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二章 士官学校
マールのおつかい⑦
しおりを挟む「そういえば、どうやって山まで帰るんだ?」
キヴェからセヴェンヌ地方までは馬車で三日ほどかかる。
ロンバルー山の麓まではさらに二日ほどかかる距離である。
「キヴェから山に来る商隊に入れてもらってる。今日キヴェに着いて、明日またここを立つ隊がいるから入れてもらうんだ」
顔見知りの商隊馬車の荷物番をする代わりに、馬車代は無料になる。
しかも、アシェはロンバルー山の羊飼い特有のある魔法が使えるため重宝されていた。
「俺は幻覚と異常状態無効の魔法が使えるから」
ロンバルー山の羊はその肉も乳も美味と名高く高値で取引されるが、それには理由がある。
ロンバルー山の羊は特殊な魔羊なのである。
一般的な魔羊が少し普通の羊より生命力が強い程度の個体であることに対し、ロンバルー山の魔羊は幻惑の魔法を使う厄介な魔物だった。
生命力は羊と同じ程度だが、身を守るために敵に幻惑魔法で夢を見せる。
そのため高級魔羊でありながら生産が難しく、個体数が少ないのだ。
「ロンバルー山の羊は夢魔って言われてるけど、本当なんだな」
「ああ。俺たちの村の人間には羊の魔法は効かない。羊飼いは幻惑魔法の血統を持っているから」
時々、村の外から盗人が羊を盗もうと忍び込むことがあるが、大抵の盗人が魔羊の幻惑で廃人になるという。
「お前の魔法があれば商隊は助かるだろうな。俺が雇い主なら、そのまま引き抜きたいと思うよ」
マールは感心して、冗談混じりにそう言った。
それを聞いてそういえば、とアシェは最近聞いた話を思い出した。
「最近は街道近くにも魔物が出るようになったらしくて、別の商隊にも報酬をやるから同行しないかって誘いを受けた。おかげで前よりも行き来する人が減ってるらしい」
「魔物?町ではまだ聞かないけど、多いの?」
「見たことないけど、猿の魔物だって言ってたな。弱いけど数が多いから、遭遇したら危ないって聞いた」
魔物と遭遇した際は、アシェの幻惑魔法が強い武器になる。
彼の魔法には殺傷能力はないが、その場を切り抜けられるだけの力がある。
護衛が少ない商隊には、喉から手が出る程ありがたい同乗者だろう。
「うーん。魔物に襲われることを考えたら、護衛代をけちるのは得策じゃないと思うけどなあ」
マールの信条としては、商隊の安全管理は何よりの優先事項だ。
そうなれば輸送費が嵩むのは致し方ないのか…と考えている様子に、アシェが尋ねる。
「マールは商人になりたいのか?」
「ああ。今は案内人をしながら修行中だ」
そう言って、マールは胸を張る。
年下ながら聡明で行動力もある少年の夢に、アシェは頷いて「向いてるんじゃないか」と笑った。
「ロンバルー山にもいいものがたくさんあるけど、辺鄙な場所にあるから、町まで売りに来るのが大変なんだ。魔物の噂のせいで村に来る商隊も最近は不定期になってるし」
「じゃあ俺が商人になったら、村への定期便を出せるよう頑張るよ」
楽しみに待ってると返すアシェに、マールは笑ってその代わり代金はまけろよと言って文句を言われる。
2人の少年はお互いの夢について語り合い、外が暗くなるまで話は尽きなかった。
「気を付けろよ」
そう言ってマールはアシェを送り出した。
昨日は暗くなるまで話し込んでしまい、まだ宿を決めていなかったアシェをマールは客間に泊めた。遠慮していたアシェだったが、ロンバルー山の村に行った時はお前の家に泊めろと言ったマールに、そういうことならと提案に甘えた。
「ああ。今度は俺の村にも来てくれ」
街道は危ないから、ちゃんと護衛と一緒に来いというアシェに、兄貴風を吹かすなと返して手を振った。
そうして早朝にアシェの見送りをした後に、マールは出勤してきた店の番頭と一緒に朝食をとる。
「おいしー」
道すがら番頭が買ってきたパンはまだ暖かく、バターの香りがたまらない。
店で売れ残った瓶詰めのジャムを開封し、パンに乗せて頬張っていると、番頭から一通の手紙を渡される。
「坊ちゃん宛の手紙が風猫亭に届いたらしいので、引き取ってきましたよ」
「ふーん。誰だろ」
そう言って、白い封筒を受け取った。
何気なく裏返してから、封筒の封蝋を見てぎょっとする。
「え、俺貴族の知り合いなんていなかったと思うんだけど」
白い封筒には、真紅の封蝋でロンデナート公爵家の紋章が捺されていた。
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