銀の花嫁

くじらと空の猫

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32.過去の夢ー死際の願い

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 グオォォォォ…

「…?」

 レウシスは地の底から響くような声に起こされるように、重たい瞼をゆっくりと開いていった。

「…」

 イージスの閉じこめられていた扉を開くために、寿命と魔力を使ったため、体が疲れて動かない。辺りを見回しても誰もいないのを見ると、いつの間にか自分は眠ってしまっていたらしい。だが、自分の目覚めを促した先ほどの声はなんだろう。何かの叫び声?かと思った時、再び聞こえた咆哮。

 グォォォ!!

「…!!」

 先ほどよりもしっかりと聞こえてきた声に、レウシスの疲れはふっとんだように、自然に体が動く。

「な…」

 レウシスは絶句した。空を見上げて。そこで繰り広げられているものに驚愕して。





「ギャオオオオ!!」
「グォォォ!!」





 すべての生き物の身を震い上げそうな声をだし、互いの体を使い戦っていたのは、体中に傷を負ったイージス。そして…

「何故、水龍の長がここにいるんだ?」

 イージスを圧倒的魔力で打ち払い、なぎはらっているのは水龍の長。自分を水龍の騎士という立場に縛り付け、裏切り者となったイージスを殺せと命令した者。

「何故…」

 彼がイージスと戦っているのだ。それは、自分の役目…自分に与えられたことだったのではないのか?

「何故…」

 答えが返らない疑問を口にだしながら、空で戦う二人を見る。 長の口がイージスに向かって開かれる。そして、すさまじい咆哮とともに、巨大な魔力が放たれた!!

ドォン!

 全身から血を流し、動くのもやっとにイージスはそれをよけられるわけもなく、まともにそれを受けてしまう。

「ギャォォォ!!」

 あまりの魔力の強さに、イージスの龍身が、横に吹っ飛ばされる!


 
 ズゴォォォォ…



 かつての城の残骸に打ち付けられ、ぐったりとなっているイージスに水龍の長は容赦なく次の攻撃にうつった。

 ブン!!

 風を切る音と共になぎ払われた尾は、イージスの巨体を打ち付け、彼は上空に飛ばされる。まるで、ピンポン玉のように簡単に飛ばされたイージスに水龍の長は、休む暇も与えずさらなる魔力をぶつけていた。イージスはもはや叫び声もでないのか、なすがままにそれを受け、赤い雨を地上にまき散らしながらその身を地上に落とした。

「イージス!!」

 よろつく足を動かし、レウシスは必死に彼のもとへ行こうとするが、崩れた城の残骸や、飛び散った土によって迂回を余儀なくされなかなか彼に近づくことができない。

 ばかな…
 レウシスは信じられなかった。…彼は自分が知っている中で一番強かったはずだ。誰よりも。何よりも。あの長などに、こんな圧倒的に押されているなんて…考えられないことだった… 

「もう、終わりだな。イージス。」

 ぴくりとも動かなくなった彼を見て、水龍の長は龍の姿から人の姿へ形を戻す。しばらく、だまっていたのは彼の返事を待っていたのか…

「あの娘は我らが大切に育てる。…もちろんカシェーリアも…」

 それでも返らない言葉に彼の瞳は失望に染まった。自分で彼を痛めつけたというのに水龍の長の瞳は悲しみで溢れていた。どうしてこんなことになったのだろう。どうして私は…そんな後悔にもにた気持ちを振り払い、水龍の長は最後にイージスを見て背を向けた。そして、その場から姿を消した。



*************************





 レウシスは呆然と見ていた。打ち付けられ、痛めつけられ、動かないイージスの姿を。今の彼の瞳はいつものような冷たいものでなく、目の前のことが夢ではないのかと思っている力のない瞳で彼を見ていた。

