銀の花嫁

くじらと空の猫

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21.過去の夢

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「どうして、お父さんを知っているの?」
「…」

 ファリアの問いに、レウシスは答えなかった。不機嫌そうな顔でだまっている。

「別に…知っていたとて、おかしいことはないだろう。前の水龍の騎士だったのだから…」

 そうだけど。
 そう言おうとして、ファリアは口を閉ざす。でも、それだけじゃない。それだけたっだら、お父さんのことをあいつなんて、呼ばない。この人はお父さんのことを良く知っている。知っているのに言わない。 何故だろう…

「とにかく、出るぞここから。」

 まるで、その話題を避けるかのようにレウシスはきびすを返す。だがそれに当然ファリアは反論した。

「行かないといったはずよ。私は…」
「谷を壊してももう返らない。なにも。」

 ふりかえずに言ったレウシスの声に ファリアは収まった怒りが再びわき起こってくる。

「あなたになにが!!」
「人も、思いも、なにも返ってこない。」

 …返ってこない…私のあの幸せだった時は…
 わかっている…わかっている…本当は… 谷を壊してもなにも戻ってこない。私の心もきっと晴れない。だけど…

「だけど!!何かにぶつけなければ、私の心は永遠に晴れない!!」

 何かを憎まなければ。
 何かのせいにしなければ。
 何かにぶつけなければ。 
 私は苦しみと、悲しみでいつか押しつぶされてしまう!! 

「父と母を奪ったこの谷を!」

 ファリアの体から、さらなる強い光が発せられる。その光はレウシスの体をも貫き、新たな傷を負われた。

「っ!!」

 これまで味わったことのない痛みに耐えながら、それでもレウシスはここから出ようとはしなかった。 

「よせ!!」

 力の限りに叫んだが、ファリアの体は銀の光に包まれており見ることはできない。声も届いたかわからない。

 だめだ…谷を壊したら、きっともう戻れない。
 自分のしたことに必ず後悔することがわかる。あいつと同じ純粋な心をもつ龍。 その思いをここにぶつけて、そしてその後の谷を見て、きっと傷ついてしまう。そうしたら…もう救えない。

 …約束したのに。
 あいつと。
 必ず守ると。
 約束した…!!
 レウシスは今持つ魔力すべてを解き放った。銀の光に自分の力が 通じないことがわかっていても。それでも。ファリアを止めたくて。

「ファリア!!」

 レウシスの叫び声は、さらに襲って来た光の中に消えていった。 



****************************




 何?何かの声が聞こえる…
 ファリアが目を開けると、そこは一面の花畑。黄色やピンク、白や青さまざまな色の花が、風に揺られ咲いていた。

 ここは…どこ?
 昔、どこかで見たような気がしたが、思い出せない。しばらくたたずんでいると、 突然上から聞こえた雄々しい声に驚き、空を仰ぐ。

「あ…!?」

 ファリアが見上げた先には、まるで空と同化しているような青い龍がいた。 ファリアが見たことのない大きな力に溢れていた。辺りにいる精霊達が彼に圧倒されながらも、近づくのを止めない。知的な瞳はまるですべての正も悪も見抜くかのようだ。見ているだけで、震えが来る。それほど雄々しく抗いがたい印象をもつ龍だった。 
その龍は、再び小さく声をあげると姿を消した。

 あれは…
 ファリアは龍が姿を消した先へ走っていった。 

 あれは…あれは…
 しばらく走ると森が見えてきた。辺りにだれもいないのを見ると、多分、龍が消えた所は森の中なのだろう、ファリアが森へ足を踏み入れようとしたとき

「お父さん!!」

 子供の声が自分の後ろから上がった。 

「え?」

 ファリアはその子供をみて驚いた。まだ、5歳ぐらいの小さな女の子。大きな青い瞳に走ってきたのか、息はみだれ、顔は少し赤い。小さな右手には花を摘んでいた最中だったのか、赤や青の花が握られていた。…そしてその子の 髪は青銀色。ファリアと同じ色。

「まさか…この子…・」

 ファリアがよく見ようと腰をかがめた時、森をかき分けて一人の青年が現れた。

「ファリア。どこに行っていた?探したんだぞ。」

 そう言うと、その青年は女の子を抱き上げた。 

 ファリアって…間違えないこの子…私だ!そしてこの人は…お父さん…小さいファリアは、父親に抱きつき嬉しそうに笑っている。イージスも、小さいファリアの頬をつねりながら笑っていた。

 何…?これは…夢? なの…
 呆然とその姿を見ながらも、ファリアはなつかしさに見回れる。大好きな父親に抱きついていた頃。こんな光景は覚えていない。
だけど…とてつもなくなつかしい。

「ファリア、戻ってきたの?」
「うん!」

 再び森をかき分ける音と ともに現れたのは、ファリアと同じ青銀色の髪を持つ女性。カシェーリア。すらりと伸びた手で、優しく小さなファリアの頭をなでた。

「お母さん…」

 ファリアはもう言葉が出ない。涙で一杯になった目でただ眺めていた。よく見ると今の自分とよく 似ている。いつも微笑みを絶やさなかった母親。笑っていた顔しか覚えていない。

 これは夢なんだろうか…こんなにはっきりと…三人は何かを言いながら、こっちへ向かってきた。
 ファリアが声をかけようとしたが、するりと三人は ファリアを通り抜けた。

 え…?
 何事もなかったように、歩いていくのを見送りながらまじまじと自分の姿を見る。
 私が見えてない?
 目を凝らしてみると、自分の体は透けていた。ためしに、足下の花を摘もうとしてみるが、つかむことは できない。

 私は…ここにいる存在ではないのだ。いくら、叫んでも誰も気づいてはくれないのだとわかり、切なくなる。
 でも…会えたんだ。また…三人の去った方向を眺めながら、さびしく笑う。どうして、こうなったのかわからない。 けれど…ファリアが考えていると、突然目の前の風景が一変した。彼女が何かをいうひまもなく、ファリアは月が輝く夜の空に一人で浮かんでいた。 

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