道化の世界探索記

黒石廉

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第2部2章 草原とヒト

093 丸太は持ったか?

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 本陣を守る敵は歩兵ながら、前方で戦っている歩兵たちより明らかに装備が良かった。
 騎兵も若干混じっているようだ。
 従士らしき者も合わせて2人の騎兵がこちらを向く。
 槍こそ持っていないが面倒な相手だ。

 剣を抜き、従士と数名の歩兵とともに突撃してくる騎士に向かって、サゴさんが酸を吐く。
 ウマと歩兵が悲鳴をあげて倒れる。
 ウマから投げ出された騎士とその従士はそれでも立ち上がって、飛びかかったソの若者をそれぞれ切り伏せる。
 ソの戦士たちが持っていた槍はしっかりと騎士たちを捉えたはずだったが、全身鎧は突きを弾いたようだ。

 「騎士は俺たち3人で相手しますから他をっ!」

 ジョクさんにそう告げると、ミカとサゴさんに合図をして、騎士のところに向かう。
 サゴさんを除けば打撃武器装備の俺たちのほうが騎士にダメージを与えやすい。

 「サゴさんは牽制けんせい。俺たち2人で囲むぞ!」
 騎士は鎖かたびらにところどころ鉄の防具を重ねた俺たち3人を見ると、剣を鞘におさめ、腰に下げたメイスに持ち替える。

 左手の盾で身を隠し、メイスを振りかぶったまま、じわりと歩んでくる。
 ミカも同じ姿勢で間合いをつめる。
 その横で俺は金砕棒を八相に構える。

 ぐっと相手の盾が迫ってくる。
 釣られるようにメイスを振り下ろしたミカの一撃を騎士は盾で弾き飛ばす。
 騎士が振り下ろすメイスを弾くように俺は金砕棒をフルスイングする。
 メイスの軌道がそれる。
 足元を払うサゴさんの長柄の一撃をバックステップで避けると、騎士は再び同じ構えを取る。

 「ぶちかませ!」

 ミカが盾に身を隠しながら突進する。
 相手の騎士は踏み込みながらメイスをふるう。
 メイスごと後ろに弾き飛ばされる騎士の左側からサゴさんが思いっきり突く。
 サゴさんの一撃を盾で受け流しているところに、金砕棒を振り込む。
 敵はメイスで叩き落とそうとするも、腰に一撃入る。
 騎士が膝を突き、メイスを落とす。
 
 すかさず金砕棒を叩き込む。
 騎士はすぐに立ち上がると俺の顔をガントレットで殴りつける。
 俺はバランスを崩して後ろに倒れる。
 俺が起き上がろうとするときにはやつはメイスを握りしめている。

 騎士というのは強いものだ。

 第2ラウンドが始まる。
 
 「三方から囲もう」

 俺は横で息を整える二人に伝える。
 俺が正面、ミカとサゴさんがじりじりと左右から回っていく。

 嫌な気配がする。
 首を少し左に向けると、別の兵士が剣を振りかざしながら、横からつっこんでくるのが視界の端にうつる。

 俺は金砕棒を前に突き出して、突進してくる兵士の腹にぶち当てる。
 前に倒れ込む兵士の兜を鉄靴で蹴りつける。
 そのまま金砕棒で相手の頭を砕こうとしたときに、騎士が盾を構えて突進してくる。

 サゴさんの足払いを鎧の重さをものともしないような軽やかなジャンプで避けると、そのまま振りかざしたメイスを俺の頭に向けて打ち込んでくる。
 すかさず金砕棒を横にあげて受け止める。
 衝撃で腕がしびれる。
 剣で受けていたら、叩き折られていただろう。
 背筋に冷たい汗が流れる。

 俺は相手の股間を蹴り上げる。
 お前も嫌な汗かけ。
 
 相手はばっと飛び退く。
 何かで覆ってあったとしても、男子が一番蹴られたくないところだ。

 騎士が飛び退いたところに膝の裏の継ぎ目を狙った長柄の半月刃の一撃が入る。
 膝カックンの凶悪ヴァージョンをくらった騎士が前につんのめる。
 ミカが崩れていく騎士の兜にメイスを叩きつける。
 頭を揺らされて崩れ落ちる騎士の背中に上から金砕棒を叩き込む。
 騎士が膝をつく。
 俺たちが騎士に止めを刺そうとしたときに、でかい肉の塊が横から突進してくる。
 
