銀の花嫁

くじらと空の猫

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31.過去の夢ー滅亡

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「やめて!!」

 レプティは聞き覚えのある声に、体を震わせ目を向ける。そこに居たのは彼がよく知っている少女。彼が認めた契約した王の娘。

「姫…」
「もういいの。もういいの。レプティ。貴方はもう苦しまなくていい。」
「姫?」

 王女はそう言うと後ろをわずかに振り返り、自分の後ろにいる者の姿を見せる。 

「王!!」

 そこに横たわっていたのは彼と契約を交わした相手。瓦礫の山に押しつぶされ、もう息絶えていた姿だった。

「あ…あ…」

 レプティは何も言えずただ声を出す。死んだ。彼が。誓った相手が。彼を守ると誓い…認めた者が…

「レプティ。」

 その事実を受け入れられないような顔で王の姿を 見ていた彼は、自分の名を呼ぶ王女の声にうつろな瞳を向ける。…王女は微笑んでいた。それは彼が久しぶりに見た微笑み。まだ王が狂わなかった頃、彼の隣に居て無邪気に微笑んでいたあのころの笑顔。いつからだろう。彼女の笑顔を見なくなったのは。笑わなくなったのは。

「レプティ。ありがとう。 望んでいなかった者に使えてくれて。契約龍となってくれて。お父様はそんな形では望んでいなかったけど…私は貴方の事が大好きだったからとてもうれしかった。でも…もういいの。もう十分。…あなたのこの国での役目は終わったの。ありがとう。レプティ。」
「ひ…姫…!!私は…」
「貴方がお父様の契約龍になったわけを知られて、それに苦しんだお父様が貴方をさらに苦しめようと、罪悪感に覆われていた貴方を利用していたこと…本当にごめんなさい。でもね、でも…本当はお父様も貴方のことが大好きだったの。貴方の青い髪が大好きな海と同じ色で…本当に好きだったの。」
 「姫…」

 レプティは微笑みながら語る王女の姿に、釘付けになっていた。

 大好きだった。
 本当に?王が私のことを?
 …あれは私の侵した過ち。
 王を認めることを迷った。気弱で、すぐ何かにすがりつきたがる王を、なかなか認められなくて。先代の王の望みという形で契約龍となってしまった。だが、そんなこと はつゆしらず、政務にいそしむ姿を見て、やっと認め始めていた。彼の契約龍となることは間違っていなかったと思った矢先にー知られてしまった。彼を認めた最初の理由を。何度心を打ち明けても、必死で弁解してももう二度と彼が自分に心を開くことはなかった。ただ、申し訳なくて、彼をそんなに傷つけてしまったことが許せなくて、 彼の望むことを叶えればわかってくれる…そんなばかな望みを抱いた結果が…

「私が…王を殺したのだ…」
「レプティ…」

 王女は彼に近づきそっと振れる。その体は全身傷だらけで、鱗も剥がれ落ちていた。イージスと戦ったケガが痛々しい。

「お父様…息を失う前に行ってた。すまないって…ありがとうって…だから…そんなに責めないで…」
「王が!?王が…本当に…」
「本当よ。」

 レプティは大粒の涙を流す。本当に彼がそう言ったのかわからない。もう彼が死んだ今、王が何を思っていたのか、どういった最後だったのかを知る者は誰もいない。…だけど、救われた気がした。言って欲しかった言葉…ただひとつの…

「私は…いられれば…彼のそばで、いつまでも…」

 契約龍という形でいいからずっとずっと…貴方のそばに…

「ごめんなさい。貴方達にはどんなに謝っても謝り切れない…」

 深々と頭を下げる王女を見て、イージスとカシェーリアの瞳は優しく瞬く。二人は王女に恨みを持たなかった。幼い少女が父親の罪をすべてかぶり、それを認識している。そして…

「この国ももう終わり。」

 龍の戦いというものがどれだけすさまじいものか。城は跡形もなく吹っ飛ばされ、わずかな残骸しか 残っていない。ここから眺めるだけで、城下町もその姿を失ってしまっている。王がいなくなり、契約龍もいなくなるこの国は、時期にどこかの国に吸収され、姿を消すだろう。あとは…王女は傷ついたレプティをやさしく見つめる。彼の姿を忘れないように。自分達のせいで傷を負った優しき生き物を忘れないように。

