147 / 148
第3部3章 フォール・イントゥ……
137 フォール・イントゥ…… II 道化の世界、道化と世界
しおりを挟む
「貴様らは誰だ? ここは予に認められし者しか入れぬ場ぞ」
「お前こそ誰だよ? 人に化け物けしかけておいて、第一声がそれかよ?」
俺が声を荒げると、「王」はぼろぼろと涙をこぼす。
つややかな、だが、どこか干からびた印象を与える肌に涙の筋ができていく。
そして、突然黒板を爪でひっかいたような不快な音で叫ぶ。
俺たちは耳を塞ぐ。
「貴様らは誰だ? ここは予に認められし者しか入れぬ場ぞ」
おい、選択肢のないクソゲーかよ?
「我らは旅の騎士とその従者。騎士レオンハルト・C・ライヒテントリット。従者が失礼なことを申し上げたことを謝罪させていただきたい。先の戦いで頭に傷を受けて多少おかしくなったようなのだ」
チュウジにまかせよう。
俺はだまってチュウジの真似をして膝をつく。
「予はこの世界すべてを統べる者。地上にはびこる簒奪者と裏切り者の子孫を滅ぼす者」
「陛下、簒奪者とは何者か?」
「予の治める世界を横取りしていた者、予が治めるはずの世界を譲り渡さなかった者」
「して裏切り者とは?」
「予をだまし、予の部下を怪物に変えし者。予の前で肉体を捨てた者。予に永遠の命を与え、ここに縛り付け、永遠に笑い続ける者ども」
王は再び黒板を爪でひっかくような不愉快この上ない叫び声をあげる。
赤子のようなつやつやした肌をもちながら、赤子のもつ無垢さをかけらも持たないそれは泣きわめく。
「この世を謳歌する者どもめ、予を受け入れないならば予の部下たちに飲み込まれよ。そう決めて姿を変えた予の部下たちを解き放ったのに、それに抗う者どもめ!」
「王よ、陛下の部下はいかなるものに姿を変えたか?」
チュウジが拳を握りしめながら問う。
「ある者は全てを飲み込む大きな口をもち、ある者はすべてを噛み砕く無数の口をもつ!」
予想はできたが、こいつが街を襲った大災害の元凶だ。
この狂ったブツは始末すべきだ。
俺は剣に手をかけると立ち上がりざまに抜き打って、それの首を刎ねる。
吹き出す血から新しい首が生えてくる。
それは再び泣きわめく。耳を塞ぎたくなるような不愉快極まりない音。
「うるさい、だまれっ!」
ミカが金砕棒で生えてきたばかりの頭を壁に飛ばす。
壁に叩きつけられた頭は半分潰れながらゲラゲラと笑う。
胴体からは新しい首が生えてきて、泣きわめく。
「世界を燃やし尽くしても、抗う者たちはムシのように増え続ける。ならば、予の部下たちのエサとなり、最後の1匹まで食い尽くされれば良いのだ。予は王、予は神、神の前にひれ伏すのだ!」
もう一度首を刎ねようとする俺の後ろでチェーンソーの起動音がなる。
「つまらない話はもう十分ですよ」
サゴさんは王を名乗るそれをチェーンソーで真っ二つにすると、さらに念入りに刻んでいく。
再生を続けようとするところをさらに刻んでいく。
ぶくぶくと泡立つ肉片があたりに飛び散る。
「ああ、そうだ。燃やしちゃってください」
サゴさんが肉片の1つを蹴り飛ばしながら言う。いらない書類をシュレッダーにかけてと頼む会社員みたいな言い方だった。
サチさんが火炎放射器で焼き尽くしていく。
驚くべき再生能力をほこるそれの肉片が少しずつ炭化していく。
俺は転がってきた焼け焦げた肉片をふみつぶす。
「神というのはですね。チェーンソーで殺せるものなんですよ」
サゴさんは血まみれになって笑った。
玉座の後ろから人影が出てくる。
シミのような汚れがところどころに飛び散った汚い白い衣をきたピエロ。
それは手足に見えない糸でもついていて、それに操られているかのように不自然にお辞儀をする。
「道化……の神様?」
「この世界の伝承に姿を合わせたまで。姿は君たちの思うがままにも。たとえば……」
俺の目の前に、禿頭で白く長いヒゲをたくわえ、ゆったりとした長衣をまとった小柄な老人が姿をあらわす。
