銀の花嫁

くじらと空の猫

文字の大きさ
上 下
25 / 39

24.過去の夢ー小さな守り手

しおりを挟む
「長の命を受けた。お前を殺せと。」

 レウシスの感情の無い言葉に、イージスは悲しそうに瞳を伏せた。だが、そんな黙ったままの彼に無感情だったレウシスにも苛立ちが募ったのか、小さく唇をかむ音とともに、憎しみの籠った言葉が吐き出された。

「お前のせいで…オレは…」
「レウシス?」

 弟のそんな顔を始めてみたように驚きながら、イージスは彼の側に近づいていく。そして無謀にも彼に触れようと手を伸ばしたが。

「どうした?何があった?」
「な…にがあっただと…」

 ぴしゃりと放たれた小さな雷は、イージスの指先を容赦なく焼いた。その痛みに言葉を飲み込んでしまったイージスは、ぶわりと魔力を高め始めたレウシスへと慌てて距離を取る。 

「レウシス!!」


 カッ!!
 いつのまにあんなに集まっていたのだろうと思うほどの大きな光の矢は、イージスの頭上から 何十本もの数に分かれながら襲い掛かる!

「くっ!」

 イージスが避けようとするが、光の矢は上だけ出なく前からも後ろからも向かってきた。

「な…うわぁぁぁぁ!!」

 予想以外の動きに、イージスは何十本もの矢に貫かれ悲鳴を上げる! 矢は彼の体に刺さったまま、雷の力をそのまま彼に伝える。体中から受ける電撃の力に、イージスは悲鳴にならない声をあげた。わずかに立ちこもる煙は、彼が受けている攻撃のすごさを伝えていた。

「や…やめて!!」

 ファリアは悲鳴を上げている父のもとへ駆け寄る。
 だが、なにもできない。
 ただ、父の苦しい声を聞き、涙を流しながらもうやめてくれとレウシスを見る。




 はあ…はあ…
 荒い息を吐きながら、顔には脂汗を流しているレウシスを見て、ファリアは驚く。 この攻撃を維持するのは、レウシスにとっても辛いことなのだと、必死で矢を抜こうとするイージスの体を押さえつつ、攻撃を持続させることは、彼の力と体にもかなりの無理があるのだろう。今にも倒れそうなほど辛そうだ。 
 だが、あの瞳は変わらない。
 憎しみをたたえたまま、変わらない。

「く…」

 初めてレウシスが苦しさから声を出し、自分の胸を押さえる。意識を失うのを必死でこらえている…そんな感じだった。

「やめて!!やめて!!」

 突然、哀願する叫びとともに現れたのは、カシェーリアだ。すさまじい魔力の流れを感じて、不安になって見に来てしまったのだろう。そして、夫の倒れた姿を見て、耐え切れず飛び出してきてしまった!

「やめて、やめて下さい! お願いします!お願いします!!」

 涙を流しながらひざをつき、イージスを背に庇いながらレウシスに向かい必死で頼み込む。

「…」

 レウシスはその姿を見ても、何も言わずただ雷に焼かれている兄の姿を見ていた。

「お願いします!あの人を苦しめないで!!」
「…ずいぶんと勝手ないいぐさだな。銀の花嫁。この原因を作ったのは誰だ?」

 不快の表情を隠さず、レウシスはカシェーリアに向けて冷たく言い放った。

「承知していたはずだ。どうなるかを。自分達の運命を。その上で選んだはずだ。 苦しみの道を。」
「わかっています…私が…谷へ戻れば…」

 イージスを助けてくれるのか?まるで、すべてをなかったようにできるような問いかけをするカシェーリアに、レウシスは軽蔑の眼差しを見せた。

「よ…せ…」

 搾り出すような声でイージスは彼女を止めた。 だが、カシェーリアは彼を涙を浮かべた目で振り返り、軽く首を振った。

「やはり、無理だったのです。私達は…私が…望む幸せは…」

 そういうと、再び声を出すことができなくなったイージスから、レウシスの方へと向き直り、彼の攻撃をやめるよう再び頼み込んだ。だが、その願いをレウシスは笑いながら 一蹴する。

「お前が戻っても喜ぶのは、火龍達と面子を保てた水龍の長だけだ。そいつの運命は変わらない。裏切り者として追われるのは変わらない。そいつが助かる道はもうない。」
「そ…そんな…」
「第一にオレがそいつを 殺すのは長に命令されたからだけじゃない。オレは…そいつが嫌いなんだよ。この世で一番!!」

 苦しそうに顔をゆがめながら、レウシスはイージスに放つ力を強めた!
 カシェーリアが悲鳴を上げながら、イージスに近づこうとするが 彼の周りを飛び交う小さな火花に押しとどめられる。半ば、意識を失いかけているイージスの叫び声があたりに響き渡り、カシェーリアが絶望に襲われたとき突然イージスを襲う力が消えた。

「え…」

 ぐらりと倒れる夫の体を受け止め、 いぶかしげにレウシスを見た先には、一人の少女の姿があった。

「ファリア!!!」

 泣きそうな顔で顔をゆがませながら、父と母の前に小さな両手を必死で広げ守ろうと、レウシスの前に立ちふさがっているファリアがいた。 


 わ…私?
 ファリアは、幼い頃の自分がそんな行動に移っているのが信じられなかった。

 覚えていない。
 全然。
 我ながらなんと無謀なことをしているのか、思わずあきれてしまう。

 でも…そうしたら…これが本当のことならば、 自分はレウシスと会ったことがあるのだ。
 こんなふうに。
 彼の前に立ちふさがって…

「ファリア!!」

 カシェーリアの悲鳴のような叫びも、幼いファリアには届いておらず、ただ彼女は両親を痛めつけているらしい人物を睨みつけて いるだけで、精一杯だった。

「で…お父さんをい…いっ…いじめないで…」

 か細いながらも、はっきりと言いながらレウシスを見る。苦しそうな荒い息の中、レウシスはただその子供を見ていた。

「い…いじめ…」

 沈黙に耐えきれなくなったのか、ファリアは泣き出す。しかし、その場を動こうとはしない。怖いはずなのに。泣き出してしまうほど。なのに…

「ファ…リア…」

 父の呼ぶ声に敏感に反応し、これ以上は耐えきれなくなったのか、ファリアはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、父と母のもとへ駆け寄る。

「おとうさぁぁん!!」

 カシェーリアの癒しを受けてはいたが、満身創痍だったイージスはそれでもしっかりと胸に飛び込んできた娘を抱きしめる。恐怖のまま、うわぁぁんと泣き叫ぶ娘に 大丈夫だよといいながら…

「レウシス!!」

 呆然とその光景を眺めていたファリアが、イージスの声ではじかれるように、彼がいたはずの所を見たが、彼は背を向け去ろうとしているところだった。だが、イージスの声に彼は顔を向け、 3人の寄り添う様子を目に留めた。

「レウ…」
「わかったはずだ。俺が本気だといいうことを。今度会ったとき、お前も本気を出さねば…守ることはできないと。」

 レウシスはイージスの言葉を聞く前に、水につつまれると その場から消え去った。イージスは泣きじゃくるファリアと震えるカシェーリアを抱きしめながら、弟が去ったその場所をいつまでも悲しそうに見つめていた。 


しおりを挟む

処理中です...