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二章 士官学校
アマーリエとソフィア⑥
「はぁ、なんだか疲れちゃったわ」
ひとしきり長い話を終えたアマーリエは、脱力してテーブルに両肘をついた。
「行儀が悪いわよ、アマーリエ」
ソフィアに窘められるが、アマーリエは気にする様子もない。
「まだ貴女の魔法の効果があるんでしょう? 誰も気付いていないわ」
ソフィアの魔法は盗聴防止とともに認識阻害の効果を持つ。
周囲の人間からはどうせ見えていないようなものなんだから、と言われソフィアは呆れ顔だ。
「ソフィアはずっと王都育ちでしょう? 何か最近気になることはある? 」
アマーリエは悪びれる様子もなく、そのままの姿勢から上目遣いでソフィアに聞いた。
「そうねぇ…。さっきの話を聞いたからと言うわけではないけど、やっぱり帝国の人間が増えてきたと思うわね。ここ最近は国交も正常化してしばらく経つし、帝国商人と貴族の出入りは多くなってきているわ。…だからか知らないけど、王都への道程で魔物に襲われる人も増えていると聞いたわ」
「魔物? 」
「ええ。帝国から王都までは北の辺境を通るでしょう? 山越えには危険が多いから、通る人数が増えたことに比例しているだけじゃないかって言われているけれど」
帝国側から王都までの道程は中々に過酷だ。
北の辺境地は国内でも魔物が多い地域で、その個体もそれぞれがかなり強大である。
生きて王都に辿り着くには、護衛の同伴が必須だ。
「確かに護衛依頼は多いわね。私は助かっているけど」
アマーリエは小遣い稼ぎに王都周辺での護衛任務をしている。
帝国商人たちに同伴してきた護衛たちは、多くがキヴェでその任務を終える。キヴェを境に、彼らの護衛を王都を拠点としている護衛たちに引き継ぐのだ。
帝国の護衛たちは、そのままキヴェから帝国へ帰国する商人たちに雇われて帰って行く。
「帝国からついてきた護衛の装備って、辺境越えのために揃えているから、キヴェから王都までの護衛には向かないのよ。いったんキヴェで装備を平地用に変える必要があるんだけど、大変でしょう? だから、彼らの仕事はそこまでなのね」
帝国の護衛たちは、北の山越えに合わせて装備を備えている。
そして、一番魔物に遭遇するのがその山越えだ。
「キヴェから王都まではほとんど魔物は出ないわ。どっちかと言うと、強盗を警戒しているわね」
そのため、魔物に遭遇して苦労をするのは、殆どが帝国の護衛たちだ。
「最近は魔物を警戒して、帝国が国を挙げて商人を支援しているそうよ」
ソフィアがアマーリエの話を聞いて、納得したように答えた。
この国の自由商人とは違い、帝国出身の商人はそれぞれに貴族の後ろ盾を必ず持つ。
彼らの命を受けて商売をしているという点では、平民とはいえ商人自体も油断ならない相手だ。
ここ10年ほどで情勢は随分と変わった。
派遣されている外交官だけではなく、商人を抱える帝国貴族たちが自主的に王都の二の郭や三の郭に居を構えるようになり、王都は以前よりも賑わいをみせている。
人の行き来が増えたことで商業地区は活気に溢れ、異国の品々も容易に手に入るようになった。
「最近は帝国との関係も良好だし、帝国の人間が増えていても特に不自然な点はないのよねぇ」
「ええ、そうね。貴族の交換留学も行われているわよ」
「平和なのが一番。何も起こらないなら、それに越したことはないわ」
アマーリエは少し感傷的な声音でそう言ってから、窓の外を見た。
窓越しに南の塔と士官学校の外壁を眺めながら、彼女は続ける。
「ジェイデンは士官学校を卒業したらさっさと北に帰るつもりみたいだし、このまま何事もなく3年が過ぎることを祈っているのだけど」
ほぅ、と小さくため息が漏れる。
楽観的な考えだが、そうなればきっといい。
彼は王都での立身出世には興味がないと言っていたのだから。
そう言うアマーリエに対し、ソフィアは同意しながらも口を開いた。
「水を差すようだけど、難しいと思うわね」
リリーアがどう出るかはまだわからない。
恋の相手として貴族の令嬢たちが放っておかないだろう。
入り婿としてもロンデナートとの繋がりがほしい相手には都合が良く、引く手は数多なはずだ。
すぐに思いつく事案だけでも、面倒な事この上ない。
「それよね、そこはもう自分でなんとかしてもらうしかないわね」
予備学校時代の苦労を思い出し、投げやりな事を言うアマーリエに、ソフィアはくすりと笑った。
口ではそう言いながらも、放って置けない性分なのは自身で気付いているのだろうか。
「王都の社交界って、ほんとに魔窟よ。関わり合いになりたくない」
心底嫌そうにアマーリエが言い放った。