どこかで見たような……。
「山の老人?」
「ボケの使い回しをするでない」
「あーっ! 俺にハーレムチートくれなかった!」
俺をこのふざけた世界に送り込んだおじいちゃん神様である。
俺の言葉にじいちゃんは「フォッフォッフォ」とじじいテンプレートのような笑い声をあげる。
横ではチュウジが「黒衣の女神よ」とか叫んでいる。でも、俺の前にいるのはくそじじいだ。
どうも見ているもの、聞いているものがそれぞれ異なっているようだ。
おじいちゃん神様は再びピエロにその姿を変える。
俺は剣の柄に手をかける。
「説明をしてほしい。あれは何なのか? お前は何なのか? ここはどこなのか? 俺たちはどうなるのか? 疑問だらけだ。 そもそもお前が敵か味方かもわからない」
俺の質問にピエロはぎこちなく、そして大仰に礼をする。
相変わらず糸で操られているかのような動きだ。
「あれは残留思念」「地縛霊といっても良い」
「永遠のときを地下の宮廷で」「永遠のときを地下の牢獄で」「過ごすもの」
「永遠の快楽を」「永遠の責め苦を」「永劫の狂気の中で体験するもの」
糸の切れた操り人形のようにピエロは崩れ落ち、前から後ろから横から声が聞こえてくる。
俺は剣の柄を手に掛けたまま、あたりを見回すが、何もいない。
なにかの声が話を続ける。
「人であることにこだわり」「人でなくなったもの」
「永遠の生命を望み」「魂をすり減らしたもの」
「全てが欲しくて」「全てを憎んで」「自分のものにしようと敵を燃やし」「自分のものにならないから大地を破壊する」「赤衣の王、黒衣の王と呼ばれるものが成れ果てた」「その片割れ」
「あれが過去にこの世界を破壊しつくした権力者の姿というならば、あなたは誰なのですか?」
サチさんが問う。
「王のそばに仕える道化」「王を諌めることができなかった者たち」「王に力を与えて喜劇の中、踊った者」「白衣を着た道化」「生涯をかけた学問で喜劇を演じた者」
道化、あるいは学者の声は続く。
「あなたたちも人をやめて、ここに囚われ続けているのですか?」
サゴさんはまだチェーンソーを手放していない。
「人はやめた」「人とはなにか」「私たちは私であって私たちではない」「私は私たちであって私でない」
「人しての姿を捨てて」「人が持つ個別性を捨てて」「人としての生命を捨てて」「人を越えた」
「神にも等しい力」「しかし、それを直接振るうこともない」「観測者」
「多にして一」「一にして多」「始まりであり終わり」「直線に進み、もとに戻るもの」
「世界のすべてに同時に存在する」「すべての世界に同時に存在する」「すべての時に同時に存在する」「すべてを同時に見て、すべてを同時に聞く」
禅問答が続く。
多元宇宙、過去、現在、未来の時間的な直線の否定、全ての世界、全ての時に同時に存在する……昔読んだSF小説にそんな話があったような。難しくてよくわからなかったやつだ。
「俺たちはなんでここにいる? 俺たちはどうなる? 一番大切なことを答えてもらっていない」
「君たちは蝶」「羽ばたきで世界に影響を与えるもの」「水面に投げ入れられた小石」「他の石よりよく跳ねる」
「俺たちは世界を救う勇者ってことかよ?」
「世界を救うことの定義も」「勇者の定義も」「不明だが」「君たちは世界を変える可能性を常にもつ」
目の前に映像が浮かび上がる。
元の世界、深夜、道の真ん中でゲロまみれになっている男が車にひかれる。
新聞記事が浮かぶ。被害者の名前は俺の名前。
「この事件の加害者がつかまらなかった世界」「彼は歩道に車で突っ込む」「犠牲者は子供5人」「そのうち1人は将来名を成す医学者になるはずだった」
「君が救った」「大学受験に失敗し、自暴自棄で泥酔してひかれた君が救った」「君は勇者だ」「君が世界を変えた」
馬鹿にしてんのかよ……。
嬉しくない世界の救い方だ。
チュウジがこらえきれずに喉を鳴らして笑う。
