銀の花嫁

くじらと空の猫

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30.過去の夢ー龍の戦い

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「きゃああああ!!」

 耳を引き裂くようなカシェーリアの叫びにファリアはびくりと体を震わせる。

 何?何が起こったの?お母さん?!
 カシェーリアは胸をかきむしるように、激しく手を動かし、口から血を吐き出す。涙を流し、顔を青ざめ、床でもがき苦しむ母の姿にファリアは声も出ない。

「研究は成功のようだ。」
「作用でございますな。」

 王は黒い花をもてあそびながら、床で苦しむカシェーリアを笑いながら見ていた。そして、呆然とそれを眺める ファリアに残酷な笑みを浮かべ、彼女の前にその花を差し出した。

「これはなんだと思う?小さな龍よ。」

 ファリアは王の言葉にゆっくりと目の前にある花を見つめた。
 黒い花。
 まるで、闇の力をすべてすいつくしたように、花弁からは奇妙なにおいが放たれている。

「おっと。この花のにおいを嗅いではいけない。毒の花だからね。」

 そう言って、王は花を引っ込める。

「ど…く?」
「そう。さっきまで頭のしびれるような香りと反対の効力を持つ 毒の花ー「龍殺し」そう名付けたよ。人間には普通と変わらぬ花…だが、龍にとっては死に誘う花だ。」

 王はカシェーリアを指さし、ゆっくりと説明し出す。

「この花の香りを嗅ぐと、まず、龍の肺は香りに満たされ、肺を締め付けて行く。香りにわずかに含まれた花の粉が龍の肺を攻撃するんだ。そして、それはじょじょに広がっていって内側から龍の体をむしばんで行く…まず血を吐き、血管が切れ、血が止まらなくなる。脳の活動は衰え、 体は麻痺し…やがて…」
「やめて!!やめて!!」

 ファリアはカシェーリアに駆け寄り、彼女の頭を抱きしめる。

「しっかりして!!お母さん!!」

 だが、カシェーリアの肌から怪我もしていないのに血が流れ出る。

「あ…」

 抑えても抑えても止まらない血にファリアの着ている服が赤く…赤く染まっていった。ファリアは恐怖に襲われる。今まで一度も感じたことのない恐怖…母を失ってしまう恐怖…

「…さ…」

 誰か、誰か助けて。

「とう…さ…」

 お母さんが死んじゃう… 死んじゃうよぉ…

「お父さん!!!」

 助けて!!




 グォォォォォ!!

「何!!」
「王!?まさか、あの扉が…」

 天井が激しい音と共に破れて行く。だが、瓦礫は下へ落ちづ、上へ昇って行き、粉々に消え去った。

「ひぃぃ!!」

 王と魔術師が恐怖に顔を青ざめ、天井から注がれる怒りに包まれた瞳を見る。天に向かってそびえ立つ塔のように、長い体をさらしている青色の龍…

「おとうさん…」

 ひっくひっぃ…
 涙が止まらない。やっと来てくれた安心感と、母が腕の中で 冷たくなっていく、恐怖と。
 イージスは二人の姿を見てさらなる怒りの炎を燃やす。ファリアが泣いている。私の娘が。そして…血だまりの海にいるのは…彼がこの世でもっとも愛した人。すべてを裏切っても守りたいと思った存在。

「き…貴様ぁぁぁぁ!!」

 彼の顔は青ざめて、自分を見上げる二人に注がれる。
 私たちが何をした。お前達になにをしたというのだ。幸せに暮らしたかっただけなのに。ただ、それだけの望みしか抱いていないというのに。 

 なのに…どうして…どうして!!!
 彼の怒りが空を包み、稲妻を走らせる。これまで見たことのない数の雷の龍がすさまじい叫び声とともに、空をかけめぐっている。そして、イージスが咆哮した。雷の龍たちは、一斉に王と魔術師へ向かい牙をむく。

「ひぃ…レプティ!!レプティィィィ!!」

 王は自分の契約龍の名を呼ぶ。助けてくれ。守ってくれ。救ってくれ。お前が私の契約龍ならばー…

 ドォォォォン!!
 雷の龍たちは水の決界に弾かれ、 天へ押し戻される。

「貴様は…」
「貴方にはあやまっても許されないことをした。だが…私は守らねばならない。契約した王を。それが私の勤めなのだ。」

 王を雷から守ったのは、レプティ。遥かに大きな体のイージスに屈することなく、やせ細り、輝きを失いつつある鱗をもったこの国の契約龍…

「どけぇ!!その者は許さぬ!我が妻と娘を苦しめたその人間だけは!!」
「退くことはできない!愚かなる行いをしても!契約を誓った人なれば…」

 そして、二頭の龍はぶつかり合う。魔力を使い、体をぶつけ合い、お互いを傷つけあいながらも、それぞれの大切な者を守る為に。 

「お母さん!!」

 だんだん血の量が増えて行く…苦しみの顔を見せないように、笑いかけようとする母の姿がなお悲しくて…何もできない自分がなさけなくて…王は空で戦う二頭の龍を笑いながら見ている。恐怖のためか、それとももとからもう狂っていたのか…その目はもうこの世を見ていない。その王を見限った魔術師は、ファリアに近づいてくる。

