銀の花嫁

くじらと空の猫

文字の大きさ
上 下
27 / 39

26.過去の夢ーレブース国

しおりを挟む
「おかしいな。」

 レウシスは数人の龍と共に、イージスの行方を追っていた。一緒に、と言っても彼らの行動はばらばらだ。みな、口々に思い思いの隠れ先を検討をして、言い合っている。

 それも仕方の無いことか。
 ここにいる龍族は違う種族ばかり。水龍は彼一人しかいない。やがて、 彼らは思い思いの場所へ散って行く。レウシスが彼らの後について来るか来ないかはたいして気にしていないだろう。

「おかしいな。」

 誰もいなくなったが、レウシスは再び同じ疑問の言葉を紡ぎだす。もちろん、彼の疑問はイージスらのことだ。
 彼らの行方がここ、2週間ほどまったくつかめない。 龍族の中でも、よっぽどうまく隠れたのだと憤る者もいれば、痕跡さえつかめないことに首を傾げる者もいた。レウシスは後者の意見に賛成だった。

 おかしい。何故全く行方がわからない?
 今まで龍族が彼らを追えたのは、わずかの龍の気配と、彼らの去った痕跡の跡だ。それにもとずいた予想は ことごとく当たり、逃がしてはいるものの確実に彼らを追いつめていた。それなのに、彼らの足跡がぷつりととぎれた。

 …何かあったのか…
 だが、彼にはもう一つ気がかりなことがあった。それは、水龍の長だ。レウシスの顔を見ると、怒鳴り声とともに彼らを捕まえろと、イージスを殺せとせっついて いたのに、最近の彼は、表向きは変わりないものの、その怒鳴り声には覇気がない。

「また何かたくらんでいるのか…・」

 それともしびれを切らしたのか。問いつめてもどうせ簡単に口を割るような奴じゃない。自分より何百年も生きているずるがしこい生き物だ。

「…そう言えば、この辺りに水龍の 契約龍がいたな…たしか、レブース国だったか…」

 もしかしたら、何か知っているかもしれない。レウシスは対して期待せぬまま、その龍に会うべく行動を移した。 



************************



 レブースは小さな国だった。周りには巨大国家とまで言われている国に囲まれているのにこの国が平和でいられる理由の一つに、契約龍がいるからだろう。どんなに軍事力を持っていても、さすがに龍が相手では分が悪いと思っているのか、それとも大して価値が無い国だからのか、脅威にさらされることなく この国は存在していた。

「光栄です。水龍の騎士が訪ねてくれるなど。」

 城から町を眺めていたレウシスは後ろからかけられた声に、わずかに顔をしかめて振り向いた。

「大したことじゃないだろう。それに、あなたは人と契約を結んだ龍。龍の決まりごとに縛られる必要はない。」
「しかし、我ら若き龍にとって、 騎士という立場は尊敬に値するものなのですよ。」

 別に好きでなったわけじゃない。
 そう言いたいのをこらえながら、レウシスは人の姿を取っている契約龍、レプティを見た。

 彼の姿はレウシスより少し大きな17歳ぐらいの少年だ。やわらかな青い瞳は、みたものを安心させられるほど穏やかだ。だが、彼の体は壊れそうなほど細く 感じられた。白い肌がその気配を一層強く見せているが、まさか龍が病気になるわけもなく、レウシスはそのことにたいして気にも止めなかった。 

 そんな彼が、契約龍となるには、まだ幼なすぎるといえるだろう。龍の間で大人と認められるのは、100歳以上といわれ、やっとその年を越した ばかりの彼が契約龍になると言ったとき、龍たちはことごとく反対した。だが、彼の決心はかわらなく押し切る形でこの国にきたと聞いていた。

 自分と大して変わらないと言うのに、そこまで彼の心を捕らえたものはなんなのだろう。それは理解できない気持ちだ。レウシスは彼から目をそらしながら、用件を告げた。 

「ここに、龍の親子が通らなかったか?」
「龍の親子?」

 首をかしげて、レプティはいいえと答える。

「何かあったのですか?契約龍となってから、龍族のことに疎くなってしまうので…」

 つねに国のことを考えてしまう立場は谷で起こったことまで、気を使うひまがないのだ。それだけ、国を愛し、それを守ることにすべてを そそいでいるのだ。

「水龍の…前の騎士だ。」
「前の…とは、貴方の異母兄のイージス様ですか?そういえば、何かの理由がおありになり、騎士の立場を退いて弟であるあなたが、その後を次いだとききました。」
「立場を退いて…ね。」