「これは1つの世界」「君とは別の君」「しかし、君だ」
「君たちは私たちの祖先につながる者になるかもしれない」「君たちは私たちの中に入るかもしれない」
「君たちは可能性の塊」「はばたく蝶」「跳ねる小石」
「我らの進化をとめる者」「我らの退化をとめる者」
彼(ら?)の話は冗長でわかりにくかった。
ただ、自分たちが意識の集合体として時と場所と時空を越えて存在するようになったことをよしとしていないことだけは確かだった。
神にも等しい存在となったが、世界に干渉することはほとんどできない。
神にも等しい存在となったが、ここから先に進むことはない。
自分たちの中には憎しみはなく、争いもないが、芸術もなく、科学もなく、ただ世界を観測するだけ。
そのような状態になった彼(女)(たち)が唯一できたこと、それが人のもつ魂(?)を改造を加えた肉体と同時に時空を越えた場所に転移させることだったらしい。
それで無数の世界が変化するのを眺めることが楽しみであり、その変化が自分たちにも影響しないかどうか、無限の時空の中でサイコロを振り続けるように転移の結果を眺めることが彼らの希望だったらしい。
俺たちの羽ばたきは、「王」の配下に飲み込まれていく世界を救った。
魔王みたいなのと劇的なラストバトルを繰り広げたわけでもないし、ものすごい強敵をたおし続けてきたわけでもないが、俺たちの選択による偶然の積み重ねが人々が力を合わせ怪物を退ける世界につながった。
そして、俺たちはそのおかげでこの謁見の間に今立っている。
偶然の積み重ねであろうと、それは嬉しいことだ。少なくとも、自暴自棄で泥酔して死んだことが英雄的偉業として称されるよりはマシだ。
「君たちのここでの役目は終わった」「旅立つこともとどまることも許される」
「新しい役目もあるかもしれない」「ないかもしれない」
「元の世界が」「新しい世界が」「この世界が」「君たちを待っている」
「君たちは何を選ぶ?」
「元の世界への皆での帰還。それ以外に何かありますか?」
サゴさんがこちらを見ながら答える。
「皆とは誰か?」
「この世界に魂を飛ばされた者たち全てだ」
チュウジが答える。
「よかろう」「まだ魂を残しているものは帰還させよう」
「この世界はどうなるの?」
ミカが心配そうに問う。
「どうにでもなる」「どうにもならない」「君たちがもたらした良きものも」「君たちがもたらした悪しきものも」「等しく残る」「世界は続く」
「全てを見通したければ、我らとともに観測を続けるのも良いだろう」「この世界に残ることも良いだろう」
俺たちは首をふる。
そんなのはごめんだ。
無責任かもしれないが、俺は俺なりにここで生き抜いた。
あとはこの世界の人に任せる。
ここで関わった人々の顔が頭に思い浮かぶ。友好的にかかわった人たちは俺たちがいなくとも幸せにやっていけるはずだ。いや、俺たちがいなくともなんて考えることは傲慢だ。彼らは大好きだ。それでも俺は帰りたい。
「帰った後、俺たちはどうなるんだ?」
「どうにでもなる」「好きなように生きよ」「この世界に集めた魂はすべて羽ばたきで世界を変える者たち」「可能性の塊」「私は」「私たちは」「観測を続ける」「流転する世界を希み求める」
「行け」「羽ばたけ」「帰還せよ」「凱旋せよ」「飛べ」「落ちよ」
「おおっと!」
床がぐにゃりと抜ける。
ミカの手を握ろうとする。
手が届かない。
「探すからっ!」
彼女の叫びに同じことを叫び返しながら、俺はどこまでも落ちていき、どこまでも昇っていく。
「お前こそ誰だよ? 人に化け物けしかけておいて、第一声がそれかよ?」
俺が声を荒げると、「王」はぼろぼろと涙をこぼす。
つややかな、だが、どこか干からびた印象を与える肌に涙の筋ができていく。
そして、突然黒板を爪でひっかいたような不快な音で叫ぶ。
俺たちは耳を塞ぐ。
「貴様らは誰だ? ここは予に認められし者しか入れぬ場ぞ」
おい、選択肢のないクソゲーかよ?
