銀の花嫁

くじらと空の猫

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25.過去の夢ー思い出したくない記憶

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 これは…この出来事は本当なんだろうか。ファリアは再び変わった場所を眺めながら思う。あまりにも、自分の知らないことが多すぎる。それも、自分が関わっていることなのに…レウシスとあったことなど知らない。父や母があんなに苦しんでいたことも知らない。自分があんな行動を起こしたことも… 

「何がなんだか…」

 一体どうしてこんな物を見ているのだろう。どうして、私が今更こんな物を見なくてはいけないのだろう。どうして、私はここにいるのだろう…二転三転する過去の中、ファリアはぼんやりと流れる過去をそれを眺めていた。
 今の彼女の中には、限りない疑問の渦が巻き起こっていた。 

 あれから、イージスは迫り来る追ってを振り切り、時には撃退して進んでいた。その中にはレウシスの姿もあったが、そのときのイージスの顔は辛そうで、ファリアには見ていられなかった。だが、レウシスは最初の時と違って、一人で来ることはなかった。何人もの龍族と共に彼を追っては来ていたが、後方で見ていることが 多くあまり攻撃をしようとはしなかった。あれほどイージスを憎んでいた彼が、どうして行動に移らないのかファリアにはわからなかった… 

 そして時は進む。ファリアの知っている過去を時折見せながら。
 そして時は見せる。ファリアが見たくない過去を。苦しみ、悲しんだ過去を。
 永遠に封じてしまいたかった過去を。ただ、役目を果たしているかのように…無常に、呼び起こす… 


 来てしまった。
 来るだろうと思っていた。

 だけど…
 空に浮かぶファリアの目に映るのは一つの小さな国。
 名は…なんと言ったか…そう…たしか…レブース。小さいながらも、水龍の契約龍がいる国…私が契約龍を憎むようになった原因の国。
そして…私が大切な者を失った国… 



***************************



 イージスらは人間にまぎれ、城下町を歩いていた。何かの祭りでもあるのか、人々がごった返している。その中で動く3人の姿は行き交う人々の目を止めた。龍が人の姿になるときは、この世のものかと思うほど美しい姿となる。それは、龍の偉大なる力のせいなのか、それとも心の美しさを写したせいなのかはわからない。 ただ、人間の中では、美男、美女の姿が多い。その中でも、イージスとカシェーリアの姿は別格だった。

「青い髪だ…」
「ほえ…」
「きれぇい…」

 行き交う人々の視線を一心に受けながら、イージスはそれを気に留める余裕もないほど、今の彼の頭は娘のことで一杯だった。

「ファリア!?ファリア、どこだ!!」

 立ち並ぶ露店を好奇心いっぱいで うろちょろする娘を捕まえるのに四苦八苦していた。もしかしたら、ここに来たのは失敗だったか。イージスが後悔してももう遅い。

「あなた、あそこ!」

 カシェーリアが他の子供達にまじって、綺麗な雨細工を眺めているのをやっと見つけ二人は慌てて駆け寄る。 

「ファリア!!離れるなといっただろう!」
「お父さん!お父さん!これすっごい綺麗!」

 出来上がった雨細工の姿は光をうけ透き通るように、きらきらと輝いている。光の加減によって変わる色は、子供心をくすぐるらしい。その飴細工のように、ファリアの瞳も輝いていた。

「まぁ…」

 二人はやれやれと首をすくめながら、 突然目の前に現れた美男、美女の姿の目を丸くしている店主に声をかけた。

「ファリア。一つ選びなさい。」
「いいの!!?」

 父の許しに喜びの声をあげ、ファリアは右端にある龍の飴細工を選んだ。今にも天に上ろうと首をあげている姿はまるで本物のように綺麗だった。震える手で、カシェーリアから代金を受け取った店主は 去ろうとするイージスらを呼び止めた。

「お嬢さん、これおまけね。」

 店主が差し出したのは、この店に飾りとして飾られていた白く、淡い花。どうやら、買ってくれた人に配っているらしく、店主の後ろにはバケツにはいった花が誰かの手に渡るときを待っていた。

