護士は八木新一に尋問する。

「あなたは最後に彼女に言葉をかけましたね?覚えていますか?警察官に連行されていくときです。なんと言いましたか?」

「はい……確か、お前、死ぬなよ……です」

「どうしてその言葉をかけたんですか?」

「翔子の顔と彼女がダブって見えて……だから思わず声をかけていました」

「……」

 弁護士が八木新一を優しく見つめながら言った。

「君の必死の一人芝居で……一人の女性の命が救われたのは事実です。私はその女性に直接会って話を聞いております」

「そのおり、私はその時にあなたへの伝言を彼女から預かりました。よく聞いてください。彼女はこう言ったんです」

「あの時、あのビルの屋上に来てくれてありがとう……。一人芝居を見せてくれてありがとう。そう彼に伝えてくださいと言われました」

 湯沢弁護士はゆっくりと裁判官と裁判長を見つめ訴えた。

「裁判長、被告人は確かに被害者山田龍蔵を刺しましたが、事件後逃亡中のさなかでも、一人の女性の命を救っております」

「被告人八木新一は罪を認めて反省もしており、初犯でもあります。そして再犯の可能性は極めて低いと思われます。よって情状酌量を求めます」





 
                
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