53 / 64
二章 士官学校
マールのおつかい④
しおりを挟む「あら、エズラさんてばおまけしてくれたのね」
ちょうど小包を開けた女将が、中身を確認して喜ぶ。
中に入っていたのは瓶に入った小さな丸薬と、薬草、そして蜂蜜だ。
「マール、おつかいありがとうね。これ、アシャに渡すお礼に必要だったから、間に合ってくれてよかったわ」
そう言って、女将は荷物の中から瓶詰めの丸薬を取り出して、アシャへと渡した。
「咳止めのお薬よ。必要だと言っていたでしょう?あと、これはチーズの代金ね」
「ありがとうございます。助かります」
アシャは父親の作ったチーズの納品に来ていたのだ。
コンバルー産のチーズは高級品のため単価が高く、卸値でもひとつ銀貨数枚の良い値段になる。
銀貨と丸薬の瓶を大事そうに受け取ったアシャは、自分の肩から下げていた鞄の中に入れた。
それを見ていたマールは、眉をしかめて思わず口を挟む。
「瓶は鞄に入れても良いけど、銀貨はやめとけ。町中で擦られるぞ」
少年が持つには分不相応な金額である。
かと言って、懐の財布に入れていても危険なことには変わりない。
あまりに無防備な様子のアシャに、マールは呆れながら小さな嘆息をこぼした。
「お前、隠し財布持ってないの?」
「山ではお金なんて使わないから…一応財布は持ってるけど」
マールは懐に入れている財布の他に、肌着の下に隠し財布を仕込んでいる。
他にも靴に仕込んだり、ベルトの裏に挟んだりと色々な工夫を凝らした隠し財布があるが、この様子だとアシャは隠し財布そのものを知らないようだと、マールと女将は目を丸くする。
「アシャが1人で納品に来るのは今日が初めてだもの。ヘレンってば、ちゃんと教えてくれなかったのね」
困った顔をしたアシャを、女将が庇うように慰めた。
今日のチーズの売上は銀貨30枚だ。町の大工の一月分の給料と同じくらいの金額である。
貨幣の価値をよく知らず、どうすればいいか途方に暮れた様子のアシャを見て、マールはため息をついて頭を掻いた。
「…ああ、もう!」
自分が今から申し出ようとしていることが、まったく儲けにもならない話だとわかっているからだ。
(…俺ってこんなお人好しだったっけ)
しかし、マールは何故だかこの羊飼いの少年を放っておくことができなかった。
「仕方ないな…俺の家に来いよ。俺のでよければ貸してやるから、次に町に来たときに返してくれ」
自宅には予備の隠し財布が何個かあるはずだ。
そう言ったマールに、女将が「よかったねぇ」と笑顔でアシャに声をかける。
アシャは素直にありがとうと言って、銀貨を握り締めた。
「エズラさんによく効く咳止めを頼んだら、おまけを付けてくれたのよ。喉に効く生姜と花梨が入った蜂蜜だから、お湯で割ってお母さんに飲ませてあげなさいな」
最後に女将は、これはおまけだよと言って小瓶の蜂蜜をアシャに渡した。
アシャの母親は去年風邪を拗らしてから、年が明けても咳が続いているらしい。
そのためヘレンが山に残って羊の世話をして、アシャが1人で町に降りてきたのだ。
彼が来る前に事前に魔鳩で連絡をもらっていた女将は、友人でもあるアシャの母親を心配して咳止めを用意してくれていた。
「女将さんにはいつもお世話になってばかりで、本当にありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアシャに、女将は優しく笑いかけた。
「良いのよ。じゃあマール、アシャをお願いね」
「ああ、わかってる」
「すまない。世話になる」
普段のマールならこんなお人好しな真似はしないのだが、この羊飼いの少年が持つ、なぜか放って置けない雰囲気が彼をそうさせた。
ぶっきらぼうな物言いだが生真面目な態度のアシェに、マールは笑って気にするなと告げた。
「じゃあね、気をつけてね」
女将からおつかいの駄賃として、今日のおすすめのチーズを油紙に包んだ物を受け取り、マールはアシェと一緒に店を出た。
279
あなたにおすすめの小説
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい
発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』
そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。
そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。
あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。
「あ、こいつが主人公だ」
超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる
蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。
キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・
僕は当て馬にされたの?
初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。
そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡
(第一部・完)
第二部・完
『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』
・・・
エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。
しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス……
番外編
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』
・・・
エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。
『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。
第三部
『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』
・・・
精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。
第四部
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』
・・・
ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。
第五部(完)
『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』
・・・
ジュリアンとアンドリューがついに結婚!
そして、新たな事件が起きる。
ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。
S S
不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。
この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。
番外編
『僕だけを見ていて』
・・・
エリアスはマクシミのことが大好きなのです。
エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃)
マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子)
♢
アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王)
ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃)
※扉絵のエリアスを描いてもらいました
※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる