道化の世界探索記

黒石廉

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第3部2章 饗宴あるいは狂宴

120 作戦本部にて

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 下層から戻ってすぐのことだったが、俺たちはとある実験につきあわされた。
 実験は開かずの神殿の昇降装置エレベータを使って人員を下層に送れないかというものだった。
 これがうまくいくならば、下層の砦に人員を送り、防衛拠点を作ることができる。

 しかし、結果はうまくいかなかった。
 下層の建物内にある認証装置を使わない限り、認証されていない人は扉をくぐりぬけられなかった。
 生物全てがそういうわけではない。
 家畜などは認証された者(つまり俺たち)が引いていけば、一緒に扉をくぐりぬけられた。
 どこから連れてきたのか、ゴブリンを使った実験もおこなわれたが、これは無理だった。
 扉的には人も亜人も等しく人であるようだった。
 
 実験ついでに下層を偵察してほしいとも言われたが、それは断った。
 ただ安全度の高い砦内から出ないで良い、なおかつ危険を感じたらすぐに戻って良いという条件で一度だけエレベータに乗り、下層の砦の安全地帯まで赴いたことはあった。

 砦の中にはサイズ的に入れないデカブツは当然いなかった。
 しかし、薄気味悪い化け物がすでに砦まで入り込んでいた。
 
 あれはとても気味の悪い代物だった。でかいおたまじゃくしもどきも気味悪かったが、大きさはともかく気味悪さでは今回出会ったもののほうが勝っていた。
 砦の中にいた化け物は四足だったが、獣といって良いかおおいに疑わしい代物だった。
 四足に支えられた胴体から本来ならば伸びているはずであろう首というものはなく、当然、頭もなかった。
 胴体から伸びているのは無数の触手のようなもので、それが常にうごめいている。
 幅広の大きな口が胴体についている。口は1つではなく、胴体のいたるところにでたらめについているようだった。
 口はあれだけあるのに目や鼻はなかった。
 目がないはずなのに、その化け物と目があってしまったような気がした俺は冗談抜きで漏らすんじゃないかというくらいにびびった。
 一緒に来ていたジロさんとタダミもひっという音とともに息を飲んでいたので、びびっていたのは俺だけではなかったと思う。

 俺たちはこうして扉から出ること無く、エレベータで上層に戻り、そのまま報告に向かった。
 以前に報告したでかい化け物だけではなく、小型の化け物まで砦にあふれてきている。
 それを聞いた将軍だという中年の男は短く嘆息すると、隣の者に耳打ちした。

 斥候隊の生き残りが戻ってきたのは、その数日後だったらしい。
 斥候隊の人員のことは知らない。
 ただし、それなりの腕利きを集めたということだけは聞いていた。
 たった1人の生き残りは報告をおこなったあと、正気を失ったという話を誰かがしていたのが聞こえた。

 俺たちは生き残りの報告の場に居合わせたわけではない。
 意見を聞きたいとしてあとで呼び出されたのだ。
 3パーティーのリーダーとこの前下層の砦で化け物を目撃した者ということで5名(タダミのところはリーダー自ら偵察に来ていたので5名だ)が検問所に作られた作戦本部的なところに行くことになった。

 「俺たちを呼んだってさ、別に何も言えるわけないじゃん。はじめて遭遇した化け物にびびりましたってだけだしな」

 「原因は私たちということにされて、処刑されたりするのは困りますね」

 「俺たちを吊るして化け物が消えるのならばともかく、そうでない以上、処刑はないだろうな」

 そんなことを話しながら馬車にゆられていった。
 街なかで馬車に乗るなんてのははじめての経験で情報がもれないように神経質になっていることがうかがわれる。

 大きな天幕の中で斥候隊の報告について説明を受ける。

 中層にたどり着いた斥候隊は下層に向かうために暗いトンネルに向かったという。
 このトンネルを抜けるか、奇跡を願って地底湖を船で横断する(奇跡は当然起こらずシロワニという危険生物に食い散らかされる)かしない限り、下層への入り口がある地底湖南側にはたどり着けない。

 彼らは暗いトンネル半ばで洞窟小人と遭遇した。
 ただしやつらと戦闘になることはなかったという。
 なぜなら、やつらは追われ、捕食されている最中だったからだ。

 洞窟小人や彼らが連れている「猟犬」とだけ呼ばれる生物を捕食していたのは俺たちが目撃した首なしで胴体に無数の口と触手をそなえた四足の化け物と小型の羽つきおたまじゃくしだったという。
 この2種類の化け物は、時にはおたがいを捕食しながら、それでも確実に洞窟小人やその猟犬を食らい付くしていったという。

