銀の花嫁

くじらと空の猫

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22.過去の夢-兄弟

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 暗闇の中、僅かに道を照らす月の光をたよりに、ファリアは父と母を探そうと辺りを飛び回る。どうやら、存在しない自分は空を飛べるらしい。ふわふわと風に乗りながら、風龍はこんな風にいつも空を飛んでいるのかとうらやましく思う。 
 森の中にやっと気配を感じた。ファリアは迷うことなく、そこへ進む。
 きっと、父と母が…小さい自分がいる。ファリアの体は、洞窟を通り抜けた。そして、彼らを見つけた。小さな火を囲みながら座っている彼らを。 母の膝の上で幸せそうに眠る自分を見て、何故か安心する。カシェーリアは そんなファリアの頭をなでながら、小さく子守歌を歌っていた。

 この歌…覚えてる。
 よくお母さんが歌ってくれた…カシェーリアの口から流れる不思議な旋律の歌は、すべてのものに安らぎを与えるように、やさしく辺りを包んでいた。 イージスも横になりながら、その歌に耳を澄ましているようだ。ファリアが完全に眠ったのか、カシェーリアの歌が止まる。イージスが目を開けると、カシェーリアは膝にいるファリアを悲しそうに見つめていた。

「カシェーリア?」
「…この子には… いつもすまないと思って…」

 イージスは起きあがると、黙ってファリアを見つめた。

「まだ、こんな小さいのに、つらい旅につき合わせてしまって…私が…私の…せいで…」
「カシェーリア」
「私は怖いのよ。イージス。いつか、もしかしたら、 この子を守れなくなる日が来るのではないかと。私と同じ運命を背負わせてしまったこの子を、守れなくなる日が来てしまうのでないかと。」
「カシェーリア…」
「イージス。あなたにもすまないと思っています。私のせいで、あなたは騎士の位を捨て 追われる立場となって…」
「それはもう言わない約束だろう?カシェーリア。」
「でも…」

 イージスは目の前にある炎を見つめながら言った。

「言ったはずだ。後悔などしていないと。私は今でもこの選択はただしかったと思っている。私は…前から 銀の花嫁というものに疑問を抱いていた。何故、彼女たちは龍として生きることを許されていないのかと。閉じこめておく必要があるのかと。だが、カシェーリアと会って私の疑問は間違っていないと思った。これではいけないと。だから…」
「イージス…」 
「それに…火龍の元へ嫁ぐのだと聞いたとき、私は余計にそう思ったよ。そして…お前をそんな所へ行かせたくないと。」

 少し赤くなりながら話すイージスに、カシェーリアは笑う。

「私は本当に幸せです。本当に…だから、この子にも幸せになってもらいたい。」 
「大丈夫だよ。二人で…ずっと守っていくのだから。」
「はい。」

 二人は笑いながら、愛しい娘を見る。すやすやと、両親の愛情を一心にうけている、この世界でどんなものよりも大切な娘を… 

 ファリアは、胸が押しつぶされそうだった。うれしくて。本当に自分が愛されていたことがわかって。ずっと見ていたかった。この幸せな時を…だが、ファリアの思いとは関係なくまたもや辺りの風景が一変する。

 あ…まって!
 薄れ行く父と母の姿に、もう少し 見ていたいのだと願うがかなわない。そして…辺りは再び闇に覆われていた。 



**********************************



 月も星も見えない。だが…においはする。このにおいはなんだろう。紙と…墨のようなにおい。辺りが闇に覆われているので何もわからない。だが、どこかの部屋にいるようだ。 ファリアは、どうしてこんな部屋にいるのか首を傾げる。ここは、まったく自分の記憶にない所で、懐かしさもなにも感じない。自分の見ているのが夢ならば、こんなとこを思い浮かべるはずはないのに…



バァン!!!

「ひゃ…」

 闇の奥から聞こえた、荒々しい音に ファリアは飛び上がる。

「な…なに今の音は…」

 なにかをぶつけたような音だった。闇に慣れてきた目を凝らすと、奥に扉がみえる。そしてわずかだが、声も聞こえた。闇が少し怖くなったのと、あの音に興味をひかれ、ファリアはそこへ移動する。ふわふわと質量のない体はするりと扉をぬけだが、同時に老人のどなり声が聞こえた。

「なんということをしてくれたのだ!!」


 バァン!!

