公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
32 / 64
二章 士官学校

アマーリエとソフィア③







「ねぇ、ソフィアは風魔法が使えたかしら?」

少し考えるような素振りで、アマーリエが問う。

「簡単なものなら使えるけど、どうして?」

「ここから先は、あまり人に聞かれたくないのよ」

アマーリエは身体強化の魔法しか使えない。

「あら。盗聴防止の魔法なら、風魔法よりも防衛魔法がいいのよ。カルテスの女を甘く見ないでよね」

ソフィアは得意そうに胸を張った。
防衛魔法術はカルテス家の十八番だ。
諜報活動に使う魔法は、一通り習得しているソフィアである。

周りの客を見渡してから、軽く手を回して口の中で術を発動させる。発音せずにこの術を使えるのは、カルテスの一族の者だけだ。

「もういいわよ。周りの人たちは私たちが何を話しているかわからないわ」

風魔法における盗聴防止術は音を完全に断つという単純な魔法だ。しかし、その一角から全く声が聞こえなくなるため、人が集まる場所では周囲から不審に思われることがある。

カルテスの術は少し違う。
音の遮断と共に魅了の魔法が組み込まれており、周囲には全く会話が聞こえない上に、彼らからはソフィアたちが他愛もないお喋りをしているようにしか認識されない。しかも会話の内容は後から思い出そうとしても、記憶に残らないほどの印象しか残さないのである。

「さすがね」
「際どい話題なのね。これで続きを聞かせてもらえるのかしら」

ソフィアの言葉に頷いて、アマーリエはゆっくりと続きを話し始めた。









リリーアは、皇妹として他国に王妃として嫁ぐようにと幼い頃から教育を受けてきた。
帝国が戦争で敗戦しなければ、死ぬまで王族として生きていくはずだったのだ。
帝国の敗北と共に、他国の臣下の公爵家に降嫁するという事実は彼女にとって屈辱で受け入れがたい現実だった。

「ロンデナート家は帝国に勝利したことで領地を広げたけれど、そこは元々帝国領だった場所よ。さらに、リリーア様は帝国から大勢の侍女や臣従を連れてきたわ」

その者たちは、王国に負けて土地を奪われた者たちだ。
特に、シェイラ率いるロンデナートの私兵団に仲間を殺されたり、帝国内で失脚した者の恨みは根深かった。


「最初に仕掛けてきたのは帝国側のくせに、逆恨みもいいところよ。表面的には和睦を理由に輿入れしてきているわけだから波風は立てられなかったようだけど、シェイラ様を恨む者は多かったみたい」

苦々しげにそう言って、アマーリエは言葉を切った。
遠い日を回顧するように、

「私の父は、シェイラ様の部下だった。戦時中は一緒に最前線で戦ったらしいの。シェイラ様は誰よりもお強くて、誰よりも美しい方だったって今でも言っているわ」

北の兵士たちの希望。シェイラはそう呼ばれていた。
常に最前線に立ち、血塗れになりながら敵を屠る。絶望的な戦況でも、彼女が声を上げるだけで兵士は立ち上がった。彼らの土地を守るために。

「戦争だもの。仕方ないとはいえ、両者にはかなりの戦死者が出たわ」

特に帝国軍の被害は甚大だった。
北の兵士の練度は、帝国軍の想像を遥かに超えていた。
巌々としたアバド山の地形を利用して帝国軍を撃退した『山砦の戦い』では、半数以上の帝国兵が命を落とした。
北の民には崇拝されていた彼女だが、一方帝国軍にとっては死の象徴のように忌み嫌われていた。


(あの女がいなければ、我々が負けることもなかったのに)
(ロンデナートの魔女め。どこまでも目障りな女だ)


「さらに最悪だったのは、リリーア様についてきた腰巾着たちね」

アマーリエが吐き捨てるように言い、うんざりした表情で続けた。

帝国は、ロンダ砦周辺の元帝国貴族を厄介払いにリリーアの臣下として王国に押し付けたのだ。
彼らは貴族としての地位を剥奪され、ただの召使や従者として彼女に仕えていた。


(こんなことになったのは、あの女のせいだ)
(憎い。あの女が憎い)


「リリーア様は戦争のこともシェイラ様のことも詳しく知らなかったはずよ。でも、周りの人間が色々と吹き込んだみたいで、シェイラ様とはほとんど口を聞かなかったらしいわ。エルヴァイン様のことは夫として受け入れることができたようなのだけど…」

リリーアは帝国の皇都から出たことはなく、元々戦争にも無関心な姫だった。
皇城で何不自由ない生活をしてきた彼女は、名実ともに世間知らずの深窓のお姫様だ。
臣下たちとは違い、戦争に左右されるほどの政治的立場を持っていたわけではなかった。
しかし彼女の周囲にいる者の陰口は、容易く彼女の思想を染めた。現状に不満を抱いていた彼女に、臣下の囁きはさぞ甘い響きを持って聞こえただろう。


