公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

王都へ②

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ルーとギードの頑張りもあり、日が落ちる前にはは山を抜けることができた。
山を抜けた先には、キヴェの町がある。

キヴェは、王都の衛星都市のひとつだ。
北からの山との間にあるその町で、北から来たものは王都に入るためにひと息つき、王都から北へと旅立つものは、ここで厳しい辺境地への旅支度を整える。
王国の発展とともに王都の人口が飽和状態になってからは、王都近くにキヴェのような衛星都市が造られ、それぞれ地域ごとの役目を担っていた。

「ここの城壁は見事だな」

セオドアが、町をぐるりと取り囲む高い城壁を見上げて感嘆の声を上げる。
キヴェには北の山からの魔物の侵入を防ぐよう、堅牢な城壁が築かれている。城壁沿いにいくつも警備兵の詰め所が設置されており、有事に備えて警備兵の数も多い。緊急時にはキヴェで魔物の侵攻を押し留め、その間に王都へ知らせが行くような仕組みが整えられていた。

「セオはキヴェは初めてだったか?」
「北から出るのも初めてだ。王都にも着いてないのに圧倒されるな。田舎者には眩しいね」

そう嘯きながらも世馴れた様子のセオドアに、ジェイデンは苦笑した。
北の町とは違うねぇ、と精緻に造られた建造物を珍しげに眺める姿は、自身を北の田舎者と卑下するには堂々としている。
セオドアは大柄な体躯と砕けた物言いの割に、周りに粗野な印象を与えない。
人見知りをしない彼の人懐こい笑顔は誰をも惹きつける。それでいて、黒い瞳の奥にはある種の強かさがあった。いつも余裕を感じさせるその物腰と相まって、北では男慣れした女性に特に人気があった。あの腕で引き寄せられ、厚い胸板に抱かれたいと、商売女から貴族の未亡人までを魅了する男だ。

今も町の正面門の検問の列に並ぶ若い娘たちが、セオドアへとちらちらと視線を遣している。それを横目で見やり、ジェイデンは列を無視して先に1人で城門に近づいていった。




「おー、相変わらず無自覚に目立ってるねぇ」

ジェイデンが同じようなことを考えていたとは知らず、セオドアはジェイデンの人目を引く容姿を離れたところで眺めている。

出会った時は美少女然としていた美貌も、成長と共に柔らかさが削ぎ落とされ、精悍さを増していった。
肩につくほどの金髪はゆるく結ばれて背に流れている。しっかりと筋肉がついた体躯は、3つ歳上のセオドアと比べると、それでいてまだ15歳の若々しさを残していた。

彼は、セオドアと同じように、いやそれ以上に自身が人目を引くことに頓着をしていなかった。
王都にいる8歳までは、自分よりも美しい少年に、小さな令嬢たちは嫉妬して近づくことはなかった。
しかし、北の辺境地で成長を遂げてからの彼の元へは、一変して辺境一帯の貴族の令嬢達からの恋文が届き、町娘が憧れの眼差しを送った。
セオドア同様、女性に不自由することはなかったが、ちやほやと寄ってくる女性たちに、居心地の悪さを感じていた程だ。




「何してる。早く来い」

前を行くジェイデンが、セオドアが追いついてくるのを足を止めて振り返る。大股で近づきながら、ジェイデンの隣に並んで進む。
大きな狼を連れた彼らに、城門に列を作る人々は避けるように道を開けた。


「並ばないのか?」
検問の列を指差しながら、セオドアが聞く。
「まぁ並んでもいいが、検問官が気の毒だからな。ここは先に入らせてもらうことにしよう」

町に入るための城門は、平民が通る大門の横に貴族用の扉がついている。身分証を提示すると、貴族は優先的にその扉を通ることが許されていた。
ジェイデンたちが平民と同じ門を通ろうとすると、貴族を列に並ばせたと、後で責められるのは彼らの方だ。ジェイデンは権力を誇示することは好かないが、だからといって誰かに迷惑をかけたいわけではない。

