道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
上 下
123 / 148
第3部1章 探索稼業

114 猿騒動

しおりを挟む
 そろそろ復帰しようかという頃、宿ではタダミたちとタケイさんたちがずっとくすぶっていた。
 どうも下層へ抜けるルートに面倒が起こっているらしい。

 下層へ抜けるには面倒くさい場所があるらしい。
 まず俺たちが探索していた妖かし鉱山より南にある暗いトンネルを抜け、地底湖の南側に出る。

 「まぁ、こちらは問題ないんだが……」
 ハイペースで大穴を進むタケイさんが腕を組みながら言う。血管の浮き出た前腕は相変わらずの存在感である。
 問題ないといっても、洞窟小人が出ることもあり、決して油断できるところではないらしい。
 まぁ、それでも妖かし鉱山のように囲まれるほどの数ではないようで油断さえしなければ「問題ない」。

 「問題はなぁ……」
 「蚊の鳴くような声で頼む」

 「そんなにデカイ声出してないだろ。まぁ、いいわ。問題は、その先でよぉ」
 下層へ抜ける洞窟の前に広がるのが、古代都市と言われる場所である。
 都市というと大きく感じるが、建物は立派だけど、それほど広い範囲に広がっているわけではなく、タダミに言わせると名前負け、「未来村」ぐらいがちょうど良いのだそうだ。

 「そこによ、コザルの小さな群れが住み着いちゃったらしくてよ。通してくれねーらしいんだわ」
 「コザル? なにそれ? ちょっとかわいくないか?」

 コザルはコザルだ。強いて言うならややでかいチンパンジーだ。

 唯一、コザルを見たことのあるタダミの説明はこんなものだった。
 ややでかいチンパンジーがコザルって変だろ。
 なんか別の名前がなかったのかと俺が言うと、タダミは「別に俺が名付けたわけじゃねぇんだからさ」と迷惑そうな顔をする。

 下層にあるコザルの砦と言われる廃墟に群れがいることが確認されているこの動物は少数の群れで行動しており、下層では5、6匹で狩りをしたり、何かを採集しているのに出くわすこともあるらしい。
 知能は高く、探索家が狩りの獲物とみなされることは多くない。ただ、その理由は狩るのに手間がかかる割には可食部が少ないというだけで、狩るのに手間がかからない(つまり、重傷や致命傷を負っている)場合は遠慮なく狩られるらしい。
 
 「肉食のチンパンジーとか怖すぎんだろ」
 俺がそう言うとタダミがチッチッチッと指をふる。
 
 「チンパンジーは雑食なんだぜ。別の猿食ったりもするんだよ」
 謎の動物マニアは得意げに説明してくれる。
 チンパンジーはあの体格でプロレスラーより力がはるかに強い。
 だから、それよりも大きいコザルも危険この上ない。怪物みたいなもんだ。

 「でよ、その怪物が古代都市を縄張りとして、威嚇してくるんだよ……」

 「だから、足止めなんだよ。この前の君らの報告以降、一時期古代邸宅ブームだっが、洞窟小人の警戒も厳重になってブームも終わってしまった。あとはほぼ手つかずの場所といえば下層くらいしかないんだが……」
 妖かし鉱山からつながる古代邸宅は俺たちの帰還後、しばらくは腕に自信のある探索隊がチャレンジする場所になっていたそうだ。
 建物内部にめぼしいものはなくとも、洞窟小人の宗教儀式を襲撃すると、やつらが高確率で遺物を持っているのではないか。
 遺物発見についての噂をきいた他の探索隊が俺たちと同じようなことをして、実際に遺物を獲得したからである。
 しかし、それも早いうちに打ち止めになった。
 何度も宗教儀式を襲撃された洞窟小人たちは、妖かし鉱山から古代邸宅につながる道のりの警備を厳重にしたからだ。
 今では妖かし鉱山に入ったところでいきなり猟犬をけしかけられるそうで、妖かし鉱山自体が実質的に探索不能エリアとなってしまった。 

 「足止めされているっていうわけだよ」
 タケイさんの言葉にタダミがため息をつきながら続ける。

 「今回がはじめてなのか?」
 チュウジがたずねる。
 
 「中層に出てくるのが、ってことなら『はじめて』じゃない。ただ、住み着いたのは、俺が話に聞く限り『はじめて』だ」
 古代都市近辺は狩りに適した場所ではないし、いくらコザルが強いと言っても湖畔でシロワニを狩ることができるわけでもない。
 かつて洞窟小人を狩りはじめて、妖かし鉱山にまで入ったコザルのはぐれがいたらしいが、その後、目撃情報がないので去ったのか、数の力にすり潰されるかしたらしい。

