銀の花嫁

くじらと空の猫

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19.崩壊

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「うわっ…なんだ!!」

 シェイズは、突然揺れ始めた地面の上でバランスを崩したが、転がる前に空に浮かび地震の影響から逃れることができた。

「じ…地震!?そんな…馬鹿な!!」

 龍の谷が揺れるなど、ありえないことだ!!なぜ…
 シェイズの考えをよそに、 地面はさらに大きくゆれだし、地面が割れ、木が倒れ悲鳴をあげはじめている。

「一人で呆けているな!!」
「あ。」

 シアトは自分がいる辺りの地面に魔力を送り、地を安定させながらなんとか立っていたが、ついにどうにもならにと判断しただこの状況にあっけに取られていたシェイズに助けを促す。

「そっか。地龍は飛べないんだっけ。」
「わかっていたら、どうにかしろ!!俺の力じゃこれ以上押さえるのは無理だ!!」

 シェイズはシアトに向けて、風を放つ。風はシアトをやさしく包むと、彼をふわりと持ち上げ、シェイズの隣へ運んできた。

「え…と、大丈夫か?」
「…まあな。」

 空へ逃げたことで地震の影響から逃れたシアトは、ようやく手を貸してくれたシェイズを冷めた目で見つつ、安堵のため息を吐いた。だが、すぐに厳しい顔に戻ると考え込む。

「どういうことだ。谷で地震がおきるなど。ここは、つねに龍の力が安定していて、 こんなことがおきるはずはないのに…」
「考えていても仕方ないだろ。長達の所へいこう。もしかしたら…さっき見えた銀色の光が、関係あるのかもしれないし。」
「…そうだな。」
「なんとか、風の力の影響は 今のところないようなから、このまま飛んでいくぞ。」
「助かる。」

 まだ、大きくゆれている地面をみながら、シアトはシェイズに運ばれるまま飛んでいく。


 一体なにが…まさか…銀の花嫁になにか…?
 胸に渦巻く いやな予感を押さえながら、シアトは後から行くと言っていた、レウシスのことを思う。

 あいつのことだから…大丈夫だとは思うが…
 とにかく今自分にできることは、あの光の原因を確かめることだと言い聞かせ、その場を後にした。 



******************************




 風龍の力で、どうにか空へ逃れた龍たちは誰もが不安の色を浮かべながら、それを見ていた。
 眩しくもなく、禍禍しくもなく、ただ光輝くその場所を。
 だが、その光が地震の原因を作っていることは、その場にいる誰もがわかっていた。じょじょに、 大きくなっていく光。そのたびに崩れ行く大地。この世界で絶対の力を持つはずの自分達が、なすすべもなくただ眺めていることしかできない。龍たちは、初めて無力という意味を知った。
 風龍の長はだまってそれを眺めていた。そばには、目の前の出来事が 信じられないような顔をしている地龍の長と、思考能力を失ったような顔でそれを眺める火龍の長がいた。

「長…」

 一人の風龍の若者が、不安のあまり声をかける。そばにいた龍たちも、その言葉につられたかのように、次々と自分達の長に問い掛ける。 

「長…このままでは…」
「どうしてこんなことが…」
「我々の大地が…」
「故郷が…」

 だが、長の誰も答えられない。
 これを止める方法がわからない。
 銀色の光が大地を壊し始めたとき、長達は龍族全員でこれを押さえようと魔力をはなった。
 だが…力は消え失せた。銀色の光の前に、偉大なる龍の力が無力化してしまった。何度もためしても、それは変わらなく、ただ、おのれ自身の疲労がたまっていくだけだった。なにもできない。このまま、この大地は滅びてしまうのか。 この光の中心にいるだろう者によって…この地は…

