《完結》辱めを受けた女は復讐の狂気に人生をかける

ぜらちん黒糖

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第四章

㉘誰も心は休まらない

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喫茶店の窓際の席でコーヒーを飲みながら窓から外を眺めていると、美知留がこちらに向かって歩いてきた。

チリンチリン、と鈴の音と共にドアが開いて美知留が現れた。

店員にコーヒーを頼んでから、陽子の前の席に座った。

意外にも美知留の目には先程出会った時の陽子に対する敵意が見えなかった。

美知留がいきなり頭を下げた。

「ごめんなさい!」

(え?)

美知留の謝罪に驚く陽子。美知留が頭を上げたところで、店員が美知留のコーヒーを運んできた。美知留は、テーブルに置かれたコーヒーを一口飲んで、再び話し始める。

「私も若かったとはいえ、田村さんには酷いことをしたと思っています。本当に反省しているんです。もう許してくれませんか?」

「……あなたと翔太は死んだと聞いていたんだけど……」

「確かに、ほんの些細なことが原因で、私と翔太は喧嘩になり……私は翔太を刺して死なせてしまいました。私も翔太に首を絞められて死んだはずだったんです。だけど……」

「息を吹き返したのね?」

「ええ、仮死状態だったそうで……。でもね、本当の苦しみはそれからだったんですよ」

「……」

「私はその後、服役したんです。でもね、模範囚だったので、仮釈放が早まって出られることになったんです」

裁判で、美知留は正当防衛を主張して、それが少しだけ認められたため刑期も少なくて済んでいたのだ。

陽子が冷たい眼差しで問いかけた。

「私に復讐に来たのね?」陽子の目に6年前の狂気の目が宿り始める。

美知留が慌てて薄ら笑いを浮かべて釈明した。

「まさか……。反対です。あなたに許しを乞いにきました。お願いです。私を許してください。この通りですから」

美知留がもう一度頭を下げた。

陽子はすっかり美知留のことなんて忘れていた。翔太のことも思い出さないようにしていた。

今は、この街で田中酒店の事務員として幸せに暮らしていたのに……。

昔、自分が知らない男たちに陵辱されたことは、この街には誰も知る人はいない。心穏やかに暮らしていたのに……なぜこの子は今私の目の前に現れたのか……。

(ああ、そうか……。6年前のあの山荘での出来事は、全て録画してあったんだ……。彼女はそれを取り返しに来たのではないかしら?)

(だとしたら……あれを渡すわけにはいかないわ)

「用件はそれだけ?」陽子が冷たく言った。

「……それと……あの山荘でのことなんだけど……」

美知留が上目使いで陽子を見た。

「その時に撮った動画を処分してほしいの。私だって、もう十分罰は受けたわ」

陽子の頭に嫌な考えが思い浮かぶ。

(服役している時に、仲間の囚人にあの時のことを話しているかもしれない……。美知留は油断できない)

「美知留さん。どうして過去を忘れて、やり直そうとしないの?わざわざ、昔のことを忘れかけていた私の目の前に現れるなんて……」

陽子の目に怒りを感じた美知留が怯んだ。

「だって、ずっと私たちを見ていると言ったじゃないですか。……本当に、もう気にしていなかったの?」

「あの時は、脅す意味で言っただけよ。そりゃあ、思い出さなければ、心は穏やかよね……。あなたが私の目の前に現れるまでの私は」

ようやく事の重大性に気づいた美知留。自分が寝た子を起こしてしまったんじゃないかと……。

陽子が美知留に尋ねた。

「ねえ、今度ゆっくりと話をしない?」

美知留は迷っていた。もうあの動画のことは忘れて、この街を出た方がいいのではと……。美知留が返事をした。

「……いいえ、もういいです。私はこの街を出て行くことにする。その代わり、あの動画は絶対に処分してくださいね」

陽子はニッコリと笑って嘘をついた。

「ええ、分かったわ。あなたが私の前から姿を消したら、10年後に必ず処分するわ」

美知留が絶句する。

「10年後って……」

美知留は立ち上がって、口を開いた。

「さすがに10年はちょっと長いけど……でもその言葉を聞けて安心しました。それじゃあ私は明日、姿を消しますから」

「え?でもパン屋さんの仕事はどうするの?」

「大丈夫。一日限りのバイトだから。もうお給料ももらったし」

そう言って美知留は店を出ていった。

翌日から、本当に美知留は姿を現さなくなった。

しかし陽子は、それでも安心できなかったので、自分もこの街を出ていくことにした。


田中酒店の社長の田中建造が悲しそうな顔で残念がる。

「田村さん。どうしても辞めるのかい?」

「はい。友人が一緒に仕事しないかって声をかけてくれたので、東京に戻ることにしました」

「そうか……。就職のためか……それなら……」

田中建造が勇気を出して告白した。

「どうかな、このまま僕と結婚して、妻と言う職業に永久就職してみないか?」

精一杯の気取ったセリフで告白した田中建造。

陽子はまじまじと建造を見て、吹き出した。

「ぷっ、やだ、社長。冗談ばっかり。それでもありがとうございます。そんな言葉をかけてくれて」

「あ、いや、冗談ではなくて……僕は……」

「短い間でしたけど、どうもお世話になりました」

「……」

陽子がお辞儀をして店を出ていく後ろ姿を、寂しそうに建造が見つめていた……。


それから3ヶ月後、美知留は東京に舞い戻り、キャバクラで働いていた。

美知留はもう過去は忘れて、今はただキャバ嬢としてお金を稼ぐことしか頭になかった。

酔いの回った男性客の相手に一生懸命よいしょする美知留。

しかし最近、美知留が接客するお客によく聞かれることがあった。大体同じような質問である。

その男性客たちの共通点は、言葉遣いは丁寧で、紳士的であったが、その筋の人間ではないかなと思える人たちだった。

今、目の前にいる男性客は今日初めて店に来たお客だったが、この男性客も同じことを質問してきた。

「ねえ、ミチルちゃん。何か面白い話はないかなぁ。例えば、誰かが不幸になった話とかさ……」

男がじっと美知留の顔を見つめた。

美知留は少し考えて返事をした。

「あるけど、言えないわ」

「へえ、あるんだ」

男性客の目の奥が光る。

「どんな話なんだい?聞かせてよ」

「駄目よ。この話は……最低でもあと10年は言えないわ」

男性客は懐から名刺を取り出して美知留に渡した。

「君、もしお金が必要になったら、いつでも『白木金融』に来てください。君なら、いくらでも貸しますよ」

そう言って席を立ち帰って行った。

「へえ、街金か……まあ、利息が怖いからお金なんて借りないけどね」

それでも美知留は、その名刺をそっと胸の中にしまった。

名刺にはこう書いてあった。

白木金融、経理部長、吉田源次郎と……。


店の外に出た吉田が独り言を言った。

「10年経ったら……喋るつもりなのか?どうするかな……10年待つか、それとも……」

吉田は、取り敢えずタクシーを拾って今日のところは帰ることにした。

タクシーの中で窓の外を眺めながら心の中でつぶやく。

(あの女は分かっていない。普通の女性が、辱めを受けた苦痛は、服役することよりも辛いことなんだということを……)






 完

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