 「ならば待てば良いんじゃないか」

 「そうだよ、だから、ここでくすぶっているんだ」
 
 ◆◆◆

 2週間ほどくすぶった後、俺たちは嫌なニュースを聞くことになる。
 上層でコザルによる被害が出たのだそうだ。

 嘆きの坂で目撃されたコザルの群れは、いつの間にか狩人の水場や恵みの平野にまで姿を見せるようになった。
 そして、大ネズミを狩り、また採集に来ていた人々を襲ったそうだ。
 襲われた人々は命こそ助かったものの重傷を負った。
 このままでは地上にまで現れかねない。
 そのような危機感を持ったのか、人食いブタ騒動では及び腰だった街もすぐに軍を派遣して、上層のコザルの群れは再び中層に追いやられた。

 「猿の惑星ですね」
 サゴさんがSF映画の名前を出す。
 ここが未来の世界でほぼ確定じゃないかという推測は、タダミ隊やタケイ隊のような交流のあるパーティーには話していた。
 ところかまわず話していないのは別にもったいぶっていたというより、一笑に付されると思ったからだ。
 
 「ここから猿の支配がはじまっていくわけか。まさか兄さんたち、体格がゴリラっぽいけど、あいつらの手先じゃないよね」
 ふざけたタダミにタケイ隊は念入りにお仕置きをしていく。
 コブラツイストで動けなくなったタダミの前でジロさんが下着1枚でポージングを決めている。
 「この輝く美しい体のどこをどう見たらゴリラと言うんだ」
 ポージングする者が2人に増え、3人に増えたところでタダミは謝った。

 「コブラツイストと眼前でのポージング、どっちがきつかった? ノミの鳴くような声でささやいてみ」
 「ポージング。なんか汗が目に入ってくるしさ、目をそらそうとしても目の前の彫り物の聖母みたいなのと視線が合い続けて怖いんだよ……」

 ◆◆◆

 結局、軍がなんとかしてくれると思ったのは早計だったようだ。
 上層からコザルの群れを追い払った後、軍はまた引っ込んでしまったからだ。
 どうやら中層以降は、それぞれの探索隊でどうにかしろということらしい。
 もともと下層まで進んでいたチーム、中層に到達できるようになったチームが何パーティーかでまとまって、コザルの群れと散発的な戦闘を繰り広げていた。普段ならば、コザルが人、それも武装した探索隊を襲うことは少ないはずなのだが、どうも凶暴化してきているらしい。そして、コザルは洞窟小人よりもはるかに強いようだ。
 中層まで来たのに実入りが少ない割には戦闘が多い。こうなってしまうと中層に到達できるようになったばかりのチームは櫛の歯が抜けるように大穴探索から離脱していった。

 しばらく様子見を決め込んでいた俺たちだったが、ここに来て重い腰をあげ、古代都市のコザルを追い払うことを考えはじめた。

 「どうもコザルの群れは古代都市に『籠城』しているかのような節があるみたいですよ」
 実際に戦闘をおこなってきたいくつかのパーティーのもとにタダミと大量の酒とともに「情報収集」に行き続けていたサゴさんが赤ら顔で言う。

 「あいつらは縄張り意識が強いんだよ、もともと。下層にコザル砦と言われている建物があってな。その近くを通るだけならなにもないんだが、建物に近づこうとしようものなら歯をむき出して威嚇してくるし、そこで引かなければ実際に襲ってくるらしい」
 とタダミが騒音を撒き散らす。こいつも赤ら顔である。酒のせいでただでさえ性能の悪い音量調節機能が壊れいる。

 「で、古代都市が縄張りになってしまったわけよ。あそこは中に3つほど朽ちていない建物群があるんだけど、それぞれに群れが居座って、どこかを攻撃すると別の建物群から援軍にあらわれて厄介らしい」

 「だったら3ヶ所いっぺんに叩くってのでどうだ。そしたら援軍に側面攻撃とか食らうことないんだろ?」
 
 「だが、戦力分散は一番バカバカしいことだぞ」
 俺の思いつきはチュウジに即座に否定される。
 確かにそうだよな。

 「普通ならそこの中2病の言う通りなんだけどな。古代都市は街路がそこまで広くないんだよ。コザルたちみたいに立体的に動けるのならば別だけど、そうでなければ団子になってまとまってやられるだけだろう。だから、3ヶ所同時攻撃というのは案外ありな選択肢なのかもしれないぜ」
 実際に現場を知っているのはタダミだけだ。
 こいつがそういうのならば、それを信じるだけだ。
 チュウジも「そうか」と一言うなずいただけで特に反論はしなかった。

 「ならば、迷宮マタギ(仮)再結成だな。俺たちでやつらを追い払うぞ!」
 俺は格好良く良いところを持っていった……つもりだった。

 「そうだな、彼氏(仮)」「よっ! 皮の帽子装備(仮)」「禿頭倶楽部とくとうくらぶ仮入部員!」
 どうして、みんな俺をいじるんだ。
 たまには格好つけたっていいだろ。
しおりを挟む

処理中です...