道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
43 / 148
第1部2章 捜索任務

040 あいきゃんふらーい

しおりを挟む
 洞窟を出た俺は慎重にあたりをうかがいながら進む。
 巣があるのは、獲物を埋めたあの不気味な小山のあたりに違いない。
 ヤマバシリはヒナの餌を確保するために、ああいう小山をつくって獲物を埋める。
 前回はあまりの衝撃に足がとまってしまったが、本来ならば、あれを見た瞬間に逃走しなければならないのだ。

 向こうに先に見つけられたら不味い。
 かといって、見つけられないようにする絶対の方法などない。
 気配を消すように努力し、神に祈り、仏に祈り、とりあえず、なんでも良いから祈りながら進むだけである。
 びくびくしながら、小山のほうを目指して進む。
 手には石をいくつか持っている。

 〈あそこだ!〉
 小山の横にヤマバシリのつがいがいるのが見える。
 ここまで気づかれずに来ることができた俺はその幸運に感謝する。
 気配を消したまま、位置を確認したら、できる限り遠くに移動する。2羽に囲まれていたぶられる光景が脳裏に浮かんできそうになるたびに、あわててそれを打ち消す。俺は大丈夫。俺は見つからない。俺は囲まれない。俺は生きて帰る。

 鼻からゆっくりと息を吸う。
 腹と胸に空気をためると、持っていた石を思いっきり投げてから、逃げ出す。

 けたたましい鳴き声がして、こちらを追ってくる気配がする。
 〈1羽なのか2羽とも追いかけてきてるのか?〉
 後ろを振り向くこともできずにひたすら走る。
 〈巣の見張りがいるんだから、2羽とも来ることはないはず。というか2羽来たら、十中八九俺は死ぬ〉
 恐竜映画とかで追いかけられる人間の気持ちが今なら痛いほどよくわかる。

 ヤマバシリという名前は障害の多い山を素早く走り獲物を追い詰めるから付いた名だという。飛ぶ力を捨てて山を我がものとした山の王と女王だ。
 こんなやつらのホームで人間が逃げ切ろうとするのがおこがましいんことなんだ。

 衝撃。

 後ろから頭をつつかれる。
 くちばしがかすめたらしい後頭部がかっと熱くなる。
 もつれる足を必死で動かし、俺は走る。

 再び衝撃。

 次の一撃は背中にきた。
 背中をついばまれた俺はバランスを崩して転倒する。
 湿った土が口に入る。じゃりじゃりする。
 土を吐き出しながら振り返った俺は、チョコレート色の羽毛に埋もれた黒く小さい目と見つめ合ってしまう。
 やつはクチバシを大きく開けて嫌な鳴き声をあげ、腐敗臭を撒き散らす。
 クチバシが俺に近づいてくる。
 ヤマバシリに向かって、俺は泣きわめきながらナイフを振り回す。
 涙と血、汗とツバ、口に入った土を振りまきながら、俺はチョコレート色の悪魔を追い払おうとする。
 でたらめに振り回したナイフが偶然やつの舌に当たる。
 ヤマバシリが怯んだすきに、必死に飛び退くと俺は再び走り出す。

 洞窟の入り口が見える。
 後少し。

 衝撃。

 また背中に一撃食らった。
 今度は後ろから思い切り蹴飛ばされたようだ。
 足がもつれる。
 あと数歩。
 飛び込め、俺。
 〈あいきゃんふらーい〉
 俺は昔テレビで見た映画のセリフを心の中で唱えながら、洞窟の中に飛び込む。
 我ながらバカみたいだ。なんで、英語なんだよ。なんという発音だよ。何もかもわけがわからない。
 洞窟の中に前回り受け身をとるように飛び込み、罠のトリガーとなる紐をつかみ穴に転げ落ちる。
 生暖かい腐臭が飛び込む俺を追いかけてくる。
 ミカが俺を受け止めるとぎゅっと抱きしめてくれる。
 彼女の華奢な腕をどれほど頼もしいと感じたことか。
 あとは任せた!

