公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
52 / 64
二章 士官学校

マールのおつかい③









「今年のチーズは量が少ないから、いつもより高いよ」

マールは突然かけられた声に驚いて顔を上げた。知らない声だ。

店の奥から、見た事のない少年がマールを見ていた。

マールより少し背が高い、同い年くらいの少年だ。
彼が着ている服装は、町の子供たちが着ている服とは違っていた。
生成りの麻の生地の貫頭衣のようなローブに腰紐を結び、その上から羊毛の防寒着をマントのように重ねている。

「だれ?」

初めて見る風体に、マールは困惑した表情を浮かべる。

(…何この怪しいやつ)

初対面の知らない相手に、マールは訝しげな目線を向けた。
あからさまな態度だったが、相手は気にすることもなくマールの前の硝子棚の前に近づいてきた。

「俺の親父がそのチーズを作ってる」

少年はマールの警戒した様子を無視して、真っ白なチーズを指差して言った。

「え?コンバルー山の羊飼いなのか」

「そうだ」

そう言いながら、少年は大きく頷いた。
彼の耳朶から垂れた、藍色の耳環が揺れるのをマールはつい眼で追ってしまう。

マールは知らなかったが、少年が着ているのは伝統的な羊飼いの装束だった。
牧畜で生計を立てている彼らは、普段は山で生活をしていて町に降りてくることは珍しい。

「……」

マールは、この少年相手に名乗るべきなのか迷って思わず口を噤んだ。
その様子に羊飼いの少年も、じっとマールを観察している。
気まずい沈黙が流れたところに、威勢の良い女将の声が2人の間に割って入った。

「待たせてごめんねぇ、マール」

慌てた様子で奥から出てきた女将は、小包を届けにきたマールに礼を言う。
娘と同じ蜂蜜色の髪をした、恰幅の良い女性である。

彼女はマールから小包を受け取りながら、うふふと笑いながら2人の少年に話しかけた。

「自己紹介を邪魔しちゃったかしら?」

包みを解く手を止めずに、彼女はそう言いながらマールに目配せをよこしてくる。
自己紹介を暗に促され、マールは苦笑いで口を開いた。

「ちょうど、しようと思っていたとこだったよ」

「あら、そうなの」

女将にしてみれば、息子をあしらうようなものだ。
マールの強がりを鼻で笑って、彼女は続きを促した。








「俺はマール。キヴェの公証案内人だよ。何かこの町で困ったことがあったら言って」

羊飼いの少年に向き直って、マールは少し照れた様子で名乗った。

「俺はヘレンの息子のアシャだ」

マールの差し出した手を握り返しながら、羊飼いの少年も名乗った。独特な名乗りだ。

「アシャって、女の子の名前じゃないの?」

名前を聞いて不思議そうな顔になったマールである。
男でアシャという名前は聞いたことがなかった。

「コンバルー山の羊飼いは、男女逆の名付けが伝統なんだ。ヘレンも親父の名前だからな」

言われ慣れているのか、アシャは涼しい顔でそう言った。
女将が笑いながら、そうそうと相槌を打つ。

「熊みたいにでっかい大男が、ヘレンって名乗るもんだから私もびっくりしちゃったわぁ」

ヘレンは美女と名高い女神の名前だ。
それを聞いたマールは、なんとも言えない表情で口を閉ざした。言わぬが花である。

「親父は最近、町では男性名のブレントって呼ばれることもあるよ。本人はヘレンって呼んで欲しいみたいだけど」

「ふーん。アシャは?」

アシャの男性名はアウグストゥスだ。古代語で「尊敬される者」という意味を持つ古い名前である。

「俺はアシャのままでいい」

アシャは首を振って、静かに答えた。
彼は一族の伝統に誇りを持っている。生まれた時から馴染みのあるアシャという響きを、彼は気に入っていた。

「そっか。俺もどっちでも良いと思う。アシャって響き、お前に合ってるし」

「それはどうも」

他意もなくさらりと言ったマールに、少しくすぐったそうにアシャは肩をすくめた。








感想 16

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。 キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・ 僕は当て馬にされたの? 初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。 そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡ (第一部・完) 第二部・完 『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』 ・・・ エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。 しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス…… 番外編  『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』 ・・・ エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。 『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。 第三部  『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』 ・・・ 精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。 第四部 『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』 ・・・ ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。 第五部(完) 『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』 ・・・ ジュリアンとアンドリューがついに結婚! そして、新たな事件が起きる。 ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。 書きたかったことが書けた感じです。 S S 不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。 この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。 番外編 『僕だけを見ていて』 ・・・ エリアスはマクシミのことが大好きなのです。なんか、甘めの話を書いてみたくなりました。 『ホワイトデー♡小話』(前後編です) ・・・ エリアスからのプレゼントのお返しをするマクシミのお話です。 ホワイトデーなので、それっぽく書いてみました。 エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃) マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子) ♢ アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王) ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃) ※扉絵のエリアスを描いてもらいました ※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気
BL
完結に向けて頑張ります 5月中旬頃完結予定です その後は、サイドストーリーをちょこちょこ投稿していこうと思ってます