道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

057 温泉で再会、不穏な集会

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 翌朝は案の定みんな寝坊した。
 起きたのは昼過ぎ。

 「公衆浴場あるって話でしたよね。行きませんか?」
 無口ながらも一応は動けるようになったサゴさんとチュウジに呼びかける。
 無言でうなずく彼らに話を続ける。
 「アロさんたち、案内してくれるって昨日言ってたから、さっき部屋見に行ったんですけど……あれはダメですわ」

 彼らの部屋からはいびきしか聞こえてこなかった。
 それどころか部屋までたどり着けず中庭でころがっていびきをかいているのもいた。
 「私が部屋に戻るときも飲んでましたからね、彼ら」
 おそらくうちのパーティーで一番最後まで残っていたであろうサゴさんがこめかみをもみながら言う。
 
 「女子部屋に声かけたら、もうちょっと寝てたいから、先に行ってきなよって」
 俺たちは宿の人に場所を聞いて、公衆浴場に行くことにした。
 この地は温泉が湧き出るらしく、風呂の使い方も聞いたところ日本に似ているようだ。
 グラースの街のアカスリも慣れれば悪くないが、久しぶりの日本風の入浴にちょっと心が躍る。

 ◆◆◆

 「おお、サゴさん! ご無沙汰してます。あなた方も登録済ませたんですね」
 公衆浴場の脱衣場で服を脱ぐ俺たちに声をかけてきたのは訓練所の同期でマッチョばかりのパーティーのタケイさんだった。
 パーティーのメンバーの1人と風呂に入りに来ていたらしい。
 すでに服を脱いでいる彼らは相変わらずマッチョである。

 「タケイさんたち、相変わらずギリシャ彫刻みたいな体ですよねぇ。その筋肉やばいっすよ」
 俺が挨拶がてら言うと、タケイさんはにっこり笑って言ったものだ。
 「シカタくん、君だってギリシャ彫刻みたいだぜ」
 俺だって、こんな生活をしてればそれなりに絞れてくる。
 なのに……なのに、どうして、あなたは視線を下に向けながら、ギリシャ彫刻と言うのですか……。
 意味が違うじゃないですか……。

 うつむき加減で歩く俺たちの前でタケイさんたちは胸を張って歩く。
 いやぁ、何もかもご立派で。
 どうしても卑屈になってしまう俺だが、それでも知り合いと会えたのは嬉しい。
 それにこのアニキたちは肉体美を見せつけてくることを除けば、とてもいい人で俺は好きだ。

 「俺たちのアイドル、ミカちゃんは元気かい?」
 そんな話からはじまって、 湯につかりながら、色々と話した。

 彼らは俺たちより先に隊商の護衛の仕事を見つけて、ここカステの街にやってきた。
 その後、牧畜民と取引するという商人の護衛を紹介されて、その仕事を終えて帰ってきたところなのだという。

 「ソでしたっけ? 牧畜民って」
 俺の言葉にタケイさんがうなずく。座学で名前を聞いただけで、会ったことはないが、草原地帯には牧畜を生業なりわいとするソという人々がいる。

 「あいつら、すごいんだよ。肉ほとんど食わないのにすごい体してんの、なぁ?」
 隣で湯船につかるタケイさん隊アニキーズメンバーのスギタさんも深くうなずく。
 そこそこ絞って良い体になったなと水浴び場で桶の水に向かってポージングしてたくらいの俺を見て、股間イモだけギリシャ彫刻としか評価してくれない人がそこまで褒めるんだから、本当にマッチョなんだろう。
 なんて暑苦しい。そんな筋肉パラダイスに行こうものなら、筋肉で窒息死してしまうに違いない。

 「でも、肉食わないって変ですよね。だって、牧畜民だから肉たくさん持ってるんでしょう? 肉食い放題じゃないですか?」
 俺は気になったことをたずねる。
 「それがな、あいつら、家畜をつぶすの嫌うんだよな。だから本当は売るのも嫌みたいなんだ」