しかし、小身貴族の彼女はともかく、ジェイデンやソフィアはその世界からは逃れられない。
それを理解しているソフィアは、駄々っ子を宥めるようにアマーリエに言う。
「シェイデン様もわかっていらっしゃるわよ。ロンデナート家主催の宴にはリリーア様もいらっしゃるでしょうけど、欠席は許されないのよ」
返事の代わりにむくれた顔をするアマーリエに、ソフィアが諭すように続けた。
「リリーア様は今も帝国と太い繋がりがあるし、王宮も彼女を無視できないの。降嫁したとはいえ、王都の貴婦人の中では王妃様に次ぐ権力を持っていらっしゃるもの」
そう言いながら、ソフィアは先日見かけたリリーアの姿を思い出す。
彼女が着ていたのは、入手困難な紅絹の生地で仕立てられた異国風のドレス。
その見慣れない美しさに夢中になった取り巻きのご婦人方が、自分も欲しいと帝国商人の所へ殺到したと噂で聞いた。
その前は帝国産の緑柱石の輝くネックレス。そして真珠の耳飾り。
彼女が披露した品々は瞬く間に人気となり、王都で流行する。
最近の帝国商人の台頭は、彼女の功績に依るところが大きいとソフィアは考えていた。
彼女が意図して行なっている事なのかは、まだはっきりとわからないが。
「まあ、今から考えていても仕方ないわよ。ジェイデン様は北に帰りたいんでしょう?ロンデナート家にはご兄弟もいらっしゃるし、お忙しくて意外ともう興味が失せているかもしれないわよ」
シェイラが亡くなってから、ジェイデンとリリーアが顔を合わすことは一度もなかった。
お互いに北と王都に離れて暮らすことになってからは、交流も途絶えていたと聞いている。
「そうね。私も先入観を持ちすぎていたかもしれないわ。ベイルート様とジェイデンの仲が良かったのも初めて聞いたしね」
「子供の頃の話ね。私の記憶では、ベイルート様はジェイデン様のことをすごく可愛がってらっしゃったわよ」
ジェイデンから兄については一度も聞いたことはない。
そもそも彼は自身の境遇や家族について自ら語ったことはないのだ。
アマーリエは、少し反省した様子で自身を振り返る。
「周りの話を聞いて、少し過剰になっていた所もあったかもしれないわ。やっぱり私は北の人間だから、シェイラ様に肩入れしてしまう所があるの」
少し落ち込んだ様子の友人に、ソフィアは何も言わず微笑んだ。
様々な人間関係が交錯しているが、これはいわば戦争の弊害だ。
見る立場が変わると、簡単に善悪が入れ替わる。
(…でも、きっとそんなことは綺麗事ね)
外交的に考えても仕方のないことだ。友人のために感情的になってしまうのは、むしろ人間的ではないのかとソフィアはアマーリエを見る。
ベイルートの名前をきっかけに、話題を逸らそうと、わざと今思い出したかのように口を開いた。
「そろそろ、ジェイデン様はベイルート様と中央寮で面会されている頃ね」
窓から見える南の塔の時計は、ちょうど三の刻を示している。
ロンデナート兄弟は再開を果たしている筈だ。
「ベイルート様とソフィアは親しいの? 」
アマーリエの問いかけに、ソフィアは首を横に振る。
「一方的にお見かけした事があるだけよ。ロンデナートの嗣子だもの。簡単にお近づきになれる方じゃないわ」
カルテス家は伯爵家である。
防衛魔法術に長けた一族として政治に携わることも多いため、王都では準侯爵のような扱いを受けているが、家格としてはそれほど高位ではない。
「私も付き合いで社交界には顔を出すけど、ああ言う場所はあまり好きではないの」
ソフィアがそう言いながら、少し遠い目をして呟くように言った。
カルテス家は、王国中の貴族の弱みを握っていると噂をされている。
実際にはソフィアが知っている事などほとんどないのだが、その噂が一人歩きをしてしまい、彼女が微笑んで立っているだけでも、心にやましい事がある者は慌てて逃げていくのだ。
ソフィアが社交場が嫌いになっても仕方がない。
「…そうだったわね、ごめんなさい」
藪蛇だったとアマーリエは内心焦りながら謝った。
「いいのよ…あら、魔法が切れるわ」
2人の周りが陽炎のように一瞬ぼやけ、波紋が広がるように周囲へと溶け込んでいく。
その直後から他の客の話し声が一際大きく聞こえてきて、アマーリエは目を丸くした。
「周りの声も聞こえにくくなっていたのね。気づかなかったわ」
「ふふ、上手くできた魔法でしょう。…お話はここまでにしましょう」
「そうね。あの兄弟のことは気になるけど、私たちが関わることではないわね」
誰とはわからないようにそう締めくくって、2人は顔を見合わせて笑った。
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