道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

054 旅路 下 ウマとトマトと商売、覚悟

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 隊商は街道沿いに馬車を走らせる。というか歩かせる。
 馬車を引く動物は馬車なんだから当然ウマと呼ばれている。しかし、これが俺たちの考えるウマと似て非なるもの。
 前々から気になっていたが、間近でじっくり見ると違う。
 遠くからさっと見ただけでもやはり違う。
 顔が長い人のことを口の悪いやつはウマヅラと呼んだりするが、この世界ではそのような表現は使えない。
 ウマの顔がウサギだからだ。耳がやや短いもののウサギの顔。これが長い首の先にくっついている。首にたてがみはない。
 顔だけじゃない。しっぽもご丁寧にウサギの尻尾。白くてふわふわしたスプーンの先のような可愛らしいしっぽがついている。
 でも、首から下はウマ、しっぽがついている胴体はウマ。足もウマの足がついている。

 「ウマとはそもそも何だったのか?」
 「哲学的な話に聞こえないこともないが、話者の知性からかんがみると、そういうわけではなさそうだな」
 チュウジがお約束のように煽ってくる。

 「俺にだって高度な知性があるっ!」
 「『もふもふ、もふもふ、もふもふもふー』と意味不明な言葉をつぶやき、下卑た笑みを浮かべながらウマのしっぽに触ろうとして、あやうく蹴られるところであったたバカにあるのがチセイというならば……チの字が白痴のチであるな」
 「うるせぇ。お前の場合はチの字が恥だろ。このパチモン座敷童子! 中2病黒マント! お前のサーコートに今度落ちない塗料でゆるふわキャラ書き加えてやるからなっ!」
 「はいはい、じゃれ合ってると、お嬢様方の目が輝き出しますよ」
 サゴさんが俺たちを黙らせる一言を発する。

 「なんか、元いた世界でのウマがどんな顔だったのか薄れてきちゃった」
 ミカがつぶやく。
 「トマトはトマトでじゃがいももじゃがいもなのに、ウマがウマでないとはこれいかに?」
 サゴさんが首をひねる。
 
 「あ、あっ! あれか、あの神話。乗れなかったんだよね、サチさん」
 俺はサチさんに聞いた神話を思い出した。
 この世界の人々はノアの箱舟みたいな感じで氷の船に乗せられたという話だ。
 ただし、ノアの箱舟と違うところもあって、動物は船に乗せられなかったというあたりだ。
 「言葉を話さないものたちを乗せられなかった、ですね。シカタくんはこれを動物と捉えたわけですね」
 サチさんが答えてくれる。
 「え? 違うの?」
 「この部分、神学論争みたいなのもあるみたいなんですよ。でも、そういう解釈もありますし、私たちからすると、その解釈が一番しっくりきますね……」

 「じゃあ、トマトとジャガイモはなんであるの?」
 ミカが首をひねる。
 「それがさ、前、ドラマで見たんだけど、植物に関しては種子貯蔵庫ってのあるらしいぜ。無事な種を探しに北欧に行くって話でさ……」
 「でも、ドラマだよね?」
 「俺、面白くなっちゃってさ、ドラマ見ながらスマホで検索したんだよね。そしたら実際あるんだってさ」
 ウィキ○ディアは偉大なり。

 「トマトもジャガイモもあるけれど、動物は我らの世界と違うのは……我らの世界とこの世界はもしかして繋がっているのかもしれぬ……」
 「氷の船かなにかで人は眠り、農作物も保存され、動物は外で勝手に進化ってか?」
 どうせ眠りにつくならば愛猫とともに素敵な世界で目覚めたい。まぁ俺は猫飼っていないし、そもそも犬派だけどさ。

 「えっ? あたしたち未来に送られたってこと?」
 「その可能性も考慮に入れる余地があるくらいかもしれません」
 「ただ……考慮に入れて、それが正しかったにしても、我らにできることはない」
 チュウジの言葉で皆は黙りこくってしまって、その日の話はそれで終わりになった。
 それ以来、未来の話というのはしていない。

 ◆◆◆
 
 旅の途中では集落によることもあった。
 集落近辺の安全なところに馬車をとめさせてもらい、少量の商品を販売したり、物々交換で旅の食料を補給したりする。
 残念ながら隊商宿のようなものはなく、商店も基本的になかった。
 サゴさんは寄り道をする度に酒を入れる革袋を探しまわったたが、ついぞ見つからなかった。
 