「我らは旅の騎士とその従者。騎士レオンハルト・C・ライヒテントリット。従者が失礼なことを申し上げたことを謝罪させていただきたい。先の戦いで頭に傷を受けて多少おかしくなったようなのだ」
チュウジにまかせよう。
俺はだまってチュウジの真似をして膝をつく。
「予はこの世界すべてを統べる者。地上にはびこる簒奪者と裏切り者の子孫を滅ぼす者」
「陛下、簒奪者とは何者か?」
「予の治める世界を横取りしていた者、予が治めるはずの世界を譲り渡さなかった者」
「して裏切り者とは?」
「予をだまし、予の部下を怪物に変えし者。予の前で肉体を捨てた者。予に永遠の命を与え、ここに縛り付け、永遠に笑い続ける者ども」
王は再び黒板を爪でひっかくような不愉快この上ない叫び声をあげる。
赤子のようなつやつやした肌をもちながら、赤子のもつ無垢さをかけらも持たないそれは泣きわめく。
「この世を謳歌する者どもめ、予を受け入れないならば予の部下たちに飲み込まれよ。そう決めて姿を変えた予の部下たちを解き放ったのに、それに抗う者どもめ!」
「王よ、陛下の部下はいかなるものに姿を変えたか?」
チュウジが拳を握りしめながら問う。
「ある者は全てを飲み込む大きな口をもち、ある者はすべてを噛み砕く無数の口をもつ!」
予想はできたが、こいつが街を襲った大災害の元凶だ。
この狂ったブツは始末すべきだ。
俺は剣に手をかけると立ち上がりざまに抜き打って、それの首を刎ねる。
吹き出す血から新しい首が生えてくる。
それは再び泣きわめく。耳を塞ぎたくなるような不愉快極まりない音。
「うるさい、だまれっ!」
ミカが金砕棒で生えてきたばかりの頭を壁に飛ばす。
壁に叩きつけられた頭は半分潰れながらゲラゲラと笑う。
胴体からは新しい首が生えてきて、泣きわめく。
「世界を燃やし尽くしても、抗う者たちはムシのように増え続ける。ならば、予の部下たちのエサとなり、最後の1匹まで食い尽くされれば良いのだ。予は王、予は神、神の前にひれ伏すのだ!」
もう一度首を刎ねようとする俺の後ろでチェーンソーの起動音がなる。
「つまらない話はもう十分ですよ」
サゴさんは王を名乗るそれをチェーンソーで真っ二つにすると、さらに念入りに刻んでいく。
再生を続けようとするところをさらに刻んでいく。
ぶくぶくと泡立つ肉片があたりに飛び散る。
「ああ、そうだ。燃やしちゃってください」
サゴさんが肉片の1つを蹴り飛ばしながら言う。いらない書類をシュレッダーにかけてと頼む会社員みたいな言い方だった。
サチさんが火炎放射器で焼き尽くしていく。
驚くべき再生能力をほこるそれの肉片が少しずつ炭化していく。
俺は転がってきた焼け焦げた肉片をふみつぶす。
「神というのはですね。チェーンソーで殺せるものなんですよ」
サゴさんは血まみれになって笑った。
玉座の後ろから人影が出てくる。
シミのような汚れがところどころに飛び散った汚い白い衣をきたピエロ。
それは手足に見えない糸でもついていて、それに操られているかのように不自然にお辞儀をする。
「道化……の神様?」
「この世界の伝承に姿を合わせたまで。姿は君たちの思うがままにも。たとえば……」
俺の目の前に、禿頭で白く長いヒゲをたくわえ、ゆったりとした長衣をまとった小柄な老人が姿をあらわす。
どこかで見たような……。
「山の老人?」
「ボケの使い回しをするでない」
「あーっ! 俺にハーレムチートくれなかった!」
俺をこのふざけた世界に送り込んだおじいちゃん神様である。
俺の言葉にじいちゃんは「フォッフォッフォ」とじじいテンプレートのような笑い声をあげる。