「ありがとう。」

 本当に。今まで。 

「姫?」

 レプティは嫌な予感に包まれ、不安そうに彼女を見る。だが、王女はただ微笑んでいるだけ。彼が思い出す中で、とても、とても幸せそうな微笑み…

「…姫様!!!」

 ファリアが気づく。彼女の赤いドレスを見て。
 違う!あのお姫様が着ていたドレスは・・・
 …白かった…

「姫!!」

 ゆっくりと倒れた王女を癒そうと、レプティは 自分の持つ残り少ない魔力をそそぎ込む。だが…その魔力は彼女を素通りしていく。もう死の淵に近づきすぎてる。そして…彼女に生きる意志はもうなかった。

「レプティの水に光る鱗を見るのが好きだったの。」
「姫!!」
「この世の…何よりも。綺麗で。優しくて。暖かくて。本当に大好きだったの。」
「ひ…」
「ごめんなさい。そして…ありがとう。」

 そう言って、王女は微笑みながら目を閉じた。後に残されたのは悲しみに覆われた3つの瞳と、溢れる涙を流す瞳と心が張り裂けるような悲しい咆哮だけだった… 


*****************************




「早く…この国から去った方がいい。」

 レプティはイージスを癒しているカシェーリアに今にも消え入りそうな声で言葉をかけた。だが、カシェーリアの顔もまだ青い。あの花の毒の効き目が完全に抜け切れていないのだろう。

「お前は…」
「…我が国にあなた達が来ることを教えたのは龍だ。」
「なん…!!」

 イージスが驚きのあまり体を動かすと、とたんに 鋭い痛みが体を襲い、彼の顔が苦しそうにゆがむ。

「契約龍もなにも関係ない。元水龍の騎士イージスは即刻消し去ること。銀の花嫁でありながら、龍の掟をやぶりしカシェーリアも例外ではない。だが、子供には罪はない。子供だけは谷へ戻し、我々のもとで幸せに育てなければならぬと。」
「なんだと!!!」

 また体中に鋭い痛みが走ったが、今度はそんなことを 気にすることができないほど、イージスの頭は怒りでいっぱいだった。まさか、龍がそこまでして自分たちを消し、ファリアを手に入れたいと思っていたとは思わなかったからだ。

「はやく立ち去りなさい。そして、一刻もはやく…」

 レプティが言い終わらない内に彼は空から漂ってくる気配に、体を強ばらせる。それに遅れながらもイージスとカシェーリアが気づき、両親の様子に怯えたファリアがカシェーリアの胸に飛び込む。

「久しぶりだな。イージス。」
「長…」

 風龍の風に乗り、人の姿で現れた水龍の長は龍の姿に戻っているイージスを見下したように眺める。そして、彼の傷を見て笑う。

「落ちた者だ!最強と呼ばれた龍が!!今のお前を殺すのは、赤子の手をひねるよりも簡単だ!!!」

 そう言うと、長はレプティがまだ空に止めていた雷を操り、彼に向かって落とした!




ドォォォォンン!!




「む…」

 いきなり放たれた雷になすすべもなく横たわったであろう姿を、想像していた水龍の長は、イージス達を守ったレプティに眉を寄せる。

「レプティ!?」
「早く行って下さい!!他の龍が集まって来る前に!!」
「レプティ、貴様!!」

 水龍の長の怒りの声など聞かず、彼は驚きに目を開くイージスを見返した。
 そこにあったのは謝罪の色。

「私ができる償いは、 貴方達の逃げる時間を作ること。それがせめてもの…」

 その後の言葉は続かなかった。怒りに支配された水龍の長が次々と攻撃を仕掛けて来たからだ。レプティとてイージスと戦った傷はまだ閉じきっていない。長の攻撃を受け、折角ふさがった傷からまた血がしたたり落ちている。

「何をしているのですか!!早く行って下さい!!貴方には守る者があるのでしょう!?」

 そんなことはできないと迷い、とどまっていたイージスは彼の言葉にはっと気づく。

「そうです。守って下さい。大切ならば…間違えないで…」

 自分のように。

「すまない…」
「レプティ!!お前まで…!!」

 憤怒に顔を赤らめた水龍の長は、龍の姿に戻る。圧倒的な魔力に押されながらも、レプティはその場を動こうとはしなかった。彼はわかっていた。 自分にももう命がないことを。実験台とされ、弱り切り、イージスと戦い傷ついた体では、もうこれ以上…生きられない。長の雷を体で受け止め、苦しみの中にいても何故か今の彼には恐怖がなかった。

 ただ…もしかしたら王と姫のそばにいけるという不思議な嬉しさ。喜びがあった。
 どうか…無事で…その思いを最後に、レプティの命の炎は消え去った。 


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