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故郷編

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 「待たせたの!」

 ぱあん、とまばゆい光と破裂音が同時にその空間を支配する。

 サラは目をすがめた。

「……?」

 光が収まり、目の前で仁王立ちしている姿を見て、サラはその名を呼ぶ。

「エスティ……?」

 そう。サラをグラヴァンから守るようにして、エスティが立っていたのだ。

 しかも片手にはポップコーンの入った箱を持って。

 なぜ、ポップコーンを持っているのかは謎だったが。

「諦めるでないぞ!」

「……でも、今の私には戦う術がない」

「精霊がいないから、かの?」

 図星を言い当てられて、ぐ、と口ごもる。

 ふん、と鼻で笑われた。

「聞こえないのかのお? サラ、お主を呼ぶ精霊の声が」

「は?」

 何を言われているのか、全然わからなかった。

 声?

「耳を澄ませても、何も聞こえない」

「人間の耳は腐っておるなあ」

 困ったように笑うエスティに、グラヴァンが斬りかかる。

「本当に、次から次へと邪魔が入る」

 鋭く閃く刃を、エスティは優雅に避けた。一閃二閃と続け様に剣を振るうグラヴァンを、ひらり、ひらりと避けてゆく。

 まるで踊っているみたいだ。

 わずかに微笑をたたえている。

「年季が違うぞ、若造」

 ぐ、態勢を低くし、片手を引いた。その手には風が宿っているかのように見えた。

 その手から放たれる攻撃を予期し、グラヴァンは身構えるように剣を構え直そうとする。

 その行動を見、エスティが笑みを深くした直後。

 エスティはポップコーンの箱に手を突っ込んだ。

「くらえ、ポップコーン爆弾!」

 エスティが片手いっぱいにポップコーンを握りしめ、それを盛大に撒き散らした。

 ふわっ、とポップコーンが宙に舞う。

 視線がポップコーンに注がれた。

「……!?」

 いや、それは視線を逸らすための巧妙な手口か、とグラヴァンがエスティへ視線を戻す。

 けれどエスティはにやにやしてその場で立っているだけで、攻撃をしようとしない。

 目眩しだけのはったりか、とグラヴァンは若干苛立ちを見せ、ポップコーンを剣で弾いた。

 その場を背後から眺めていたサラも呆気に取られていた。

 そんなしょぼい攻撃では全く意味がないだろう、と思っていたが。

 剣で弾かれたポップコーンが、突然眩しく爆発したのだ。

 かなり大規模に。

「ぐあ……!」

 爆風が吹き荒れ、家の中にあるテーブルや家具が壁に激突し、ガラスのない窓や壊れた壁から一斉に風が走り抜ける。

 グラヴァンは家から弾き飛ばされた。

「これで多少は時間稼ぎできるじゃろう。食べ物は粗末に扱ってはならんぞ」

「あんたが言うな」

「……で」

 エスティは屈みこんで、サラの胸に手を当てた。

 何かを感じたのか、エスティの眉根に一瞬だけ皴が刻み込まれたが、すぐに深い笑みに変わる。

「仕方ないのお。少しだけだぞ」

「何だ……?」

「お主の光の力は、人間が感知できない程弱まっているってことじゃ。消えてはおらん。ただ、危うい状態なだけじゃ」

「じゃあどうすれば――っ!」

「しっ」とサラの唇に人差し指を当てる。

「耳を澄ませ」

 すると、サラとエスティが淡い光に包まれた。

 じんわりと、自身の光の力を感じ始める。

 それと同時に、サラの中には疑問がわき上がる。

「あんたは、一体……?」

「ただのエスティじゃ」

 この者、ただものではない。

「サラ……」

 のそ、と姿を見せたのは。

「アル……!」

 サラは痛い身体を無理やり動かして、アルグランドを抱きしめた。

 数日と言うのに、随分とアルグランドの姿を見ていない気がしていた。

 抱きしめる感覚が懐かしくて。

 うれしくて。

 涙が出そうだった。

「もう、会えないかと思った……!」

「大げさだな」