「それに、ルーたちのこともある。いちいち騎獣の滞在申請や審査に時間をかけるのも面倒だ」

大抵の町には城門に近いところに、厩舎と騎獣専用の獣舎が用意されている。馬丁同様、騎獣専門の番人がおり、手入れや給餌まで手厚く世話をしてくれるのだ。
調教された騎獣は人を襲うことはあり得ないが、騎獣にもランクというものがある。あまり利口でない騎獣が時々獣舎で暴れることもあるため、町中には騎獣を連れて行くことが許されないことが多い。

「獣舎に預けるのか?」
セオドアがジェイデンに問いかける。

ぴったりと斜め後ろを着いて歩く二匹の狼は、置いていくの?とでも言いたげに首を傾げて主人達を見上げた。そんな二匹の首輪を確認しながら、ジェイデンはいいや、と首を振った。

「二匹とも連れて行く。貴族の特権はこういう時に使うさ。それに二匹とも首輪をしているし、騒ぎを起こすようなことはしない」

ルーとギードはもともと知性が高く、魔力も強い魔物である。
仔狼の頃にジェイデンとセオドアに拾われてから、それぞれを自らの主人と決めており、成長してからも離れようとはせず、自ら騎獣となることを望んだ。
二匹の首輪は魔道具で、契約魔術の証である。
「首輪」の契約は魔力が強い魔獣でないと成立することが難しい。そのため、首輪つきの騎獣は元々の魔物としての力が強く、主人との間に別格の信頼関係があるということを示していた。


「王都は首輪つきは少ないようだな。北に比べて魔物が少ないせいなのか?」
並ぶ列にちらほらと見かける騎獣を見遣り、セオドアも貴族用の入り口へと足を向ける。

「そうだな。そもそも王都近くの人間にとっては魔物が身近な存在じゃないんだ。魔物は時々北からやってくる厄介な災厄みたいなものだな」
「ふーん?そんなものか」
「ああ、北とは違う」

列を無視して、あっという間に城門の検問所の前まで進んだ2人は、慌てる警備兵に身分証と通行証を差し出した。

「すまないが、この二匹は町に一緒に入れるか?」

二匹の騎獣は大人しくお座りをして、ジェイデン達の後ろに控えている。
貴族の対応に緊張している若い警備兵は、申し訳なさそうに頭を下げつつ、
「申し訳ありません。…連れて入っていただくのは問題ないのですが、この大きさの狼を預かれる獣舎を備えた宿屋が町の中にはないと思います」

頬にそばかすが浮いた小柄な若者である。
2人の大柄な貴族に挟まれて、語尾を震わせながらも提言した。

返事を聞いたジェイデンが、迷うように二匹を見た。
そのまま考えこむ様子に、
「宿に連れて行けないなら仕方ないんじゃないか」
とセオドアも困ったように頭を掻きながら二匹を見下ろす。


その時。

「「…え?」」

突然二匹の巨大な狼が、小さな黒犬のサイズへと変化した。
小さくお座りをしたままの姿勢で、これならどう?とでも言いたげに尻尾をぶんぶんと振る。
首輪も合わせて縮んでおり、可愛らしく二匹を飾っていた。

「お前たち、そんなことができたのか」
騒つく警備兵たちと同様に内心は驚きながらも、以前の半分より小さくなった相棒をセオドアが抱き上げる。
その毛並みは、元のサイズの頃のものより柔らかくてふわふわとしていて、抱き心地は抜群であった。

「かわいくなったな、お前」
こちらも、わふわふと尻尾を振って得意げなルーを見て、ジェイデンの目尻も下がる。
超絶的な可愛さである。

思わぬ出来事に、ここが検問所ということも頭の中から飛びそうになったが、ざわめく声に理性を取り戻してジェイデンが警備兵に向き直った。

「これで、大きさは問題ないな。連れていってもいいだろうか」

ジェイデンの碧い眼に間近で見つめられ、頬を染めた警備兵はこくこくと頷き、通行証に判を押した。

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