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第2部2章 草原とヒト
スケッチ II 右手の薬指
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あたしは背が低い。
せめて155は欲しかった。見栄をはってしまった。
本当はせめて153は欲しかった。
これも嘘だ。151でよかった。
あたしが泣いていた時に声をかけてきたのっぽの男の子は訓練所の同期の子だった。
訓練所ではちょっとよそよそしかったのをおぼえている。
話しかけると、すこし相槌をうつくらいですぐにどこかへ行ってしまう。
多分、人見知りなのだろう。ものすごく緊張した顔で長い指で頭をぽりぽりとかきながらぼそっと相槌をうつと消えてしまう。
でも、男の子同士ではそれなりに話していたので、女の子が苦手なだけかもしれない。
あたしが途方に暮れていたときに、話しかけてきた彼はやっぱり緊張した顔だったが、このときは消えてしまったりはしなかった。
緊張した顔で頭をかきながらも、仲間に相談し、無一文のあたしをパーティーに入れてくれた。
彼はあたしと話すとき、視線をあわせようとしてくれる。
あたしが見上げなくても良いように彼のほうが腰をかがめてくれる。
普段はせかせかと歩くくせに、あたしと歩くときは歩みをゆるやかなものにする。
でも、こんな気づかいができるわりには、すぐに顔が赤くなるから不思議な子だ。
男子校と女子校のちがいなのかもね。
いつだったか彼はそんなことを言っていた。
あたしたちは若い男の先生がいたらからかう文化があるけれど、彼らの教室にはそもそも若い女の先生が存在しないらしい。
デートしてあげる、そう伝えたときも彼は耳まで真っ赤になってうろたえていた。
真っ赤になるということは、あたしのこと気になってくれてるのかな、そう思うとうれしくなった。
その後も、彼はことあるごとに耳まで赤くなる。
美人は3日で飽きるっていうけど、嘘だね。
彼はたまにものすごくくさいことを平気で言う。
恥ずかしいから、ほっぺたをつねってやる。
彼の顔に触れられるのはちょっとうれしい。
◆◆◆
ある日、彼がすごい思い詰めた顔をして、あたしに「連れていきたいところがある」と言った。
声を振り絞るようにして言葉をつなぐ彼に少し驚いていると、横にいたパーティーのリーダー格のおじさまが左手を振りながら言った。
「あなたにこういうのを買ってあげたいんだそうですよ」
ニコニコしながらそういうおじさまの左手の薬指には銀色の指輪が輝いていた。
顔が熱くなる。
耳まで真っ赤になっているんだろうな。
少し恥ずかしい。
目の前でこちらを見つめる彼の顔は真っ赤だけど、目は不安そうでまるで新しい場所に連れてこられた子犬みたいだ。
以前、ペアのアクセサリーなんてものについて口走ってしまったことを彼はおぼえていたんだな。
恥ずかしいけど嬉しくなる。
あたしたちは2人で宝石細工をあつかうお店に行って、ああでもない、こうでもないと時間をかけて選んだ。
銀細工で綺麗な彫金が施されている。
彫金された柄が2つの指輪を重ねるとつながるところが、とても素敵だ。
それぞれ右手の薬指に指輪をはめる。
◆◆◆
高校の友だちの中には、色々と経験した子というのももちろんいた。
あたしたち耳年増組は、そういう話をドキドキしながら聞いていた。
あたしの学校はミッション系お嬢様学校ということになっているが、中はけっこう先進的な考えをもつ人が多かった。
中でも校長先生は面白い人で、彼が受け持つ宗教の授業は性教育とジェンダー論と宗教学めいたものが入り混じった不思議なものだった。
性教育といっても、神に身をささげた校長先生は具体的な話をするわけではなかった。
望まぬ妊娠をしないように気をつけながら、性を謳歌しなさい。
