銀の花嫁

くじらと空の猫

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23.過去の夢ー雨の中の強襲者

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 水龍の長が部屋から出ていった後も、その少年…レウシスは無言のまま動かなかった。あいかわらずあの無表情のまま、何も言わずただその場に立っていた。ファリアはいごごちが悪く、そわそわしながらも幼いレウシスを見ていた。 

 面影は…あるんだ。
 じっとレウシスの顔を見ながら、契約龍となっている青年の姿を思い浮かべる。幼い頃から無表情、無愛想だったのだとファリアは秘かに笑ってしまう。だが、決定的に違うところがある。 それはファリアでもゾッとするような、鋭い瞳。ファリアの知っているレウシスは不機嫌な顔をしながらも、瞳にはなにか柔らかいものがあった。だが、このレウシスは違う。すべてを拒み、憎んでいるような 冷たく、感情のかけらの一つも感じない。子供らしさなど一切ない、大人でもそんな瞳をもつものはめったにいない。



 …ファリアの知らないレウシス。




 バンッ!!




 突然、今まで黙ったままだったレウシスが両手の拳を壁にたたきつける。 




 ダンッ!!ダンッ!!ダンッ!!



 何度も何度も、狂ったように壁をなぐりつけ、やがてその拳からは赤いものがにじみ出てきた。だが、レウシスは一向に止めようとはしなかった。だんだんと拳の跡が赤く染まっていく壁を見て、 ファリアは思わず声をあげる。

「やめて!!やめて!!」

 届かないとわかっていても、ふれられないとわかっていても、思わず彼の手をつかみ止めさせようと手を伸ばす。当然彼女の手はそれを止めることができずすり抜けるだけだったのだが、不意にレウシスは、ファリアの声が聞こえたと思われるようなタイミングで手を止めた。



 どろり…




 自分の手を染める色をレウシスは無表情に見た。まるで、それがなにかわからないように。何故、自分の手が赤く染まっているのかわからないように。



 ポタリポタリ…




 血が拳から腕を、肘を伝い床に落ちても、 相変わらず彼はただそれを見ていた。逆にファリアの方がそれを見て真っ青になる。

 なんで…なんでそんなに無表情なの!?痛いはずなのに!あんなに血が流れていたら、死んでしまうじゃない!!
少しパニックになり始めているファリアを余所に、レウシスは無言のまま両手を眺めていた。 そして、ふと顔をあげ、彼の手と同じように赤い色がついてしまった壁を眺める。ぼんやりと。そして…憎しみをこめて。



ダンッ!!



 これでもかと言うぐらい再び壁に拳をたたきつけ、彼は止まった。ぴしゃりと血が飛び、 彼の頬を汚した。そして、まるで呪詛のように言葉を放つ。

「いつも…いつも…お前は…お前のせいで…お前のせいでオレは!!!」

 ダンッ!!
 また、血が飛びファリアは悲鳴をあげそうになる。

「必ず… 必ず殺してやる…お前を…イージス!!!」

 レウシスは叫ぶと手を血で染めたまま荒々しく部屋を出ていった。ファリアは呆然と、何もできず、何も言えずただ、彼を見送るしかなかった。 


 …知らない…あんな…
 いつも、冷静沈着。その言葉がぴったりなウェルド国の契約龍。そんな彼の思いもよらぬ姿に、ファリアはいう言葉が見つからない。何があったのだろう。父親、イージスとの間に。

 …兄弟なのに。
 なんで、彼はあんなにお父さんを憎んでいるのだろう。
 何故…
 ファリアの問いに答えるものはなく、再び景色はどこかへ移動していく。そして、彼女がたどり着いた所は暖かい両親の いる所だった。



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 彼らは楽しそうに笑っていた。幸せそうに。三人で広い花畑の中を駆けずりまわっていた。

 レウシスのあの憎しみも知らぬまま…
 ファリアの心は先ほど見たレウシスの姿が、目に焼き付いて離れなかった。自分の楽しそうな姿を見ても、彼のことが気になってしょうがない。 心にわき上がるのは疑問ばかり。だがその疑問はこれから見せつけられる出来事によって彼女の目に明らかになってゆく。