「ありがとう。」

 その花を受け取るととても甘いいい香りがした。 甘くて…しびれるような…

「ファリア」

 イージスの声に我に返り、待っている両親のもとへ駆け寄る。

「さあ、いこうか。」
「うん!」

 去っていく三人の姿を店主は笑いながら見送った。そして、姿が人ごみの中に消えたとき、店主の顔にはもうあの笑みはなく、瞳は暗く怪しく光っていた。そして、影のように現れ、 黒い外衣を頭からすっぽりとかぶった男にこう告げた。

「準備はすべて整った…」

 と… 


*************************





 人通りの多い道から一歩外れると、そこはしんとして、静かだった。さっきまで、あんなに人がいたのが不思議なくらいだ。

「大丈夫か?」

 心配そうなイージスの声に、ファリアはうんと答える。カシェーリアが膝をつき、具合が悪そうな娘の額へ手を当てる。 先ほどから、ぼぅっとした顔で黙り込んでしまったファリアを心配し、イージスはとりあえず人混みからのがれることにしたのだ。

「どうしたのかしら…別にどこか悪いわけでもないみたいだけど。」
「人込みで疲れたのかもしれないな。」

 ファリアは両親の声を遠い声のように聞いていた。まるで、心をどこかにおいてきたように、彼女の視線は定まっていない。

「ファリア?」
「なんか…くらくらするの…甘くて…ぼーっと…」

 娘の言葉に両親は顔を見合わせる。くらくら?甘い?

「甘くて…好いにおいで… なんか…」
「いい匂い?」

 イージスが眉をよせたとき、突然ファリアの小さな体が崩れ落ちる。

「ファリア!?」

 ファリアはカシェーリアに抱きとめられだが、目は開いたままどこか別の場所を見ている。

「ファリア?どうしたんだ!」

 イージスが慌てて娘の顔を軽く叩くが、 痛みも感じないのか、何かに囚われたように動かない。

「ファリア!ファリア!?」

 必死で呼ぶカシェーリアの声も聞いているのかいないのか。そのとき、イージスはファリアの手に握られている花を見た。

 甘い香り…
 イージスがその花を取り匂いをかいだ。

 う…
 くらり。
 花の甘い香りがイージスの頭を包み込む。
 なんだ… これは…まるで頭の中が霧で包まれたようになる。それとともに、甘く、しびれるような香りが彼と襲う。

「どうしたの!?」
「この…花…さわる…な…」

 夫と娘の異変にカシェーリアは驚きながら、花を見つめる。この花を消さなければ…!そう思ったとき、ヴン…足元から異様な音と共に、魔方陣が 浮かびあがった!

「何…!?」

 魔方陣は赤く光ると、3人の体を包み込む。

「きゃああ!!」

 カシェーリアが結界を張る暇もなく、赤い光は彼らの体を拘束し、3人をどこかへ連れ去った。カシェーリアが最後に感じたのは、彼女の力を阻む水龍の力。
 3人が消え去ったあとには、ファリアがもらった花だけが残っていた。 そこへ先ほどの店主がやってきて、その花を広い上げる。

「龍を拘束する花…」

 にやりと笑った店主の顔は、醜悪の笑みに包まれていた。 


 そうなの…あの店主が…
 ファリアは城の方へ歩き去る店主の姿を感情を押し殺しながら見ていた。
 あの時…一体自分に何が起こったのかわからなくて…甘い香りが私を縛って…動けなくて…

 そして…そして…
 考えるのも、思い出すのもいやだった。目をそらしたかった。 見たくないのだと叫びたかった。だが、それと同時のもう一つの思いが胸をよぎる。

 今見ているのは、私の知らない過去だ。もしかしたら、私のしらないものが見れるのかもしれない。
 つらさのあまり、目をそらしていたことを思い出すのかもしれない。
 怖かった。
 怖くてたまらなかった。だが、もう逃げるのはいやだった。 逃げ続けるのはいやだった。これから起こることを思いだし、震える体を抱きしめる。しかし、今の彼女の瞳には決意の色が見て取れた。決して目をそらさないと…その思いに答えるように、場面は写り変わる。彼女の一番忌まわしい場面へと… 


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