道化の世界探索記

黒石廉

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第1部1章 はじめてづくし

016 仕事探し

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 探索隊向けの仕事が見つかる場所は2種類ある。
 訓練所での座学ではそう習った。

 公証人と呼ばれる役人のところか、探索隊が集まる酒場だ。
 公証人のところに集まる依頼は契約がきっちりと定められている。公証人の仕事は契約関係の保証をすることだそうで、ここでの依頼はしっかりしているかわりに条件が厳しいものも多い。銘無ななしとも呼ばれる駆け出しの探索家は最初からお断りということがほとんどだ。ここで仕事を受けるためには原則、探索家登録証が必要だという。

 登録証といっても今首から下げているメダルに名前と刻印を刻んでもらうだけなのだが、登録費用がそれなりにかかる。登録するということは、身元が共和国政府によって保証されたことを意味し、どこの馬の骨ともわからぬ新米たちには許されていない別の都市国家への入国や住居を定期的に借りる権利(要するに借家に住めるということだ)等いくつかの恩恵がある。メダルに名前が刻まれていないうちは文字通り銘無しと呼ばれ半人前扱いされる。

 俺たちのような銘無し探索家が仕事を探すのは酒場だ。こちらの仕事は口約束が基本だ。酒場は情報を提供しているだけでその後、依頼者のところに行って直接仕事の契約をする。
 この世界の識字率はあまり高くないようだ。実のところ、俺たちも会話はできてもこの世界の文字は読めない。だから座学の光景というのも、元の世界の基準からするとなかなか奇妙なものだった。
 それはさておき、酒場経由の依頼は、公証人が間に入らないぶんだけ依頼者側は費用を節約できるし、俺たちのような馬の骨も仕事にありつける。しかし、口約束ゆえに言った言わないのトラブルも多い。だから登録証ありの探索家の中にはあまりこちらの仕事を好まない者も多い。依頼者側も金銭的余裕のあまりない庶民が多く、これがまたトラブルを誘発することにつながっている。それゆえに商会や富裕層は原則このような依頼法を使わないらしい。このような層が酒場に依頼を持ち込むとしたら、それは表沙汰に出来ない汚れ仕事だと思ったほうが良い。
 「不正、不正義に力を貸して巻き込まれることがないよう、ゆめゆめ注意せよ」
 というのがモヒカン教官の教えだった。

 で、俺たちは仕事を探すためにトビウオ亭という酒場に来た。
 酒場はがやがやと騒がしい。酒のニオイ、油の匂い、湯気とともに流れてくる煮込み料理の香り、そして……酔っ払ったおっさんたちの臭い……。
 「新米なのですが、仕事を探しています」
 酒場のカウンターで丁寧に頼むサゴさんに酒場の主人は「まずは飲み物か、食べ物はどうだい」と返す。
 酒場が依頼斡旋の窓口となる目的には当然のことながら集客のためというのもあるらしく、いきなり仕事だけ教えてくださいというわけにはいかないようだ。
 「どうする?エールにするか?それともハチミツ酒ミードか?ジョッキを傾ける我らの横で英雄の偉業を詠う吟遊詩人、黒いフードで顔を隠した我がそのうたわれている英雄だとは誰も知らぬ……」
 「あたしたち未成年だし、お酒飲んじゃいけないんだよ」
 とミカさん。そのとおりだが、そもそもここは日本ではない。そして、現在の問題はそこではない。しかし、それを言ってしまうとようやく落ち着いた彼女を傷つけてしまうかもしれない。相槌あいづちをうって流す。
 「すこし早いですが、夕食にしましょう。定食を4つ、待っている間に仕事を紹介してもらえると助かります」
 サゴさんが俺たちの話を無視して、さくっと注文する。サゴさんナイス。
 定食は豆のスープと豚肉の煮込み、ライスだった。訓練所にいたときから思っていたが、ここでは米のほうが麦よりもよく取れるらしい。
 豚肉は酢で煮込んであるようで、酸味と塩味が同居する不思議な味わいだった。不思議といっても不味いわけではなくむしろ美味い。そのうえ、酢で煮たおかげか、やわらかかった。豆のスープはくたくたになった野菜の切れ端が少々とたくさんの豆が濃い目の塩味をつけられたスープの中に浮かんでいるもの。スタミナつきそうなメニューであったが、今の俺たちには銅貨10枚はなかなかの大金である、情けないことに。
 「今日は訓練所から新米さんたちが出てきたあたりだろ。もうこれくらいしか残っていないんだ」
 そう言って紹介してくれた仕事は2つだった。
 