横ではチュウジが「黒衣の女神よ」とか叫んでいる。でも、俺の前にいるのはくそじじいだ。
どうも見ているもの、聞いているものがそれぞれ異なっているようだ。
おじいちゃん神様は再びピエロにその姿を変える。
俺は剣の柄に手をかける。
「説明をしてほしい。あれは何なのか? お前は何なのか? ここはどこなのか? 俺たちはどうなるのか? 疑問だらけだ。 そもそもお前が敵か味方かもわからない」
俺の質問にピエロはぎこちなく、そして大仰に礼をする。
相変わらず糸で操られているかのような動きだ。
「あれは残留思念」「地縛霊といっても良い」
「永遠のときを地下の宮廷で」「永遠のときを地下の牢獄で」「過ごすもの」
「永遠の快楽を」「永遠の責め苦を」「永劫の狂気の中で体験するもの」
糸の切れた操り人形のようにピエロは崩れ落ち、前から後ろから横から声が聞こえてくる。
俺は剣の柄を手に掛けたまま、あたりを見回すが、何もいない。
なにかの声が話を続ける。
「人であることにこだわり」「人でなくなったもの」
「永遠の生命を望み」「魂をすり減らしたもの」
「全てが欲しくて」「全てを憎んで」「自分のものにしようと敵を燃やし」「自分のものにならないから大地を破壊する」「赤衣の王、黒衣の王と呼ばれるものが成れ果てた」「その片割れ」
「あれが過去にこの世界を破壊しつくした権力者の姿というならば、あなたは誰なのですか?」
サチさんが問う。
「王のそばに仕える道化」「王を諌めることができなかった者たち」「王に力を与えて喜劇の中、踊った者」「白衣を着た道化」「生涯をかけた学問で喜劇を演じた者」
道化、あるいは学者の声は続く。
「あなたたちも人をやめて、ここに囚われ続けているのですか?」
サゴさんはまだチェーンソーを手放していない。
「人はやめた」「人とはなにか」「私たちは私であって私たちではない」「私は私たちであって私でない」
「人しての姿を捨てて」「人が持つ個別性を捨てて」「人としての生命を捨てて」「人を越えた」
「神にも等しい力」「しかし、それを直接振るうこともない」「観測者」
「多にして一」「一にして多」「始まりであり終わり」「直線に進み、もとに戻るもの」
「世界のすべてに同時に存在する」「すべての世界に同時に存在する」「すべての時に同時に存在する」「すべてを同時に見て、すべてを同時に聞く」
禅問答が続く。
多元宇宙、過去、現在、未来の時間的な直線の否定、全ての世界、全ての時に同時に存在する……昔読んだSF小説にそんな話があったような。難しくてよくわからなかったやつだ。
「俺たちはなんでここにいる? 俺たちはどうなる? 一番大切なことを答えてもらっていない」
「君たちは蝶」「羽ばたきで世界に影響を与えるもの」「水面に投げ入れられた小石」「他の石よりよく跳ねる」
「俺たちは世界を救う勇者ってことかよ?」
「世界を救うことの定義も」「勇者の定義も」「不明だが」「君たちは世界を変える可能性を常にもつ」
目の前に映像が浮かび上がる。
元の世界、深夜、道の真ん中でゲロまみれになっている男が車にひかれる。
新聞記事が浮かぶ。被害者の名前は俺の名前。
「この事件の加害者がつかまらなかった世界」「彼は歩道に車で突っ込む」「犠牲者は子供5人」「そのうち1人は将来名を成す医学者になるはずだった」
「君が救った」「大学受験に失敗し、自暴自棄で泥酔してひかれた君が救った」「君は勇者だ」「君が世界を変えた」
馬鹿にしてんのかよ……。
嬉しくない世界の救い方だ。
チュウジがこらえきれずに喉を鳴らして笑う。
「これは1つの世界」「君とは別の君」「しかし、君だ」
「君たちは私たちの祖先につながる者になるかもしれない」「君たちは私たちの中に入るかもしれない」