「もはや、この国はもう終わり。私はこの国と心中などする気は毛頭ない!この花とお前がいれば 私の研究はまだ続くのだ!!そして、私はいつか龍を従える最高の魔術師となる…!!」

 魔術師は白い花を持って、ファリアに近づいてくる。彼女の思考能力を奪い、我が者とするために。

「いや…!!」

 もういやだ。あの花に支配されるのは。ファリアは必至で抵抗しようとしたが、逃げるに逃げれない。母を…こんな苦しんでいる母を置いては…

「う!!?」
「あの花の効力はどうやって消すの。」
「お姫様!!」

 いつの間にか目を覚ましていた王女は、魔術師の背に張り付き、 護身用の短剣を突きつけている。

「ひ…姫…」
「早く言いなさい!!それとも…こんな国で一生を閉じたいの?」
「ぐ…」

 なんとか丸め込もうと思ったが、王女の本気の瞳を見て魔術師は声を失う。そして、手に持っていた白い花を差し出した。

「この花と…黒い花は互いの効力を消し去ります。しびれるような香りを、毒をふりまく香りの効力を。」
「嘘ではないでしょうね。」
「この期に及んで…」
「貴方がやりなさい。」

 花を差し出し、 王女の手が剣から離れるのを待っていた魔術は、それを見透かされていたことを知り、愕然となる。そして、しぶしぶ王女に促されるまま、カシェーリアの顔に白い花の花粉を落とした。

「う…」

 花粉を吸い込んだカシェーリアは目を開けた。気がつけば体から流れていた血が止まっている。魔術師のいっていたことは本当だったのだ。

「お母さん!!」

 ファリアはカシェーリアに抱きつき、泣きじゃくる。よかった。失わなくて…もう、冷たくならなくて良かった… ほっと安心した王女の手がゆるむ。それを敏感に感じ取った魔術師は剣をたたき落とし、逃げだした。

「あ…!!」
「これ以上この国にはとどまると命を落としかけません。私はこれで退場させて頂きます。…花のサンプルは失ってしまいましたが、研究の結果を無事知ることができてひとまず満足することにしますよ。」
「待ちなさい!!」

 この魔術師を逃がしたら、またどこかで龍を殺すだろう。そして、また誰かが犠牲に…誰もがそう思ったものの魔術師はすばやく 呪文を唱え、この場を去ろうと杖を振り上げた、そのとき。

 ドォォォ!!

「ぎゃああああ!!」

 空で戦っている龍の落とした雷が魔術師の体を偶然にも食らいつくた。一瞬の間に、魔術師の体は焼き尽くされ、黒い塵となって消え去った。それを言葉を失ってみていた三人だったが、そんな彼女らの上から注がれてくるものがあった。

 ぼと…

「!!」

 三人は落ちてきた赤い雨に顔を上げる。血だ。血が…降ってきている。
 イージスとレプティの血だった。二頭の戦いはすさまじいものだった。魔力をぶつけ合い、爪でお互いの体を引き裂いていた。だが、レプティの 方があきらかに部が悪い。彼の肩は裂かれ、血が体の半分を染めている。だが、彼はイージスに立ち向かうことを止めようとはしない。渾身の力で尾をぶつけ。牙でイージスの体にかみついてる。
 そして、最強の水龍といわれたイージスも無事ではなかった。所々に焼けこげたあと、牙と爪で傷つけられた体。魔力を吸われながら閉じこめられていたせいか、その傷を癒すこともできないほど彼の体には魔力がなかった。そのせいで、二人は対等の戦いを繰り広げていた。 二頭は空に集まった互いの雷をぶつけ合う…

 カッツ!!

 グォォォ!!

「ぐは!!」
「ぐう!!」

 二頭は同時に地へ倒れた。

「お父さん!!」
「あなた!!」

 二人はよろけながらも、イージスへむかって歩きだす。

「ぐはあ…」

 イージスは立ち上がれなかった。魔力の大部分を奪われ、肉弾戦に持ち込むしか勝つ方法がなかったとはいえ、ダメージを追いすぎている。案の定先に立ち上がったのは、レプティだ。かれの上空に集まる雷の龍を眺め、唇をかみしめる。 

 守れなかった。
 オレは負ける…
 レプティの雷の龍は増え続ける。彼もわかっているのだ。自分もこれが最後の力だと…イージスはさらに膨れ上がる激しい光をただ眺めるしかなかった。 


 
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