「イージス…?」

 レウシスはゆっくりと手を差し出し、やっとたどり着いた彼に触れる。だが、イージスの瞳は堅く閉ざされ開かれる気配はなかった。

「そんな…うそだろう?」

 だって…お前は最強で…誰よりも強くてそんなお前が…

「目を…開けろ…開けろよ!!」

 彼の悲鳴が辺りにこだまする。そんな声を一度もだしたことのないことに気づく余裕もなく、ただ叫び続けていた。

「目を開けろ…開けろよ!!」

 たのむから。お願いだから…!!
 何度も叩いても彼の瞳は開かれない。いつのまにか、レウシスの瞳からは涙が溢れていた。

「どうして…お前は…お前はオレが殺すんだっていっただろう!!」

 止まらない。
 何故涙が止まらないんだ。
 憎んでいるのに。
 嫌っているのに。
 どうして自分は涙をながすのだろう。どうしてこんなに悲しいのだろう… 

「レ…ウシス…」
「イージス!?」

 力無く開かれた瞳にレウシスの姿を映したイージスは、彼をみて弱弱しく微笑む。レウシスがほっとしたのもつかの間、イージスが最初に述べたのは謝罪だった。

「すまない…折角お前の寿命を使ってまであの扉から出してもらったというのに…」
「なにを…!!」

 どんなに傷ついていても、苦しくても相手のことを真っ先に心配する。どうして、そんなことができるんだ?どうして…

「レウシス…頼みがある。」
「頼み…?」

 イージスはつらいのか、荒い息を吐く。その様子にレウシスの顔が曇り、心配そうに彼を眺めた。

「ファリアを守ってくれないか…私の代わりに…」
「なに…」

 レウシスは彼の頼みにピタリと動きを止める。しばしの沈黙の後、彼は猛烈に怒りだした。

「冗談じゃない!!オレに銀の花嫁を守れと言うのか!!ふざけるのも大概しろ!!」

 どんな頼みでも聞いてやろうと思っていたが、その内容だけは聞けなかった。何故なら、彼は憎んでいるからだ。銀の花嫁という存在を。例えそれがそのものが望んでなってしまったのではなくとも。それを知っているはずなのに… お前が一番…なのに!!

「何故!!」
「もう私はファリアを守ることはできない。私は…あの子をあの運命から助けてやることはできない。」
「だからといって…お前の銀の花嫁がいるだろう…」

 彼の呼吸が荒くなっているのはわかっていた。残された時間がないことも。だけど…その願いだけは聞きたくなかった。どうしても…

「私にはわかる…きっと、カシェーリアももう長くないだろう。」

 隠しているが彼女はなにかしらのダメージを相当受けている。そして、自分が倒れている今、彼女は必死で追っ手を追い払っているだろう。

「お前だけが…お前だけにしか頼めない。私の大事な者を守って欲しい。頼む…レウシス…」
「…」

 彼の必死の目にそれ以上の否定の言葉など言えるはずもない。それでも返事が返せない。己の心の中で葛藤しているレウシスをイージスはやさしく見つめただ返事を待った。彼にはわかっていた。きっと彼の頼みを聞いてくれることに。冷たい瞳を持ち、すべてを拒みながらもどこかで暖かさを求めている。 本当は一人が嫌いで、とても寂しがりやなのだ。そして…とてもやさしい心をもっていることを知っている。

「オレは…お前が嫌いだ…」
「…」

 下を向き、何かに耐えるように言う彼の姿をイージスは苦しげに見る。

「オレはお前が嫌いだ…すべてを持っているのに…力も、周りから向けられる信頼も、それを与えることのできる心も…すべて嫌いだ…オレはいやだった…オレを哀れむあまりに向けられる優しさが大嫌いだった。」

 誰も話しかけなくなっても、イージスだけは自分に話しかけてくる。自分が何かすれば、誰よりも必死でかばってくれた。それがいやだった。そんな自分が…

「レウ…」
「お前を信頼してしまう自分がいやだった!今はそばにいても、きっといつかは離れてゆく!いつまでも、オレのそばにいてくれるわけではない!!その時…その時にオレは苦しむのがいやだった!!だからオレは嫌いになった!お前を!!」

 傷つく自分が怖くて、その時がくるのが恐ろしくて自分の心を偽りでくるんだ。「嫌い」という言葉で。 始めて聞く彼の思いにイージスの瞳は驚きに見舞われる。

「オレは対等になりたかった。早くお前と対等になれば…自分を守れるぐらいに強くなれば…そうしたら…オレは自分の力でお前のそばに居られるような気がして…」
「すまない…」

 そんな思いなど知らず、ただ心配ばかりしていた。きっと、自分は見ていなかったのだ。彼を…きっと心で憐れんでいたからそんな心にこれまで気づかなかった。だが、イージスの悔恨とは裏腹に、今まで隠していた気持ちをさらしたレウシスの顔はどこかすっきりとしたように見えた。

「だが…お前はおれに頼みをした…それがオレにとっては耐え難い苦痛だとしても。お前が初めてした頼み。それは…」

 自分を一人の龍として見てくれたのか?
 少し不安そうに揺れている瞳に、イージスはしっかりとうなずいた。

「お前が誰よりも頼りになる。信頼できるから頼む。私の大切な娘を守って欲しい。きっとお前なら私は安心できる…」
「わかった…」

 しっかりとレウシスの返事を聞き、イージスの瞳は空へ向けられる。きっと、自分の愛する者達のことを思ったのだろう。そして、彼の瞳は閉じられる。レウシスは最後に一筋の涙を 流し、空を見た。もう彼の目には涙はない。大切な者の遺言を守るために、彼はわずかに回復した力で水を呼び、その場から消え去った。 


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