「長!!」
「シェイズ!」

 シェイズとシアトが、風に乗って現れたとき、風龍の長はまず彼らの無事を喜んだ。だが、すぐに安堵の気持ちを隠すようつい厳しい言葉を放ってしまった。

「どこに行っておったのだ!!」
「すいません。それよりもこの地震はなんですか?」

  シェイズの問いかけに答えるかのように、風龍の長が目を向けた先は銀色に光る、この地震の源があった。

「…この光が地震の原因ですか?」
「そうだ…地龍の騎士よ。」
「でも…何故こんな光が…」

 原因を探ろうと、シアトは目を凝らしながらその中心を見ようと目を細める。 すると、光の奥に何かが…何か黒いものがみえた、よく見るとそれは人の形をしているようで…


「ひと…?」
「へ?」

 シアトの言葉に、シェイズもその光に目を凝らす。すると、シェイズの目にも銀の光の中に細長い肢体、広がるように揺れる髪のようなものが見え、驚く。

「あ…なんだ?なにか…」
「銀の花嫁じゃよ。」
「え!?」
「あの光は銀の花嫁が放っているのじゃよ…」

  だが、その正体はあっさりと風龍の長によって告げられる。えっと驚きの声を上げたシェイズは、風龍の長の辛そうな顔に彼らが「何かをした」ことを感じ取った。

「まさか…長…?」
「そうじゃ…お前達を決してここへこさせなかったのは、我々の決定に反対をすると思ったから…」
「そんな!!当たり前じゃないですか!!」
「そうじゃな…」

 シェイズは風長の顔を見て何も言えなくなった。彼は最後まで自分たちの長が最後まで反対をしていたことを知っていた。だが、最後の最後で風龍の長は長たちの判断を優先し、ファリアに対して最悪のことをしてしまったのだ。それを知れば、真っ向から反対するだろうシェイズやシアトをさりげなく、会議場から遠ざけることまでして。

「そう…じゃ…キルゼティスは…あやつは…」

 火龍の長がのろのろと 顔をあげ、シェイズとシアトを見る。だが二人は首を横に振った。

「わかりません。一緒ではありませんでしたから…」
「騎士ならば…騎士ならばあの光を止められる!!各龍族の最強の力を持つお前達ならば…あの娘を押さえることができるはずだ!!」
「押さえる?」
 「あの娘は、まだ使える!お前達の力で押さえることができれば…まだ我々の夢は終わらない!!」

 熱にうなされたように語る、火龍の長の姿をシェイズやシアトはもちろん、他の龍たちも呆然と見ていた。今、彼らの間違った判断で、龍の谷が失われようとしているのに。それでも、過去の妄執から離れることができない、哀れな龍の姿を。

「こんな状況を見て!まだそんなことを いっておるのか!!」
「うるさい!!うるさい!!これは我らの長年の夢!望み!簡単にあきらめてなるものか!!騎士たちよ、あの娘を押さえるのだ!まだ間に合う…まだ…」
「お断りします。」
「なに!!」

 だが、火龍の長の願いはキッパリとシアトから否定されていまう。そんな彼を火龍の長は射殺すような目で見てきたが、そに対しシアトは軽蔑の眼差しで答えた。

「あなた達のくだらない夢のせいで、この谷は崩壊しようとしている。それがわからないのですか。こんな原因をつくったのは、あなたたち…いえ我ら龍族でしょう?」
「あの娘を苦しめたつけが、今来たんだよ。」

 風龍と地龍の騎士の協力が得られないとわかり、火龍の長はがくりと肩をおとす。見るからに力をなくした様子の彼に、風龍の長が静かに寄り添っていた。他の龍たちも長の今まで長の判断に従い、それが良いのか悪いのかさえ考えなかったこと、反対の声を上げることさえしなかったことに恥じていた。

 シェイズはこの谷を壊し続ける光を眺めた。
 …きれいな光だよな。目をさすような光でもなく、邪気をもった光でもなく、ただ一人で輝いている銀色の寂しそうな光。すべてを拒絶して、悲しみにしずんでいる 哀れな光…このままで…いいのだろうか…

 シェイズは初めて彼女と会ったことを思い出す。憎しみをこめた瞳で睨まれた時。彼女の瞳には、憎しみの他に、受け入れられないさびしさが見えた気がした。長い寿命をもつ龍がまだ幼い身の上で、すべてを失い、息を潜めるように逃れる日々、後何十年、何百年そういった生活をしていくるもりだったのだろうか。 そんな彼女を救える人はもう、いないのだろうか……いや、彼女に声を届けられるとしたら……