 ちらり、とエスティの姿を見たアルグランドが一瞬目を見開いたが、エスティはただにやにやしているだけ。

「サラ、たらふくポップコーンが食べたいのお……?」

「……任せろ。ポップコーンなんていくらでもくれてやる。……エスティ」

「何じゃ?」

「ありがとう」

 ふふふ、と嬉しそうに笑うエスティ。

 煙の向こう側から、グラヴァンがガシガシと頭を掻きながら姿を見せる。

「はあ……。全く、お楽しみの時間が台無しだよ」

 その姿を二人とも目に留める。

「じゃあ、我はそこで寝そべっている祈祷師と逃げているぞ。だから、後は頼んだぞ」

「ああ。わかった」

 先ほどの爆風で意識を失ったマリアを抱き上げ、エスティが森へ。

 姿が消えた事を確認して、サラはもう一度自身の精霊へ視線を向けた。

「サラ……さあ、願うんだ」

「ああ」

 サラは目を閉じる。

 希望や願いが光の力となる。

 こんなところでは死ねない。

 私は。

 自身の脳裏に走馬灯のように人々が思い浮かぶ。

 救えなかった人たち、救えた人たち。

 仲間の顔。

 そしてアルグランドの姿。

 最後に、悲しそうにほほ笑む姉。

「私は姉さんを助けたい。苦しんでいる人も、救いを求めている人も」

 アルグランドがじっと耳を傾けている。

「誰も傷つけたくはないし、もう、失いたくない」

 もちろんアルも。

 当然だ。

 失って大切さを知るなど、遅すぎる。

 もう、二度と失わない。

「失わないように、私は戦う」

 アルグランドが横で「懐かしいな」とふっと笑った気がした。

「共に、戦うと誓おう。――サラ」

 無茶するなよ、と付け足して。

 もう、無茶はしないよ。

 グラヴァンがどす黒い笑みを浮かべ、す、と剣を構えた。

 アルグランドが剣となり、サラが光に包まれる。

 受けた傷が徐々に塞がってゆく。

 ――アル。

 本当にありがとう。

 アルは最高の相棒だよ。

 グラヴァンが爆発的な力で踏み込んでサラに迫ってきた。

 サラはまばゆい光に身を任せ、走りだす。

瞬刻しゅんこくルーセント!!」

 カッと目を見開けば、洗礼された剣先がグラヴァンに吸い込まれるようにして、一撃が放たれた。

 強大な力がぶつかって。

 光が爆風と共に円環状に広がり、空気が震えた。

 シリウスと対峙していたスカルが、その光によってかき消される。

 風が止んだ後、斬り合った二人はお互いに静止していた。

 けれど、ぐらりと体が傾いたのは、グラヴァンの方だった。

「ぐ……」

 やったか……。

 サラは肩で息をしながら、倒れているグラヴァンの方へ向かった。

 どこか清々しい表情を浮かべているグラヴァンは、さらさらと体が消えている。

「君に……殺されるのも……悪くないね……。なんだか、とても気分がいい」

「……教えてくれ」

「……何を?」

「異界の深淵は、どこだ? どうしたらそこへ行ける? あんたらは何のためにこんなことをしているんだ?」

 ちら、とサラの方へ視線を向けたグラヴァンはふっと鼻で嗤う。

「異界の深淵は異界の深淵だよ……。君たちは足を踏み入れられない……。どう頑張ってもね……」

 さらさら、と消えてゆく。

「君たちは健闘しているけれど……残念ながら、あの方の野望は止められない……」

「野望…?」

「そう、野望さ」

「そんなもの、止めてみせる。そして、姉さんを助ける」

「……姉さん、ね」

 グラヴァンが、風と共に消えてゆく。

 その風と共に。

「君たち人間は運命には抗えないんだよ」

 そう、含み笑いがサラの耳をかすった。

「……っ」

 サラはぐ、と拳を握る。

 抗ってやるさ。

 どんな未来が待っているとしても。

 私は、自分で未来を切り開いて見せる。

 仲間となら。

 アルとなら。

 きっと大丈夫だ。

 ざあああああああ、と全てが風に攫われ。

 グラヴァンは跡形もなく消えた。
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