 「ギェギェ!」
 俺をつかまえようと洞窟の中に頭を突っ込んだヤマバシリの首が針金とロープでつくった輪っかに挟まっている。
 暴れるヤマバシリに向かって上からサゴさんが酸のブレスを浴びせる。
 肉の焦げる臭いがする。
 ミカが盾を傘にして、俺たちをかばってくれたようだった。
 チュウジがヤマバシリの首に抱きついて叫ぶ。
 「闇の女神に抱かれてー以下省略っ!」
 〈ちゃんと中二病セリフで決めろって言ったのに〉
 俺の記憶はここで途切れている。

 気がつくと、俺はうつぶせになって地面に転がされていた。
 「……よ。思い出せ。えい、お前には……」
 聞き覚えのある独特の節回しの詠唱が聞こえる。
 俺は治療されているらしい。とりあえず、俺は死んでいないみたいだ。
 そう考えると、俺は再び意識を失った。

 再び目が覚めると、俺は壁際で毛布をかけて寝かされていた。
 目を開けてぼんやりとあたりを見回すとすぐそばに座っていたミカが気づいて、微笑んだ。
 「お疲れ様。よく頑張ったね。ご褒美は何がいい?」
 「まだ考え中。キャーって顔赤らめちゃうレベルのすごいこと考え中」
 「バカなんだから」

 洞窟の中は血の臭いが充満している。
 俺を散々ついばんでくれたヤマバシリと目があった。真っ黒だった目は白く濁りかけている。その白くなりつつ目がこちらを見つめる。首から下は……ない。
 体は解体されている最中だった。 

 「こうやって考えると、人間と動物、どちらが危険生物なんでしょうね」
 サゴさんがヤマバシリの内臓を取り出しながら言った。
 「何であれ、久しぶりに焼いた肉を食えるというのは良いことであろう」
 チュウジは羽をむしりながら答える。
 「そうそう、こいつね。最初に私たちが会ったやつでしたよ。体に酸の火傷痕があったし、足に傷がついていました」
 あいつは俺たちに復讐をしたかったのだろうか。なんにせよ、傷ついたほうが食いついてきてくれたおかげで、俺は逃げ切れたのかもしれない。

 俺もできる範囲で解体の手伝いをすることにした。

 内臓は薬として高く売れるという肝を除いて、全て穴を掘って埋めた。
 内臓を洗って処理するだけの水の余裕は今の俺たちにはない。あったとしても、この鳥の内臓に入っているものを想像すると食べる気にはならない。それにみんな初めての経験で内臓を傷つけずに取り出すということはできなかった。肝がちゃんと取れたのは奇跡といってよい。
 この幸運の肝は腐らず乾燥させることができれば、街で売れるだろう。
 羽も売れるらしいのでまとめて袋につめておく。

 「モミジはねぇ、これ多分良いラーメンスープができると思うんだけどねぇ」
 サゴさんは惜しそうに眺めていた、これも寸胴鍋と大量の水を持っていない俺たちには用のないものだ。
 悪いなと心のなかでヤマバシリに謝って穴に埋める。
 「ラーメン食いたいっすねぇ」
 「ですねぇ……」

 肉はそのまま焼くことにした。
 ナイフの先に肉をつけると、そのまま火で炙る。
 焼けた皮から脂が落ちる度に、焚き火が一時的に炎を強くする。
 「水がなくて煮込みができなくても、土に埋めて蒸し焼きにするとか色々とあるのだがな……」
 チュウジは悔しそうだが、まだもう1羽いる時に外に食材を包む葉や石は探しに行けない。
 「最高のソースは空腹なり。まぁ、パパン直伝の料理は今度食わせてくれ」
 
 「黙るのだ、このハゲ」
 チュウジが俺を罵る。
 「ハゲてないわ!この中二病」
 そう言い返しながら、髪の毛を手ぐしでなでつける。
 ほら、ハゲてるわけ………………ハゲてる、俺。
 俺、後頭部ハゲてる……。

 サチさんが申し訳無さそうに言う。
 「皮膚は術で回復しましたし、髪の毛もそのうち生えてくると思いますが……」
 
 サゴさんと目が合う。
 「オーケーマイボーイ。体験入学とはいえ、我々はあなたを歓迎します。ようこそ、こちら側輝きの世界へ」
 菩薩のような微笑みで彼は微笑んだ。心なしか後光が見える。いや、反射している……。

 「体験入学」ってなんだよ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...