 斥候隊はすぐに脱出をはかったらしいが、4名が追いつかれ、洞窟小人とともに四足の獣やおたまじゃくしの群れに飲み込まれていったという。
 その場をなんとか逃れた斥候隊の残り2名は化け物どもの晩餐会にまきこまれないように休息もとらずに来た道を戻っていったという。
 洞窟小人は数も多く、食いでがあるのだろう。
 化け物どもがすぐに追ってくることはなかったらしい。
 戻る途中に見かけたのは地底湖を奇妙な動きで泳ぎながら時折シロワニを躍り食いする巨大おたまじゃくしの姿だったという。
 それを見た2名のうち1名は笑いだすと、そのまま装備を捨てて、人食い湖畔のほうに走っていったという。
 走っていった彼は笑い声と悲鳴を同時にあげながら、シロワニに喰われたという。

 残りの1名はそのあとひたすら走り続け、上層に抜け、検問所までたどり着いたという。
 検問所までたどり着いた斥候隊最後の生き残りは目をぎらぎらと輝かせたまま先の話を一気に語ったそうだ。
 語り終えると、しばらく沈黙した後に笑い声と悲鳴を同時にあげながら、地面を転げ回っていたという。
 今は軍の治療施設に収容されているらしい。

 「そもそも逆さ塔で報告されているような怪物の目撃情報はあるのか?」
 将軍が逆さ塔の探索をおこなっている熟練パーティーのリーダーたちにたずねる。
 彼らはそれに否定で答える。
 そのようなものは見たことがない。
 逆さ塔で遭遇交戦したのはより小型の化け物であったし、形もまったく違うものであるようだと。

 「道化にだまされた赤衣の王と黒衣の王はいつの日か、眠らせていた怪物を解き放ち、恩寵おんちょうを受けた者たちを踏みにじろうとするだろう」
 聖職者らしき老人が朗々と唱える。
 彼らの神話の一節らしかった。
 彼らの神話については昔、サチさんに教えてもらったことがあるが、この部分を聞いたのははじめてだった。

 将軍のそばにいた壮年の男性が将軍に耳打ちをする。
 将軍がうなずくと、男性は立ち上がって自己紹介をする。
 この男性は以前の報告のときにはいなかったはずだ。
 座っている場所や服装から考えると、かなりの高位の軍人だと考えられるのに、今まではいなかった。
 理由はすぐにわかった。彼は別の都市国家所属の軍人だった。

 「サンダルルカン共和国軍所属のシメネスだ。諸君ら探索隊の普段からの共和国への貢献、感謝している」
 シメネスと名乗った男は、頬に残る傷あとを撫でると、俺たちにゆっくりと礼をする。
 頭をあげた彼は、ごつごつした顔に似合わぬ小さな目で俺たちを値踏みするかのように見回す。

 自分でもほとんど忘れていたことだが、俺たちは一応共和国軍所属で遊撃任務についているという建前になっている。訓練所での訓練と支度金をのぞけば給与も出なかったし、なにかしらの任務を国から依頼されることもなかったが、一応、共和国軍の所属ではある。
 共和国へ貢献しているかといえば、まぁ、仕事を請け負ったりして貢献してはいるかもしれないが、大穴探索みたいなグラティアしか得しなさそうな任務も貢献に入っているならば、妙な話である。

 「諸君らは遊撃任務についている探索隊の中でも歴戦の勇士だそうだな。君たちを訓練し、送り出してきた我々も大変鼻が高い。君らを支援してきた共和国市民を代表して礼を言わせていただきたい」
 彼は再び頭をさげる。

 ああ、畜生、すごい嫌な予感がする。
 
 「この非常事態にあたり、我々共和国軍はグラティア・エローリス王国からの要請を受け、王国を庇護下に置き、我が国第二の都市となるであろうこの美しい街の防衛にあたることになった。正式に王国が我らの傘下に入るのは、本隊が到着し、事が解決したあとになるが、それまでは我々防衛軍先遣隊が王国軍に協力することになっている。兵は決して多くない。しかし、我々の力で怪物を蹴散らし、美しい街を守ろうではないか!」

 くそっ! なりふりかまわず逃げ出しておくべきだったかもしれない。

 「本日付で君たちサンダルルカン共和国所属探索隊の特殊任務を解き、グラティア方面防衛軍先遣隊への編入を命ず」
 俺たちは逃げられないことを悟った。
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