 こういうときの解説マシーン、チュウジを見る。
 こちらの視線に気がつくと、無言で首を縦にふるだけで解説してくれない。
 どうも同志チュウジは先ほどのギリシャ彫刻発言で俺同様色々と自信をうしなったらしく元気がない。
 サゴさんがなぐさめているが、その言葉が直接的すぎて、やつを余計追い込んでいるようにみえる。
 放っておこう。

 「そういえばな、お前。広場で変な演説聞いたか?」
 スギタさんがぼそっと言う。
 「変な演説?」
 広場を通ってこなかった俺は首をかしげる。
 「人間の中に亜人が混ざってるってやつ」
 
 この世界の神様は道化の神様。この世界に様々なものをもたらした、らしい。
 ただ、この道化の神様をどのようなものとして解釈するのかで、いくつか宗派があるらしい。
 最近、市街部でよく演説をしているのが、「無垢なる白き神の純血派」、通称、「無垢派」とか「純血派」とか呼ばれる宗派らしい。
 彼らは主流派と違って、道化の神様をもっと清く正しいものとして捉えているらしい。

 「無垢派の解釈では人間は超常的な力を持たされていないはずであり、それをもつ者は人間ではないとする。
 亜人の血が混ざった者か、亜人が先祖返りして人間に見えるだけであり、その本質は汚れており、邪悪である。
 そのような者には制裁を与えねばならない」

 なんか、やべぇよな。スギタさんは彼らの演説内容を教えてくれたあとに肩をすくめる。僧帽筋が盛り上がり、大胸筋が震える。教えていただいたにも関わらずこんな気持ちが出てくるなんて大変申し訳ないが、いちいち筋肉が暑苦しい。

 彼らの教えについて少し聞かせてもらっただけで、どうにも嫌な感じがする。
 ましてや、俺たちのパーティーには癒やし手ヒーラーがいる。彼女を人間扱いしないやつなんて、それだけで俺たちとは相容れない。

 ◆◆◆
 
 「広場を通って帰りましょうか?」
 サゴさんの提案に俺たちはのる。
 長風呂のアニキたちに挨拶をして、先に出てきたところだ。
 本当はこのあと、買い食いでもしながら、のんびり帰るつもりだったが、少し情報を集めておいたほうが良い。

 広場では演説台のようなものの上に乗った男が大音声で演説をおこなっていた。
 気にせず通り過ぎている人もいるが、その場にとどまり、耳をかたむけている人も多い。
 演説の内容は風呂につかりながら、聞いたとおりだった。
 情報量はたいして多くないが、扇動的な言葉を使って、聴衆をあおりたてるような感じだ。
 
 面白いと言ってはいけないのだが、彼が執拗に繰り返していたのが、癒し手の互助会ギルドのことだった。
 癒し手ギルドに所属する人間の全てが信仰をもった聖職者というわけではないが、中には自分に与えられた力を神からの恩寵として信仰をもつ者もいる(もちろん癒し手の力を持たない聖職者もいる)。

 ギルドは世俗の人間を受け入れながら、宗教的な活動もおこなう一派である。
 ここらへんは旅の途中に信仰をもたない癒し手であるサチさんに教わった。
 世俗と聖職の間を行き来するギルドを演説する無垢派の人間は拝金主義者と糾弾する。すると、聴衆から歓声と喝采が飛ぶのだ。

 「今こそ! 浄化が必要なときなのだ。我々はもう一度、汚れた血をもつ者たちを浄化し、彼らに救いを与えてやらねばならぬのだ!」
 演説台の上の狂信者の言葉に喝采が飛ぶ。
 これは……よろしくない。

 「自分たちのために力を使わない癒し手たちを糾弾し、彼らを異端者として排除する。じゃあ、自分たちのために力を使ってくれたら、『汚れた血』はきれいになるのか。聞いているとわからなくなってきますが、勢いがあると飲まれるものなんですね」 
 サゴさんがため息をつく。
 「異端審問や魔女裁判のようなものがこの世界にもありうるわけだ。注意し、場合によってははやめにこの地を離れたほうが良いのかもしれぬ」
 チュウジもまたため息で応じる。
 俺たち3人は足早に宿へと向かった。
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