 笑っていたイージスの顔が強張り、空を仰ぐ。カシェーリアは夫のその様子に不安を覚え、思わずファリアの小さな体を抱きしめていた。唐突に捕まってしまったファリアは何が起こったかわからず、きょとんとした顔で 大人しく母親の胸の中にいた。

「いけ…」

 これまでに聞いたことのないイージスの緊張した声。カシェーリアはそれに問いかけることもせず、彼の言葉に従い、ファリアを連れ急ぎ森へ消える。イージスは、視線を空から決して動かそうとしなかった。 

「なに?」

 ファリアが見ても、空には何もなかった。ただ、さっきまで晴れていたのに何故か黒い雲が空を覆い始めている。一雨ひとあめくるのだろうか。ファリアがそう考えたとたんにポツポツと雨が降り出す。雨は次第に激しさをまし ながら、地上にいるイージスに降り注ぐ。イージスは結界でそれを防ぎつつも、あいかわらす空を見ていた。そんな中、雲の中から時折光るものが見えた。まるで、龍のように長く、光る雷は次第に数を増やしながら一カ所に 集まりだし、そして…


 カッ!!

 ドドーーン!!


 地上にいるイージスめがけ襲いかかる!!

「お父さん!!」

 イージスは自分の結界を強固し、そしてその場から逃げる。




 ドゥゥウゥン!!




 イージスの張った結界は雷の力に耐えきれず、 砕け散った!!だがその前にイージスは結界から脱出しており、無事だった。もし、あのままそこにいたら彼も怪我を負っていただろう。ファリアはほっと胸をなで下ろす。だが…龍の結界が、たかが雷に敗れ去るものだろうか。そんなはずは…

「久しぶりだな。まさか…お前が 来るとは思わなかったよ。」

 イージスがどこか優しさをたたえて見た先には、激しく降り注ぐ雨の中、濡れることも構わないまま感情のない目で彼を見ているレウシスの姿があった。だが、彼はイージスの声が聞こえなかったかのように、片手をあげると空に雷の力を集め始める。

「レウシス!?」
 
 あの雷はレウシスのしたこと?
 ファリアの疑問は、彼の手に集まっていく雷の力が答えだった。レウシスはそれが大きく集まったのを横目で確認すると、目標に向かって指を指す。雷はイージスに向かって次々と落雷していった。

「レウシス!!」

 イージスはそれを結界で防ぎ、時には振り払いながら自分を攻撃するレウシスへ少しづつ 近づいて行った。

「やめろ!レウシス…やめてくれ!!レウシス!オレは…」
「裏切り者の声など聞くつもりはない。」

 自分と戦う事を望まないイージスの言葉を、レウシスは冷たく一蹴すると、彼は片手で雷を操りながら 降りしきる雨を使い、反対の手で水の力を集めていく。

「オレはお前とは戦いたくない!!レウシス!!」
「ならば、さっさと死ね。」



 グォォォォ!!



 レウシスの集めた水が、渦を巻きながらイージスに向かう。




「レウシス!!」




 イージスは足を止めると、自分でも水を集め同じように渦のまいた水を彼に向かって放った!




 ドォォォ!!




 激しくぶつかり合った渦は、お互いの力をぶつけそして、消滅する。

「…」

 レウシスはそれをだまって見ていた。 いや…それを相殺したイージスの姿を…

「レウシス…」
「なまったものだな。あの程度でもう息をつくのか。」

 レウシスは呼吸の早くなっているイージスの姿を、軽蔑のまなざしで見つめた。だが、イージスはその言葉に微笑みを 返す。

「そうかな。そうじゃないと思う。今まで他の龍から逃げれていたのだから。お前の力が強くなったのだろうさ。」
「…」

 殺し合いをしているというのに、あくまでもレウシスを見るイージスの目は優しい。だがレウシスの目はそれに苛立ちを募らせ、瞳の中は険しい色で染まってゆくばかりだった。

 …どうして、お父さんはレウシスをあんな風に見れるの?いくら兄弟とは言え、お父さんを …こ…殺しにきた彼を…ファリアは息を潜めながら、自分が知らない過去の出来事をただ見守るしかなかった。 


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