公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
58 / 64
二章 士官学校

魔力循環②

しおりを挟む






先日までの冬の寒さが嘘のような、早い春の日差しが心地よい朝である。
士官学校の生徒たちは、それぞれ足早に校舎を目指しているところだ。

そんな中、1人の女生徒が見知った顔を見つけて声をかける。

「おはようございます。セオドア様」

にっこりと完璧な微笑みで、マーゴット・パウエルは先日知り合ったばかりの上級生を呼び止めた。今朝、念入りにブラシで梳いた彼女の赤毛が、肩を滑り落ちるようにさらりと揺れる。

マーゴットの声に、前を歩いていたセオドアが振り返った。
最近知り合ったばかりの後輩だが、無下にすることはできない相手である。

「ジェイデン様、足をお止めしてもよろしいですか?」

「ああ、構わない」

「ありがとうございます。…おはよう、マーゴット」

セオドアは、一緒に登校していたジェイデンに声をかけて挨拶を返した。

「セオドア、彼女は?」

見覚えのない女生徒を前に、ジェイデンは知り合いか?と続ける。

「マーゴット・パウエル嬢です。私の候補者のひとりですよ」

先日ようやくルイスから魔力操作の合格点をもらい、セオドアは魔力循環の候補者と顔合わせをしたばかりだ。
その際に初めて会っただけなので、もちろんお互いをよく知らない同士である。

ジェイデンの候補者は大物ばかりなので、対面は叶わなかった。しかし、ジェイデンのことを知ったザラート部長とキリム卿からは、機会があれば是非紹介をとルイスのもとへ伝言があったらしい。
それぞれこれまで魔力循環の候補者が現れておらず、この機会を好機と考えているようだった。

「はじめまして、ロンデナート様」

マーゴットが笑顔で差し出した手を、紳士の作法で握り、ジェイデンも簡単な挨拶を返した。

「ジェイデンでいい。こちらこそよろしく」

間近で目にしたジェイデンの美貌に一瞬驚いた様子のマーゴットだったが、淑女らしく弁えた様子で、すぐにセオドアに視線を戻した。

「セオドア様。先生からいつ合わせを始めるかお聞きになりました?」

「いや、まだだ。君の都合もあるだろう?」

「あら、私のことなんて。構いませんのに」

マーゴットはそう言って、セオドアを見上げて頬を桃色に染める。
そして、「急ぎの用事はありませんし、いつでも」と控えめに申し出た。

その初々しい反応は、思春期の少女らしい微笑ましい様子だった。わかりやすいその態度に、いつも周囲から鈍いと言われ慣れているジェイデンですら、ピンとくるものがあった。

セオドアはすぐには答えなかったが、珍しく気を利かせたジェイデンが先に口を開いた。

「彼女の言葉に甘えたらどうだ?」

そう水を向けたジェイデンに、セオドアの眉が少し動く。

確かに彼は2学年で課題が多く、放課後もジェイデンの従者の役目で多忙を極めている。
マーゴットの申し出は、有難い提案だった。

彼は一瞬浮かんだ表情を打ち消すように、笑顔を浮かべてマーゴットに向き直った。

「では、お言葉に甘えて。ルイス先生とはこちらが調整をしてまた連絡しよう」

「はい。お待ちしておりますわ」

「君との魔力循環でセオドアの魔力量が増えてくれたら、私も心強い」

「まぁ、恐れ多いことですわ」

ジェイデンにそう返しながらも、マーゴットはセオドアに熱い視線を注いだままだ。

「ジェイデン様は私を買いかぶり過ぎですよ」

「それだけセオドア様を信頼していらっしゃるんでしょう?素晴らしいことですわ」

「それなら、早く君と魔力合わせができるよう努力しないといけないかな」

彼女の好意に気がついていないのか、知らぬふりをしているのか、セオドアは愛想良く言葉を返している。

「うふふ。嬉しいお言葉ですわ。楽しみにしておりますね」


そう言ってマーゴット嬢が立ち去ってから、ジェイデンはセオドアへ呆れた顔を向けた。

「相変わらず、女にもてるなお前は」

「…あなたは相変わらず、他人の事には敏感ですね」

「どういう意味だっ」

言外に、自身については鈍いくせにと言われたようで、ジェイデンはセオドアを睨んだが、鼻で笑われるような表情を返されてぐっと黙った。

セオドアは喉の奥で小さく笑う。

「…まぁ、あなたはそれくらいじゃないと周囲が苦労しますからね」

続けざまに貶されているのか、褒められたのかよく分からない言葉をかけられ、ジェイデンははぁとため息を吐いて、歩く脚を早める。


寮の外では、セオドアは丁寧な言葉遣いを崩さない。
それが余計に自分を苛立たせることを、彼は最近自覚していた。

「お前の話し方、外で聞くと余計腹が立つな」

セオドアは、すました顔で「それはそれは」と返した。

話しながら歩いていると、ちょうど校舎に到着する。

「早く慣れて頂かないと、私が困ります」

完璧な従者の顔で、にこやかに言いながら、セオドアは主人のために恭しく扉を開けた。










しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。 キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・ 僕は当て馬にされたの? 初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。 そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡ (第一部・完) 第二部・完 『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』 ・・・ エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。 しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス…… 番外編  『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』 ・・・ エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。 『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。 第三部  『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』 ・・・ 精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。 第四部 『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』 ・・・ ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。 第五部(完) 『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』 ・・・ ジュリアンとアンドリューがついに結婚! そして、新たな事件が起きる。 ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。 S S 不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。 この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。 エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃) マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子) ♢ アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王) ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃) ※扉絵のエリアスを描いてもらいました ※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL 不定期更新

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

学園ものに転生した悪役の男について

ひいきにみゐる
BL
タイトルの通りにございます。文才を褒められたことはないので、そういうつもりで見ていただけたらなと思います。

処理中です...