「シェイズ?」
「ス…」
「え?」
「レウシスを呼んでくる!!」
「え、ちょっとま…」

 シアトが止める間もなく、シェイズはものすごい早さで去っていく。その拍子に風が不安定に揺れ、シアトは地面に落ちかけたがそれを風龍の長が助けてくれた。

「あいつ…」
「レウシス…?水龍の騎士が来ているのか!?」

 ざわり…
 風龍の長が驚きの声をあげ、 辺りにいた龍たちもざわつき始める。この龍の谷では、彼の存在を口に出すことは憚れはばからてはいたが、いろいろな意味で無視できない存在だった。

「…知っていたのでしょう?水龍の長が、ご丁寧なお出迎えをしてくれましたよ。」
「なに…道理で、朝から姿が見えぬと思ったら…」
「なにを今更。彼を国から一歩もださないように、閉じこめていたのでしょう?」

 シアトは、怒りをこめた瞳で風龍の長をにらむ。本来なら長に対しこんな態度をするのは、とんでもないことだ。だが、そこまでしてファリアを追い詰めた彼らに対して、温厚な彼には珍しく叱りを現した。

「まて…地龍の騎士よ。そんなことは知らぬぞ?」
「え?」

 言い逃れをしているのだと一瞬思ったが、戸惑った顔の風龍の長を見るとどうやらそうではないらしい。

「しかし…現に彼は数日、自分の国に足止めをくらって…」



 ドオン!!
 激しい音とともに、地面はさらに大きく割れ、あたりの森を飲み込んでゆく。

「もっと、上空へ上がれ!!」

 風龍の長の声に風龍たちは、他の龍ともども上空へ 移動する。しかし、それが龍の谷の崩壊していく現実を見ることにもなり、龍たちの間からは嗚咽の声さえ漏れ始めていた。


 ガラガラ…ドオオン…

 すさまじい音と共に地が割れ、谷が崩れて行く。

 止められないのか…もう…
 誰もがあきらめかけてきたとき、銀色の光が再び急速に強まった。誰の目にも、もうこの谷は終わりだと実感させられた。これが今まで銀の花嫁を苦しめてきた報いなのだと肩を落としたときだ。



ドオオオ!!




 割れた地面の中から突然、すさまじい水 しぶきが上がる。


「な…」
「うわっに…にげろ!!」

 まともに水を浴びた龍がその場から弾き飛ばされ、他の龍たちも慌ててその場から散会する。そして龍の谷を割り、天に向かって突き抜けていくような水の中には、見慣れない一人の青年の姿、険しい瞳で銀色の光を見つめるレウシスの姿があった。




「レウシス!!」

 シアトの声に レウシスは一瞬だけ彼に目を向ける。だが、すぐに目は銀色の光に戻り、どんどんとその光を広げているファリアを見る。

「レウシス!銀の花嫁はその中だ!!」
「わかっている。」
「レウシス…あの娘を…銀の花嫁を…助けてあげてくれ…」

 弱々しい風龍の長の声にレウシスは、 無言で彼を見つめた。何を今更と、批判されることは承知で、彼の突き刺す視線を真正面から受けながらも目をそらさず願った。

「救ってやってくれ。あの娘を。解放してやってくれ…あの苦しみから…」

 虫のいい頼みだと思いつつも、彼は頼むしかなかった。もう、自分たちにできることは何もなかった。ただ、滅びゆく谷よりも、ファリアを救ってほしいそう本心から願っていた。そんな風龍の長の気持ちを感じ取ったのか、レウシスは小さく頷く。

「そのつもりだ。そのために来た…シアト!」
「なんだ?」

 突然自分の名前を呼ばれたシアトは、驚きあわててレウシスを見る。

「シェイズとキルゼティスはどこだ?あいつらの力が必要だ。」
「シェイズは…」
「二人ともここにいるぞ!!」

 風に乗りどこかにいたのだろうキルゼティスを連れ、シェイズが現れる。久しぶりにあった火龍の友と、レウシスは目でお互いを確かめ合いそして叫ぶ。

「銀の光に向かい道を造ってくれ!小さくても一瞬でもいい!俺がファリアに近づけるように!」

 3人は小さく頷くと、龍身の姿に戻る。そして、 光に向かい持てる限りの魔力を放つ!!



 ゴオオオオオ!!


 一直線に向かった魔力にのり、レウシスは光のもとへ落ちていく。3人が作った道はすぐに無力化され消えつつある。そして、その光に落ちていったレウシスの姿を、3人を始め、長や龍達は祈るような気持ちで見送った。 



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