 水龍の長はそんな綺麗ごとを伝えていたのか。谷へ里帰りでも すればすぐばれるというのに。あいかわらず…

「レウシス様?」
「いや、知らないならかまわないが。」
「お役に立てなく申し訳ありません。」

 残念そうに頭を下げるレプティにいや、と頭を振る。

「…どうした?」

 レウシスはレプティが荒い息をついているのに気づいた。よく見るとわずかに顔が青い。 

「レプティ?」
「申し訳ありません…ちょっと…」

 言い終わらないうちに、彼の体は支えを失ったように倒れてしまう。

「おい!?」

 ゾクリ。
 彼の体に触れると言いようもない感覚が彼を襲う。
 なんだ?この…冷たくてまるで、暗闇に引っ張られるような…

「すいませ…」
「しゃべるな。」

 レウシスは彼に自分の魔力を分け与えるべく、意識を集中させる。彼の体に魔力をそそぎこんでいると、妙な感覚が伝わってきた。

 …?なんだこれは…
 彼がそそぎ込むのと反対に、どこからか彼の魔力を引き出されている感覚。そして、その先にある先ほども感じた、冷たく、暗い言いようもない不快感。なんでこんな感覚をうけるんだ?しかも、レプティの中から… 

 ぎゅっ…
 彼の細い手がレウシスの服を弱々しくつかむ。

「レプティ?」
「レウシス様…お願いがあります…こんなことをたのむことなど…申し訳ないのですが…」
「何だ?」
「止めてください…どうか、どうか王を私の愛するこの国の王を…」
「止める?」

 レプティは苦しそうに息を吐きながら、レウシスを見た。

「私は…罪を犯したのです。 龍としての罪…契約龍としての罪を…」
「どういうことだ?」

レプティが言葉を続けようとしたとき、人の声とともに扉が開かれ、王冠をつけた青年がやってきた。

「レプ…お前は誰だ!?」

 レウシスの姿を見て、その青年は声を荒げた。それとともに、後ろにいた騎士達が剣を抜き、青年の前に立ちふさがる。レウシスは目を細めながら、その青年を観察した。 力を失ったようなブラウンの髪に、驚愕に開かれている黒い瞳。年は20代前半の王冠をつけた青年。言われるまでもなくこの国の王だろう。

 あいつがレプティと契約した王か?
 レウシスは信じられなかった。それほどまでに、彼に惹かれるものなど何一つ感じられなかったからだ。どこかおどおどして、なさけなく感じられる者。
 これが人間の王というものなのか? 
 龍の心を捕らえるほどの?

「王、剣をお引き下さい。この方は私の客人です。」
「客人だと?」

 レプティの答えに胡散臭そうにレウシスを見ながらも、騎士たちに剣を引かせた。レウシスの分けてもらった魔力でいくらか楽になったのか、レウシスに微笑むと立ちあがった。

「お前の知り合いが尋ねるなど思いもよらなかったな。」
 
 レプティの具合が悪いのをわかっているのに、 その様子を心配もしない王にレウシスの機嫌は悪くなる。だが、ここで彼が何か言えばレプティの立場もなくなるし、自分の国の王をけなされては彼も黙っていないだろうと思い、がまんした。

「王、この方は私と同じ水龍です。どうか、貴方を守る騎士達が剣に手を置くことをおやめになるよう申しつけくださいませ。」
「龍!?」

王と騎士たちは驚きながらレウシスの姿を見た。 不機嫌そうに見る少年が龍?信じられないような顔をしている。

「そ…そうなのか?これは…申し訳ない。」

 王はしどろもどろであやまると、騎士たちを慌てて後ろに下げた。

「申し訳ありません。」

 レプティが頭を下げるのを見てさらに驚いたようだ。騎士たちも、自分の国の契約龍が頭を下げているのを見て言葉を失っている。

「いや。」

 短く答え、 この場を去ろうと思ったが、さっきレプティが言いかけたことを思いだしその場に留まった。王の顔が本当に龍なのかと、何故お前に頭をさげるのだと問い掛けてくる。レウシスはそんな王を冷たい目で眺めていた。 


しおりを挟む

処理中です...