 「交易の基本は距離による価格の差異とそれを受け止めるだけの市場規模ですからね。途中の集落というのはそういう点ではあまり魅力的ではありません」
 隊商のリーダー、タルッキさんが教えてくれる。
 この人は気さくになんでも話をしてくれる。

 「でもね、通常、あまり魅力的ではない集落であっても信頼関係を築き、情報収集しておくと、お金がたくさん動かせることもあります。たとえば、集落ごとの行事、このとき、情報と信頼があれば、私たちも集落の人も得することができます。だから、誰であっても誠実に接するのが大事ですよ」
 タルッキさんはいつも誠実さを口にする。

 「そんなに商売のやり方教えちゃって大丈夫ですか? ある日、俺たちが商会開いちゃうかもしれませんよ」
 と不躾ぶしつけな冗談を言ってしまったことがある。
 彼はにっこり笑って言った。
 「商売なんて理屈は簡単なんですよ。私たちに関わった人々がみんな得したと思えるようになれば良いんです。いつも言ってるとおり、大切なのは誠実さです。しかし、理屈はともかく実行するのはなかなか難しいことでもあるんですよ」
 本当にそのとおりだ。俺は非礼をわびる。
 俺のわびを笑って受け入れた後に、タルッキさんはつけ加えた。
 「それにね、商会を開き、維持するのはなかなか大変なものです」
 商人の互助組合ギルドの加入権や年会費の額を聞いて、俺の夢はあっという間に消えた。

 ◆◆◆

 商会の若旦那になるという夢はあっというまに潰えてしまった。
 でも、できることならば、今みたいな血生臭くない生活を送りたい。
 そんなことを食事の場でつぶやくと、トマさんに頭をはたかれた。
 「坊主、この仕事も血なまぐさい場面はあるんだよ。血生臭くないのが一番だが、覚悟を決めておかないときついぞ」
 盗賊はゴブリン以上に面倒くさい相手だという。
 用意周到に待ち伏せをするし、矢もばんばん射掛けてくる。
 勝ち目がなければ襲ってこないが、すきを見せれば、一気に畳み掛けてくる。
 誇りもなにもないからこそ、卑怯であり、残酷である。
 「だからな、いざという時に腹を決めて人を切れるだけの覚悟を持っておけ」
 トマさんが静かに言う。
 本当にそのとおりだと思う。わかっているが、俺にそんな覚悟はあるのだろうか。そんな覚悟をもつことができるのだろうか。
 俺にはまだよくわからない。

 ◆◆◆

 トマさんには少しだが、鎖かたびらを着たときの戦い方も習った。
 基本的に移動しているから稽古をつけてもらうという訳にはいかなかったが、それでも勉強になることがたくさんあった。
 
 「いや、怖いんでやめてくださいよ!」
 「大丈夫、最初は誰だって怖いもんだ。力を抜けよ。痛くしないでやるから」
 トマさんがにやにやしながら言う。

 「ほら、刃を通さないだろ?」
 俺の鎖で覆われた前腕を短剣の刃で叩きながらトマさんが笑う。
 「でも、棒で叩かれたような痛みはありますね」
 「それだよ、それ! 鎖かたびらを着たところがすっぱり切られるなんてよほどのことがないかぎり起こらないが、衝撃は鎧下までそれなりに来るわけよ。だから、鎖で刃を受け止めながら大きな一撃を貰わないような戦い方をするわけさ」
 「軽装のときと戦い方が違ってくるんですねぇ」
 サゴさんが感心する。
 
 「あとはな……力抜けよ。痛くしないでやるから」
 「え? 痛い! 今度は痛いって!」
 トマさんはさっと俺をひっくり返して馬乗りになると、足腰を使って俺の腕を封じる。結構痛い。
 「こんな感じで組み伏せられて……」
 顔をそっと撫でられた後に鼻を指で弾かれる。
 「覆っていないところを短剣で突かれないように注意しないといけないんだぜ」

 トマさんに限らないが、先輩たちは皆おちゃめなだ。俺はこの人たちが好きで、彼らと一緒に旅をするのはやはり楽しい。

 ◆◆◆ 
 
 今後の身の振り方に頭を悩ませながら、旅をするうちに、俺たちは無事に鉄の王国首都カステルム・フェロールム、通称カステにたどり着いた。
 武器を抜くことは一度もなかった。
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