 老人は手近にあった本を、苛立ちのまま再び机の上にたたきつける。先ほどのは、この音だったのかと納得しながら、ファリアはその部屋をぐるりと見渡した。
 壁には本棚があり、なにやら難しげな本がびっちりと並んでいた。 部屋の大きさもそれほど広くはない。真ん中には机がおかれ、男のひとが5人ほどはいれば、もうびっちりになってしまうのではないかと思われるぐらいだ。その部屋には、怒鳴り声をあげていた老人と、15歳ぐらいの少年がいた。机の上に置かれているランプの光を、まるでさけているように 立っているのか、少年の顔はよく見えない。

「わかっているのか!!この不始末を!!」

 老人は怒りの原因は、すべてその少年のせいだとでもいうように、感情を隠すことなくぶつけていた。少年はそれをだまったまま聞いていた。だが別に老人の怒りを恐れたためではないようだ。 

「なんとか言ったらどうだ!!」

 また、バァンと本をたたきつける。

「私に怒りをぶつけられても困りますね。」

 少年らしかぬ冷ややかな声に、老人の怒りはさらに膨れ上がる。

「困るだと…!!よくもぬけぬけと!!!」
「そう言われても長。そう命じたのは貴方で、私ではありません。」

  長…ファリアは少年の言葉に体をこわばらせながら、老人の顔を見ようと移動する。

「…!!」

 ファリアが見た老人の顔は、彼女が何故か恐れを感じていた相手。少し年若くは見えるが、彼女の記憶そのままの水龍の長だった。 

 どうして、どうして私の夢にこの人がでてくるの?これは…私の夢じゃないの?
 ファリアは、老人が自分に気づくことがないとわかっていたが、それでも彼から離れたかった。自然と拒否する体に従うままこの場からいなくなりたかったが、この夢はファリアの意思とは関係なく動いていくようだった。

「貴方の失態を、私に押しつけないで下さい。」
「なんだと…よくもそんな口を…」

 少年の言葉に、 水龍の長の気配が変わる。あたりをすべて威圧するように。憎悪の瞳ですべてをつぶすように。だが、少年はそれに恐れる気配など微塵もない。ファリアは少年が微かに笑ったように感じた。

「それで?なんの用なんです。あいにく、私も暇な身ではないので。」

 ぎりぎりと長の歯の 音が響く。ファリアはなんとなく、はらはらとして成り行きを見守った。どうして、この少年は長を刺激するようなことをわざと言っているのだろう。

「奴の不始末…お前が取れ。いいな。」
「…おことわりします。なんで、私が…」
「いいわけは許さん!!お前の血族の引き起こしたこと!!必ずやつをイージスを殺してこい!!」

 え…?イージスって…お父さん!!?
 突然出てきた父親の名に、ファリアが驚いていると当然そんな彼女がいることを知らない二人の会話はどんどん進んでいく。

「奴のしたことは水龍、火龍の全面戦争を引き起こしかねん!!火龍どもが、どれほど怒っているのかお前も知っておろう!!同じ龍同士で戦うことがあってはならぬのだ!!絶対に!!」
「…」

 せ…戦争?
 ファリアはあまりの重大な話に体が震える。父が母を連れだしたことは… そんなことをも引き起こしてしまうことだったのか。同じ龍同士が争ってしまうぐらい。だから…父と母は殺されたの?これらを引き起こした裁きとして、元凶を葬ってしまおうと…

 かちかちとなる歯が異様に響く。おそらく彼らにこの音は届いていないだろう。だが、ファリアは一生懸命この音を止めようとした。彼らに気づかれないように、彼らに自分の存在が知られないようにと…だがファリアの震えは次の言葉によって止められることとなる。

「兄の不始末は、必ずお前が取れ。」

 水龍の長の言葉に、今まで不遜の態度をとっていた少年の肩が、 ぴくりと動く。

 え?兄?兄って…お父さんのこと!?
 イージスに兄弟がいたなど聞いたことのないファリアは驚き、その驚きによって単純にも震えが止まった体は、ファリアの興味を少年に向けた。

 お父さんに弟がいたの?全然しらなかった…
 驚きに包まれながらも、先ほどまでの長への恐怖はどこへやら、ファリアは少年の顔を見ようと辺りをぐるぐる飛び回るが、ランプの光が届かなく、見ることはできなかった。 ランプを動かせたらいいのにと、はがゆい思いに耐えながらも、ファリアは興味津々で少年の顔が見れる時を大人しく待つことにした。
 長は、少年が先ほどまでの自分を馬鹿にした態度に変化を与えたことを感じ、満足げに笑った。やっとお前の顔が変わったな、とでも言いたげに。 

「わかったな。新しき水龍の騎士よ。これが、お前の初仕事だ。…レウシス。」

 レ…レウシス!?
 長がランプを掲げ、少年の…レウシスの顔を照らし出す。まだ、あどけなさを残しながら、子供には不似合いな、そしてファリアの知るレウシスよりも冷たく、見る者をゾッとさせるナイフのような瞳で彼は無言のまま、水龍の長の命を受けた。 

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