(シェイラがいるから、帝国は戦争に負けた)
(シェイラがいるから、公爵などと結婚しなければならない)
(シェイラがいるから、夫となる男にも一番に愛されない…)


リリーナの不満は、シェイラへの憎悪に次第に置き換えられていったのだ。
周囲の者は、ここぞとばかりにリリーアへシェイラへの恨み言を吹き込んだ。

そして、それは徐々にリリーアを変えていった。

帝国との外交を仲介し、国交が回復するにつれて帝国の商人たちも王国内で商売を始めるようになった。彼らに便宜を図りながら王国の貴族たちにも根回しを行い、元帝国貴族たちは徐々に勢力をつけ王都でのリリーアの立場を盤石なものにした。

「リリーア様は嫁いで来られた頃こそ北のお屋敷で暮らしていらしたけれど、すぐに王都のお屋敷へと居を移されたわ。もちろん、夫のエルヴァイン様と一緒に」

アマーリエはそこで一息ついて、言葉を切った。

「…リリーア様とエルヴァイン様には、5歳くらいの時に初めてお会いしたことを覚えているわ」

ソフィアはそう言って、幼い頃の記憶を思い出すように首を傾げた。

「確か、ベイルート様のお披露目会だったはず…。その時はシェイラ様もいらしたんだと思うけれど、記憶にないわね」

ベイルートのお披露目ということで、王都の同年代の貴族子女が集められていた。
ソフィアにとっては初めての社交の世界だ。その時エスコートをしてくれたのがリルバだったので、余計に緊張したのを覚えている。

「ジェイデン様のことは覚えているわよ。ベイルート様の後ろで、困ったような顔をしている女の子がいると思ったの」

思い出し笑いをしながら、ソフィアが続ける。

「でも、その女の子が着ているのがドレスじゃないから私は混乱しちゃって。叔父様に『女の子なのにドレスを着なくていいなんてずるい』って言ったらしいわ」

男児用の礼服を着たジェイデンは、その場にいたどの少女よりも可愛かった。
お転婆だったソフィアは、初めての正装が窮屈で仕方なかった。このドレスを早く脱ぎたいと思っていた所にその光景を目撃し、つい口からでた言葉だった。

「リルバ叔父様は爆笑よ。お父様には叱られたわ」

その次の日から行儀作法の勉強時間を増やされてしまったと言うソフィアに、アマーリエは笑いを堪えている。

「噂には聞くけど、そんなに可愛かったのね」

「ええ。いつもベイルート様の後ろに隠れていて、大人しい印象だったわ。ベイルート様は王太子様とも仲がよろしくて、よく一緒にいらしたんだけどね。彼らに近づきたいご令嬢にとっては、ジェイデン様は邪魔だったみたい」

ベイルート達に近づきたいが、自分よりも可愛い相手が近くにいては手が出しづらい。

「しかも、周りが選りすぐりのご令嬢を紹介しても『うちの弟の方が可愛い』ってベイルート様が言ってしまうものだから、火に油を注いだみたいになっていたわ」

その言いように、アマーリエが目を丸くする。

「ベイルート様はジェイデンと仲が良かったの? 」

「ええ、仲が良かったように私には見えていたけど。…今の話を聞いたら、なんだか複雑になってきたわね」

そう言葉を切ってから、ソフィアはふうと息をついた。

「ロンデナート家にそんな確執があったなんて知らなかったわ。北ではみんな知っている話だったの? 」

「そんなことはないわ。知っているのは一部の人間だけよ。私は知ることができる立場にいただけ。リリーア様と元帝国貴族たちは体裁を整えるのが得意だから、表面上はうまくやっているように見せているのよ」

その言いように、何か引っかかる気がしてソフィアは首を捻る。
ならば何故ここまで詳しくアマーリエが知っているのか。

不意に抱いた疑問を黙っていられなくて、真顔で聞いた。

「アマーリエは、ジェイデン様とどういう関係なの? 」






感想 16

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。 キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・ 僕は当て馬にされたの? 初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。 そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡ (第一部・完) 第二部・完 『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』 ・・・ エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。 しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス…… 番外編  『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』 ・・・ エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。 『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。 第三部  『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』 ・・・ 精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。 第四部 『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』 ・・・ ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。 第五部(完) 『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』 ・・・ ジュリアンとアンドリューがついに結婚! そして、新たな事件が起きる。 ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。 書きたかったことが書けた感じです。 S S 不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。 この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。 番外編 『僕だけを見ていて』 ・・・ エリアスはマクシミのことが大好きなのです。なんか、甘めの話を書いてみたくなりました。 『ホワイトデー♡小話』(前後編です) ・・・ エリアスからのプレゼントのお返しをするマクシミのお話です。 ホワイトデーなので、それっぽく書いてみました。 エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃) マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子) ♢ アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王) ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃) ※扉絵のエリアスを描いてもらいました ※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気
BL
完結に向けて頑張ります 5月中旬頃完結予定です その後は、サイドストーリーをちょこちょこ投稿していこうと思ってます