 「危ないっ!」「避けろっ!」

 俺とサゴさんの叫ぶ中、ミカが肉の塊のタックルを受けて吹っ飛んでいく。
 棍棒を持った大男が叫ぶ。
 棍棒というより丸太だ。
 色々規格外らしく、防具もつぎはぎ細工のような不格好なもので、頭は鉢金みたいなのを巻いているだけだ。
 そして、この顔は見たことがある。
 名前は忘れたが、この体格とこの顔は忘れられない。
 二重あごと異様に盛り上がった僧帽筋に埋もれて胴体の上に直接のっているような禿頭がこちらを向いて咆哮する。
 俺をボコボコにしてくれた酒場の喧嘩屋、トロルみたいなオヤジだ。

 なんでお前みたいな規格外がこんなところにいるんだよ。
 丸太は武器じゃないんだよ。反則だろ、お前。

 トロルおやじは丸太を頭上でぶんぶんと振り回す。
 突進して丸太を振り下ろしてくる。
 俺は飛び退いて避けるのが精一杯だ。
 まともにぶつかって受け流して反撃するとかいう戦い方の通用する相手ではない。

 俺は金砕棒を相手に投げつけ、片刃の長剣を抜く。
 
 前回は力で負けたけど、技と戦術では勝ってたんだぜ。
 俺は心のなかでつぶやく。
 負け惜しみでないことはこれから証明してやる。
 少しの技量の差は体重と高さで容易に覆される。
 でも、やつは喧嘩屋、武器持って切り合いしてきた俺の技量はやつの何倍もすごいことを証明してやる。ついでにナ○は小さくとも肝っ玉はでかいことも証明してやる。

 再びトロルおやじが丸太をかざして突進してくる。
 学習能力がないやつだ。
 俺は相手の眼の前でスライディングすると剣でつま先を狙う。
 でかすぎるのも考えものだよ。
 お前サンダル履きじゃん。
 トロルおやじの足の指が何本か飛ぶ。
 短剣を抜いて、アキレス腱に斬りつける。
 ばちんという音が聞こえて、偽トロルが倒れ込む。
 
 俺は後ろから馬乗りになると、肉でひだができている後頭部を短剣でめった刺しにする。
 ダメ押しに二重あごの奥に隠された首に刃をねじ込んでいく。
 拳闘酒場の壊し屋でいればよかったのに、何でこんなとこに来てんだよ。
 
 俺はトロルおやじにまたがったままミカをさがす。
 サゴさんの手を借りて彼女は立ち上がるところだった。
 俺は胸を撫で下ろす。

 「おまえ、やるな」
 近くにいたオークが声をかけてくる。
 彼らは俺たちが追い詰めた騎士にトドメをさしているのがちらっと見えた。
 ここで起き上がってこられても困るので助かる。

 「まぁな、なんてったって俺は……」

 どこからか、アニソンみたいな曲の熱唱が聞こえる。
 これはやばい。
 やばいのが来た。

 「おいっ! 気をつけろ。魔法……」

 俺の呼びかけが終わる前に、甲高い叫び声がする。
 俺に声をかけてきたオークとそのまわりの数名の足元から黒い蟲の群れが登っていく。
 オークたちは体中をかきむしりながら絶叫し、転がる。
 俺は蟲にかまわずオークを助け起こそうとする。
 蟲は俺がさわるとすうっと消えていく。何だよ、これ?
 「おい、しっかりしろ!」
 こちらの呼びかけにオークが苦しそうにうめきながらも返事をする。
 他は皆倒れて力尽きてしまったようだ。くそっ、相変わらずでたらめな力だ。
 オークの背中を軽く叩いてから、俺は立ち上がる。

 向こうには数名の女性兵士に囲まれて、ダンダラ模様の羽織ならぬコートに身を包んだ男が腹をゆらして笑っている。

 「舞い踊る大賢者†ブレイズ・テンペスト†! ここに推して参る! キャーみんな惚れるなよっ!」
 周囲を囲む女性兵士が自称大賢者の名乗りに合わせて黄色い歓声を上げる。
 女性兵士たちはなんというか実用性よりもエロ重視の防具を着ている。

 世界観が違うところで踊り狂う危険物がこちらを認識した。
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