(もし、あなたが同性に興味があるならば、無理して異性とつきあう必要もありませんとも彼はつけ加えていた)
お母さんが聞いたら卒倒しそうなことを彼は平気でいった。
同時に年頃の男の子の考えについても彼は述べる。
「結局のところ、恋愛対象が異性であれ同性であれ相手に流されずに自分で意思決定することが大事なのです」
彼はこう述べて、自分の性について自分自身で理解し、自分のペースで決定すれば良いと伝える。
「信仰の道に入る前の先生の性についての悩みはどうだったんですか?」
そんな普通の大人だったら怒り狂いそうな質問にも先生は笑って答えていた。
女の子のことばかり考えていて、気が狂いそうでしたよと。
こんな学校で育ったあたしだから、当然、付き合い始めた彼に何がしたいのか聞いてみたことがある。
彼は頭をかきながら、あたしのことを「いやらしい目で見ている」と言う。
その姿は、自分の性欲について簡単に認めた先生の姿にちょこっと似ていた。
彼の学校では性教育なんてものはなかったらしいが、生物の先生が自発的におこなっていたらしい。
「といってもすごい簡単なものでさ……」
ネットや雑誌で出てくる避妊法は全部信じるな。
物理的に遮断する以外、常に妊娠の危険はある。
だから、コンドームを買え。
ないところでやりたくなったら、頭が冷えるか死ぬまで壁に頭を打ち付けろ。それで死んでも構わない。
「お前らはペーパーテストで多少人より点数取ることができるだけのクズにすぎない。だから、お前らが多少減っても問題ない。だってさ。ひどくない?」
彼は笑っていったあとに、「でもね、俺、あの先生の言っていること珍しく居眠りすることなく聞いてたし、なるほどと思ったからさ」とつけくわえる。
あたしは彼のこういうところが好きなのかもしれない。
「だからさ、元の世界に戻ることがあったら、無茶苦茶エロいことするわ」
あたしの手をとって、指輪をいじっていた彼がいう。
あたしは彼の頬をつねってから、耳元で「いいよ」と答えた。
彼の耳が真っ赤に染まっていくのがわかる。
せめて155は欲しかった。見栄をはってしまった。
本当はせめて153は欲しかった。
これも嘘だ。151でよかった。
あたしが泣いていた時に声をかけてきたのっぽの男の子は訓練所の同期の子だった。
訓練所ではちょっとよそよそしかったのをおぼえている。
話しかけると、すこし相槌をうつくらいですぐにどこかへ行ってしまう。
多分、人見知りなのだろう。ものすごく緊張した顔で長い指で頭をぽりぽりとかきながらぼそっと相槌をうつと消えてしまう。
でも、男の子同士ではそれなりに話していたので、女の子が苦手なだけかもしれない。
あたしが途方に暮れていたときに、話しかけてきた彼はやっぱり緊張した顔だったが、このときは消えてしまったりはしなかった。
緊張した顔で頭をかきながらも、仲間に相談し、無一文のあたしをパーティーに入れてくれた。
彼はあたしと話すとき、視線をあわせようとしてくれる。
あたしが見上げなくても良いように彼のほうが腰をかがめてくれる。
普段はせかせかと歩くくせに、あたしと歩くときは歩みをゆるやかなものにする。
でも、こんな気づかいができるわりには、すぐに顔が赤くなるから不思議な子だ。
男子校と女子校のちがいなのかもね。
いつだったか彼はそんなことを言っていた。
あたしたちは若い男の先生がいたらからかう文化があるけれど、彼らの教室にはそもそも若い女の先生が存在しないらしい。
デートしてあげる、そう伝えたときも彼は耳まで真っ赤になってうろたえていた。
真っ赤になるということは、あたしのこと気になってくれてるのかな、そう思うとうれしくなった。
その後も、彼はことあるごとに耳まで赤くなる。
美人は3日で飽きるっていうけど、嘘だね。
彼はたまにものすごくくさいことを平気で言う。
恥ずかしいから、ほっぺたをつねってやる。