「君たちは可能性の塊」「はばたく蝶」「跳ねる小石」
「我らの進化をとめる者」「我らの退化をとめる者」
彼(ら?)の話は冗長でわかりにくかった。
ただ、自分たちが意識の集合体として時と場所と時空を越えて存在するようになったことをよしとしていないことだけは確かだった。
神にも等しい存在となったが、世界に干渉することはほとんどできない。
神にも等しい存在となったが、ここから先に進むことはない。
自分たちの中には憎しみはなく、争いもないが、芸術もなく、科学もなく、ただ世界を観測するだけ。
そのような状態になった彼(女)(たち)が唯一できたこと、それが人のもつ魂(?)を改造を加えた肉体と同時に時空を越えた場所に転移させることだったらしい。
それで無数の世界が変化するのを眺めることが楽しみであり、その変化が自分たちにも影響しないかどうか、無限の時空の中でサイコロを振り続けるように転移の結果を眺めることが彼らの希望だったらしい。
俺たちの羽ばたきは、「王」の配下に飲み込まれていく世界を救った。
魔王みたいなのと劇的なラストバトルを繰り広げたわけでもないし、ものすごい強敵をたおし続けてきたわけでもないが、俺たちの選択による偶然の積み重ねが人々が力を合わせ怪物を退ける世界につながった。
そして、俺たちはそのおかげでこの謁見の間に今立っている。
偶然の積み重ねであろうと、それは嬉しいことだ。少なくとも、自暴自棄で泥酔して死んだことが英雄的偉業として称されるよりはマシだ。
「君たちのここでの役目は終わった」「旅立つこともとどまることも許される」
「新しい役目もあるかもしれない」「ないかもしれない」
「元の世界が」「新しい世界が」「この世界が」「君たちを待っている」
「君たちは何を選ぶ?」
「元の世界への皆での帰還。それ以外に何かありますか?」
サゴさんがこちらを見ながら答える。
「皆とは誰か?」
「この世界に魂を飛ばされた者たち全てだ」
チュウジが答える。
「よかろう」「まだ魂を残しているものは帰還させよう」
「この世界はどうなるの?」
ミカが心配そうに問う。
「どうにでもなる」「どうにもならない」「君たちがもたらした良きものも」「君たちがもたらした悪しきものも」「等しく残る」「世界は続く」
「全てを見通したければ、我らとともに観測を続けるのも良いだろう」「この世界に残ることも良いだろう」
俺たちは首をふる。
そんなのはごめんだ。
無責任かもしれないが、俺は俺なりにここで生き抜いた。
あとはこの世界の人に任せる。
ここで関わった人々の顔が頭に思い浮かぶ。友好的にかかわった人たちは俺たちがいなくとも幸せにやっていけるはずだ。いや、俺たちがいなくともなんて考えることは傲慢だ。彼らは大好きだ。それでも俺は帰りたい。
「帰った後、俺たちはどうなるんだ?」
「どうにでもなる」「好きなように生きよ」「この世界に集めた魂はすべて羽ばたきで世界を変える者たち」「可能性の塊」「私は」「私たちは」「観測を続ける」「流転する世界を希み求める」
「行け」「羽ばたけ」「帰還せよ」「凱旋せよ」「飛べ」「落ちよ」
「おおっと!」
床がぐにゃりと抜ける。
ミカの手を握ろうとする。
手が届かない。
「探すからっ!」
彼女の叫びに同じことを叫び返しながら、俺はどこまでも落ちていき、どこまでも昇っていく。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
15
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる