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38話「西海の海賊」

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「わぁーっ!海です海です!」

「潮風が気持ち良いわね…」

西方の港町、ベネヅィア。この大陸最大の貿易町で、多くの人々が街を行き交っている。発展ぶりも凄まじく、ハルバトルソよりも遥かに進んだ文明が町に備わっている。

「ダンジョンまで出る船が昼出発らしいから、それまで何処かで時間を潰そう。」

「それは良いな。トモヤ、ここで海産物でも食べておかないか?」

「海産物も良いですね!トレファさんも食べに行きましょう!」

「ええ。もちろんよ。」

そんな訳で、トモヤ達は船が出るまで街で時間を潰すことにした。目標は、新鮮な海産物。美味しいものを目指して、店をどんどん探して行く。とはいえ、彼ら四人は単なる観光客。何処の店が美味しいかなんて分からないわけで。

「結局ここに落ち着きますよね~」

「そうだな。…いつも来てる場所だけど…」

「まあ知ってる味が一番落ち着くでしょ?」

四人が来たのは、ハルバトルソにもあるチェーン店。海の食品を肴に飲むのがメジャーな酒場だ。トモヤ達はカウンターテーブルについて、メニューを開く。

「あれ?なんだかメニューが多いですよ?」

「本当だ。刺身に活け造り…ナマモノか増えてるのか。流石は海の町だな。ハルバトルソじゃ保存食しかないからな…」

「ふふ。せっかくだから頼んでみましょ?良い経験になると思うわ。」

「うむ。私もトレファに賛成だ。活け造りなど食べてみてはどうだ?」

「じゃあそれにするか。大将、デュクナーの活け造り一つ。」

「あいよ!少し待ってな!」

大将はそう言うと、奥の方で魚を捌き始める。トモヤ達が雑談に耽っていると、いきなり店のドアがバーンと開く。

「おっさーん!今日も来たぜー!」

と、やってきたのは紅の帽子を被った、胸元が大きく開けた服を着た、色気全開の女海賊。程よく焼けた褐色肌と、やけに威勢の良い八重歯が特徴的だ。

「おう!今日もいつものやつかい?」

「んー、今日は酒少なめで!この後仕事なんだ!」

「あいよ!」

女海賊はドカッとカウンター席に座ると、我が物顔でピッチャーから水を注ぎ、ぐびぐびとジョッキグラスで一気飲みを始める。ぷはーっと一息つくと、暇つぶしがてらにトモヤに声をかける。

「なあなあ、アンタら観光客?」

「え?ああ、俺らは冒険者だ。クエストに行く途中で、今はちょっと行くまでの時間潰し。」

トモヤは突然話しかけられたら案外黙りしてしまうタイプなのだが、こちらの世界に来てからすっかりそれにも慣れてしまっていた。

「へえー!冒険者か。珍しいな。この辺りは基本的に漁師とか行商人しか来ねえのに。…あ。分かった!アレだろ!海の秘宝を狙ってんだな!」

「海の秘宝?」

「あれ?違うのか?んじゃあ教えてやるよ。ここから10海里北に進んだ場所に新しい島が出来たんだよ。そこはダンジョンなんだが、なんと!その島には物凄いお宝が眠ってるって噂なんだ!」

ドキドキワクワクの大冒険。そんな感じに語る彼女と、ほーほーと頷くトモヤ。お宝には興味無いのだが、その座標はちょっと聞き覚えがあった。

「なあスフレ、確か10海里上って…」

「はい、今回向かう島ですね。」

「やっぱりか…なあ、そのダンジョンには何時行くんだ?今日か?」

「ああ、そうだよ。今日の昼に上陸するんだ。私達サラ海賊団が、真っ先に最深部のお宝を手に入れてやるんだ!」

「マジか……俺達もその島に行くんだよ。しかも、今日の昼からな。」

「本当か!?という事は、やっぱりお宝の事知ってたんだじゃねえか!敵同士って事だな!」

「い、いや、そうじゃなくて…」

「よーし、覚悟しとけよ!どっちが先にお宝を取るか勝負だ!」

彼女の威圧感に押されて、たじたじになるトモヤ。勝手にお宝を取り合う勝負に乗せられてしまったわけで。ちょっと困った様子で仲間達を見る。

「あら、良いじゃない。乗ってあげたら?別にそれで何か困る事がある訳じゃ無いし。」

トレファは一息置いて、トモヤの耳元で囁いた。

「それに、彼女らを先に行かせれば、私達も安心して進めるじゃない?」

「い、いや、それは流石に非人道的と言うか…」

「あら、彼女と私達は敵同士なんでしょ?だったら…利用したって別に良いんじゃない?」

「…いや、それとこれとは別で」

トモヤが言い返す前に、トレファは真紅の海賊の前へと躍り出る。

「じゃあ決まりね。そこのあなた、名前はなんて言うのかしら?」

「私はダーマ=サラ。世界を牛耳る大海賊、サラ海賊団の船長だ!そういうお前は?」

「私はクリム=トレファ。占星術士で盗賊で…今は踊り子をしているわ。今日は敵として、よろしく頼むわね。」

「ああ。よろしく!お互い全力で挑もうな。」

「ええ。もちろんよ。」

クスリと笑うトレファ。至って清純に相手をしようとしているサラとは、全く対照的であった。そのどす黒さに、トモヤも唖然とするばかりであったとか。こうして、トモヤ達とサラ海賊団のお宝争奪戦が始まったのであった。
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