彼の顔に触れられるのはちょっとうれしい。
◆◆◆
ある日、彼がすごい思い詰めた顔をして、あたしに「連れていきたいところがある」と言った。
声を振り絞るようにして言葉をつなぐ彼に少し驚いていると、横にいたパーティーのリーダー格のおじさまが左手を振りながら言った。
「あなたにこういうのを買ってあげたいんだそうですよ」
ニコニコしながらそういうおじさまの左手の薬指には銀色の指輪が輝いていた。
顔が熱くなる。
耳まで真っ赤になっているんだろうな。
少し恥ずかしい。
目の前でこちらを見つめる彼の顔は真っ赤だけど、目は不安そうでまるで新しい場所に連れてこられた子犬みたいだ。
以前、ペアのアクセサリーなんてものについて口走ってしまったことを彼はおぼえていたんだな。
恥ずかしいけど嬉しくなる。
あたしたちは2人で宝石細工をあつかうお店に行って、ああでもない、こうでもないと時間をかけて選んだ。
銀細工で綺麗な彫金が施されている。
彫金された柄が2つの指輪を重ねるとつながるところが、とても素敵だ。
それぞれ右手の薬指に指輪をはめる。
◆◆◆
高校の友だちの中には、色々と経験した子というのももちろんいた。
あたしたち耳年増組は、そういう話をドキドキしながら聞いていた。
あたしの学校はミッション系お嬢様学校ということになっているが、中はけっこう先進的な考えをもつ人が多かった。
中でも校長先生は面白い人で、彼が受け持つ宗教の授業は性教育とジェンダー論と宗教学めいたものが入り混じった不思議なものだった。
性教育といっても、神に身をささげた校長先生は具体的な話をするわけではなかった。
望まぬ妊娠をしないように気をつけながら、性を謳歌しなさい。
(もし、あなたが同性に興味があるならば、無理して異性とつきあう必要もありませんとも彼はつけ加えていた)
お母さんが聞いたら卒倒しそうなことを彼は平気でいった。
同時に年頃の男の子の考えについても彼は述べる。
「結局のところ、恋愛対象が異性であれ同性であれ相手に流されずに自分で意思決定することが大事なのです」
彼はこう述べて、自分の性について自分自身で理解し、自分のペースで決定すれば良いと伝える。
「信仰の道に入る前の先生の性についての悩みはどうだったんですか?」
そんな普通の大人だったら怒り狂いそうな質問にも先生は笑って答えていた。
女の子のことばかり考えていて、気が狂いそうでしたよと。
こんな学校で育ったあたしだから、当然、付き合い始めた彼に何がしたいのか聞いてみたことがある。
彼は頭をかきながら、あたしのことを「いやらしい目で見ている」と言う。
その姿は、自分の性欲について簡単に認めた先生の姿にちょこっと似ていた。
彼の学校では性教育なんてものはなかったらしいが、生物の先生が自発的におこなっていたらしい。
「といってもすごい簡単なものでさ……」
ネットや雑誌で出てくる避妊法は全部信じるな。
物理的に遮断する以外、常に妊娠の危険はある。
だから、コンドームを買え。
ないところでやりたくなったら、頭が冷えるか死ぬまで壁に頭を打ち付けろ。それで死んでも構わない。
「お前らはペーパーテストで多少人より点数取ることができるだけのクズにすぎない。だから、お前らが多少減っても問題ない。だってさ。ひどくない?」
彼は笑っていったあとに、「でもね、俺、あの先生の言っていること珍しく居眠りすることなく聞いてたし、なるほどと思ったからさ」とつけくわえる。
あたしは彼のこういうところが好きなのかもしれない。
「だからさ、元の世界に戻ることがあったら、無茶苦茶エロいことするわ」
あたしの手をとって、指輪をいじっていた彼がいう。
あたしは彼の頬をつねってから、耳元で「いいよ」と答えた。
彼の耳が真っ赤に染まっていくのがわかる。
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