公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
51 / 64
二章 士官学校

マールのおつかい②







マールはキヴェの町の公証案内人に最年少で合格した、いわゆる商人の卵だ。

彼の実家はキヴェでも有数の商家で、父親はキヴェの中心の大広場沿いに店舗を抱える大店の主人である。当の両親は国内外の珍しい品物を求めて、彼が物心つく頃には世界中を旅しておりほとんど顔を合わせることはない。
マールは、店を預かる番頭と叔父であるエズラに育てられたようなものだ。

仕事で忙しい彼らを幼い頃から見ていたマールは、金勘定が得意な子供だった。
番頭のつける帳簿を眺めるのが何より楽しく、文字や計算の勉強が好きなちょっと変わった甥に、10歳の時に公証案内人の試験を勧めたのはエズラだ。

キヴェの町は北の辺境の入り口であり、近場に資源や農地が乏しい立地ということもあって昔は王都の衛星都市の中でも貧しい町だった。
そこに逆に目をつけたのが、王都の商人たちである。

人口が増えすぎて飽和状態だった王都から、彼らはキヴェに入植し、何代もかけて流通のための街道を整備した。
北の辺境地への玄関口でもある立地を活かして商人たちの拠点を作り、そのうちに商業組合の本拠地がキヴェへと移設されたことを機に、この町は商業都市として栄えるようになった。

最近では観光にも力を入れており、昔と比べて大きくなった町では商人たちがしのぎを削る。

そのためキヴェでは商人の子息は登竜門として、まずは公証案内人になり商売について学んでいく。公証案内人になるにも、文字の読み書きや帳簿の付け方、身分の高い相手に失礼にならないための行儀作法など、商家の見習い以上の厳しい試験があった。

めでたく公証案内人になってからは、ひとりで稼ぐ実地訓練である。
当然、案内した相手や紹介先の店や宿屋から紹介料がもらえなければ稼ぎはなく、子供たちには厳しい現実が待っている。
途中で心が折れて辞めていく子供も多いが、一握りの子供たちは自分ひとりで稼ぐことの楽しさを覚え、商人への第一歩を歩んでいくことになる。
そして、年齢の上限である18歳になると公証案内人を卒業していくのだ。






「やべ、王都にいくなら今月分の帳簿の提出を終わらせとかなきゃ」

マールは独り言を言いながら、王都行きまでにしなければいけないことを考えていた。
公証案内人には毎月の帳簿の提出と、稼ぎに応じた税金の納税義務があった。
彼は真面目に毎日帳簿をつけているから、後は税金の計算だけで済む。



そんなことを考えながら歩いていたら、あっという間に骨董通りを抜けた。
角を曲がったところに、赤い屋根の店が現れる。
店の硝子窓から、綺麗に並べられたチーズが見えた。

「こんにちは」

マールがチーズ屋の扉を開けると、カラコロと呼鈴が鳴る。

「あら、いらっしゃい。今日はひとりなの?」

チーズ棚に商品を並べていた店員が彼に気づいて手を止めた。
蜂蜜色の髪をした、マールより少し年上の店員はここの看板娘だ。
にっこりと笑顔で歓迎する。

「うん。今日はお客さんの案内じゃなくて、おつかい」

そう言いながら、マールは布袋から小包を取り出した。

「女将さんはいる?叔父さんから預かってきたんだけど」

「母さんなら、裏にいるわ。ちょっと待ってて」

「うん、ありがとう」

そう言って店員の少女は店の裏へと入って行った。
店には他に客もおらず、マールひとりだけだ。

並べられたチーズを眺めていると、店内に充満したチーズの香りに、ついつい食欲をそそられながら昼食がまだだったことを思い出す。

「きれーなチーズだなぁ」

店内の壁に沿って置かれた木棚には黄色味を帯びた牛乳のチーズが並び、店の中央の硝子製のチーズ棚には、白いチーズが大事そうに置かれている。
貴重な羊乳で作られたそのチーズを見て、マールは思わずそう呟いた。横に置かれたラベルを見ると、コンバルー産の羊のチーズと書いてあった。

「これひとつで幾らするんだろう」

ラベルには、堂々と「時価」と書かれている。
以前、このチーズを両親が土産にと買ってきてくれて味見をする機会があった。子供には贅沢品だが、経験が財産になると考えている両親は、出先で色々な物を見つけてはマールにお土産として持ち帰ってくれる。
その時に食べたコンバルー産のチーズがびっくりするほど癖がなく、まろやかな味わいだったことを思い出しながら、マールは棚に張り付くように真っ白なチーズを見ていた。

できればまた食べてみたいが、そんな機会はしばらくないだろう。






感想 16

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。 キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・ 僕は当て馬にされたの? 初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。 そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡ (第一部・完) 第二部・完 『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』 ・・・ エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。 しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス…… 番外編  『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』 ・・・ エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。 『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。 第三部  『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』 ・・・ 精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。 第四部 『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』 ・・・ ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。 第五部(完) 『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』 ・・・ ジュリアンとアンドリューがついに結婚! そして、新たな事件が起きる。 ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。 書きたかったことが書けた感じです。 S S 不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。 この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。 番外編 『僕だけを見ていて』 ・・・ エリアスはマクシミのことが大好きなのです。なんか、甘めの話を書いてみたくなりました。 『ホワイトデー♡小話』(前後編です) ・・・ エリアスからのプレゼントのお返しをするマクシミのお話です。 ホワイトデーなので、それっぽく書いてみました。 エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃) マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子) ♢ アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王) ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃) ※扉絵のエリアスを描いてもらいました ※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気
BL
完結に向けて頑張ります 5月中旬頃完結予定です その後は、サイドストーリーをちょこちょこ投稿していこうと思ってます