 1つは1週間ほどの距離にある開拓村近辺に現れたゴブリンの調査および駆除。ゴブリンなんてゲームの中だけかと思ったら、この世界では普通にいるらしい。訓練所でゴブリンの名前を聞いたとき、皆で顔を見合わせたものだ。
 この世界には人間に敵対的な亜人と怪物が存在している。彼らは堕落し、人間の姿をうしなった者の末裔だという。彼らは人間の神を恨み、人間を恨んでいるがゆえに人間を襲う。
 ゴブリンは亜人の一種。特徴は聞けば聞くほどRPGのゴブリンそのままだ。子供程度の身長だが力は大人に若干劣る程度で狩猟採集生活をしながら過ごしているらしい。
 それだけだと、害もないように思えるが、先述の理由もあって機会さえあれば狩りの獲物に人間を加えようとするので、なかなか共存できないらしい。よくよく考えれば「駆除」という表現にも共存の困難さがよくあらわれている。
 そのゴブリンを調査し、駆除せよというのが依頼。報酬は成功報酬で銀貨50枚がパーティーに支払われるとのこと。他の条件としては最低4人以上のパーティー求むということであった。最低4人、ギリギリセーフ。
 
 もう1つの仕事は薬草採取の護衛。
 こちらも1週間ほど行ったところにある山に薬草を取りに行く薬師を護衛するという仕事。最大5名までのパーティー限定、日給制で一人当たり日給銅貨40枚、山の中に入っている期間は日給が銅貨20枚上乗せされるという。
 山に入る期間は予定では4日ほどだそうで、山ではゴブリンや野生生物に遭遇する危険があるとのこと。単純計算するとうちのパーティーの場合、往復14日×銅貨40枚×4人+山中4日×銅貨60枚×4人=合計銅貨3200枚=銀貨32枚。

 どちらも経費や現物の支給はないそうなので、食料や武具は自前で用意するようにとのこと。

 「値段で言えば1つめの討伐クエストだよな。ただ、防具も心もとないし安全なのは2つ目だよな」
 「ゴブリンは基本的に臆病な種族で人間を襲うと言ってもそれは勝ち目があるとわかっているときか逆上したときだけのこと、そういうふうに習いましたよね。ならばシカタくんの言う通り2つめの仕事のほうが良いですよね」
 「我が武勇伝のはじまりが薬草採取とは。我が左手のうずきを抑えられるか心配である。黒き英雄は魔物を倒すのだ」
 「安全第一かな。あたしも薬草採取の仕事のほうがいいと思う」
 
 3対1で薬草採取になるはずだった……でも、店主に返答しに行ったサゴさんがしょんぼりして帰ってきた。頭をかきながら言う。
 「すみません……。薬草採取、私たちが仕事している間に決まっちゃったって。定期的にくる仕事だとは言うんだけど、次は4ヶ月くらい先じゃないかと言われたので、ゴブリン退治のほう受けてきました……」

 「……めんねぇ」
 仕事を受けたらしいパーティーの女の子がミカさんに手をふって、なにか呼びかけていた。訓練所の同期の子だ。ミカさんがちょっと駆け寄って話していた。

 戻ってきたミカさんがつぶやく。
 「あたしがバカやってメンバーに穴あけちゃったの悪いなと思ってたけど、知り合いと偶然会ったんだって……良かったかな……」
 膝に手を当て腰をかがめて小声でミカさんに答える。
 「少なくとも俺たちは助かってるよ。あぶれ者パーティーで詰んだかなって思ってたとこにミカさん来てくれたんだから。ミカさんいなかったら、人数制限でこの仕事も受けられなかったしさ」
 「……ありがと。気遣ってくれてありがとね」
 「気遣いなんてできないからさ。それができるんだったら、今頃俺リア充パーティーに入っているから。あのおかっぱ中二病と一緒にいないから!」
 ミカさんが目元をこすってからニッと笑う。

 こうして初めての仕事はゴブリン退治となった。
 RPGだと楽勝クエストのはずだけど、大丈夫なのかな。
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